二章 秘密結社を作るならメンバーを集めてからにしろ①
雀のさえずりが聞こえる。至って平和な音色だ。
目蓋を開けた俺は、高い窓から差し込む朝日に目を焼かれて寝返りを打った。薄い布団の感触で今の状況を思い出す。
埃っぽい室内で身体を横たえる俺と、その脇で蜷局を巻くレオン。枕元には開きっぱなしのパソコン。そこに打ち込まれたスレタイ。
ああ、夢じゃないんだよなー……。
俺は胸を覆い始めた憂鬱を吐き出すように息をつくと、パソコン画面を覗く。
『中二病だけど美少女だからwktkして契約したら、魂取るはずが、卵で契約してた。死にたい……』
と掲示板に書き込んでから寝たらしい。意外とスレッドは伸びていて、ふざけたコメントから真面目な質問コメントまで返ってきていた。
とりあえずいくつかには回答しておこう。
『ガチで悪魔? なんて名前?』
「ガチ。魔術をかじってる奴なら知ってるかも程度の知名度。特定されるから、これ以上は書けない」
『角とか尻尾って生えてるの? 見たら悪魔ってわかる?』
「人間の姿になれる悪魔しか地上で外勤できないんだぜ。これ豆な」
『男だけど魂あげるから契約して』
「召喚してくれ。召喚してくれないと契約できない」
『主と美少女のスペックは?』
「俺、身長百七十、体重五十五。顔はたぶん普通。引きこもりっぽいとかよく言われる。
美少女、十五歳、高一。やたらデカい家に住んでるから、たぶんお嬢様。身長百五十五くらい、体重知らん。細いけど、胸もない」
そこまで打ち込んだとき、バンっとドアが開いた。
振り向くと、パジャマ姿で仁王立ちした少女が俺を見下ろしていた。その両目が何故か充血している。
「何やってるの?」
「何って……」
ちょうどおまえのスペックをカキコしているところだ、とは言えない。言葉を詰まらせた俺に紫は口を尖らせる。
「あんた、悪魔のくせに眠るのね。随分熟睡してたみたいだけど、そんなんで本当にわたしを護衛する気があるわけ?」
ありません。
虚ろな目で紫を見上げていると、眠そうな目をした少女は言った。
「寝ぼけてるなら顔を洗ってきなさい。洗面所の場所は昨日、教えたでしょ?」
「おまえこそ、その目どうにかしろよ。徹夜でゲームでもしてたのか?」
指摘すると、少女がふいと視線を逸らし、不機嫌な顔になった。
「……着替えはここに置いておくわよ。あと十分以内に支度してよね。じゃないと学校に遅れちゃうから」
手に持っていた袋を部屋へ残すと、紫はさっさと出て行ってしまう。なんだ、あいつ。図星だったのか?
不思議に思いながらも、早速、着替えを手に取った俺は眉をひそめていた。透明なビニール袋に入っている新品らしい衣服。それは昨日紫が着ていたものと同じ柄のジャケットに黒いスラックス、白いワイシャツ、そしてストライプのネクタイだった。
「おい、これは……!」
言いながらドアを開ける。欠伸を噛み殺した顔がこっちを見た。
「何よ。サイズ合わなかった? 学校からわざわざ届けてもらったんだけど、やっぱり採寸しないとダメだったかしら」
「そうじゃなくて、なんで俺が制服着るんだよ」
途端に紫は「はあ?」と声を洩らした。漆黒の瞳がバカにしたような色を帯びる。
「あんた護衛でしょ? 学校にいる間、わたしの傍にいるなら同級生のほうが都合がいいじゃない」
「それはそうだけど、いきなり同級生になるってのは無理があるだろ……」
大人の事情を考えて唸る俺に、紫は「転入許可は取ってあるから」とあっさり告げる。
「なんだって?」
「昨日のうちに校長には電話で話を通してあるわ。イルミナティに狙われているわたしのことが心配でわざわざ海外から帰ってきた、悪魔の力でIQ二百になった従兄っていう設定だからよろしく」
根回しの早さとふざけた嘘に唖然とする俺に、紫は「着替えたら下降りてきなさいよ」と隣の部屋へ引っ込んでしまう。
俺は足に絡みついてきたレオンをそのままにして、手元の制服に目を落とした。数瞬考え込んでから、ふむ、と頷く。
学校へ行くということは、青春生活とやらが待っているわけか。悪くない。
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