一章 ⑨エロゲ展開

 契約した以上、マスターの望みにはできる限り応えるのが悪魔の務めである。サボる奴もたまにいるが、それを地獄の監察官(契約の不正がないか監査する怖ーい役職)に見つかると物理的に容赦なく処罰される。見張られないとちゃんと仕事をしないのは、人間も悪魔も同じだ。


 地上観光を一旦諦め、俺は中二病に連れられるまま彼女の家へ来ていた。

「でかっ! 広っ!」

 家の門を潜るなり現れた、草ぼうぼうの庭とデカいお屋敷に俺は驚いていた。そびえ立つ洋館は若干古びているが、それがかえって重厚さを醸し出している。

 立派なドアの向こうには三十人分は靴が置けそうな玄関があり、俺はその段になって気後れした。玄関で躊躇する俺に、さっさと長い廊下を進んでいた紫が振り返る。


「何やってるの、早く上がりなさいよ」

「でも、おまえ、家族の人に俺を何と言うつもりだ?」

「心配しなくても、そんなことを咎める人はいないわ。わたし、一人暮らしだもの」

「一人暮らし?」


 訊き返した俺に、紫はポケットから契約書を出した。

「来なさい、アンドロマリウス!」

 胸が淡く光り、俺は紫の傍に出現していた。本当にできると思ってなかったのか、「すごいすごい!」と紫は手を叩いて歓声を上げる。この距離で召喚機能を使う奴があるか。俺は靴を脱いで紫の後を追った。


「ここがあんたの部屋ね」


 あてがわれたのは二階の奥まった部屋、もとい物置き部屋だった。

 六畳ほどの空間には、使われていない家具が無造作に置かれていた。しばらく誰も立ち入っていないのか、全体的に埃が積もっている。床に転がっている小物を寄せれば、かろうじて身体を横たえるスペースはありそうだ。

「さすがに何年も放置してたから埃っぽいわね。自分で掃除よろしく。掃除用具はそこら辺にあるはずだから、適当に使って」

 初仕事が部屋の掃除かよ。

 不平を言いそうになったが、俺は素直に「御意」と返事をしておいた。それに紫は満足げに微笑む。


「わたしの部屋は隣だから、何か必要なものがあったら声かけて。家具は結構、余ってるはずだから」

「御意。……って、え、隣!?」


 驚いた俺に、紫はチョコレートが甘いことを初めて知った人間を見るような目を向ける。

「そうよ。だって、あんたはわたしの護衛でしょ? 護衛が近くにいないでどうするのよ」


 これ、なんてエロゲ?


 中二病患者ではあるが、紫はかなりの美少女である。胸の膨らみこそ乏しいが、短いプリーツスカートから伸びる綺麗な脚は魅惑のラインを描いている。階段を上っているとき、目のやり場に困ったほどだ。美少女マスターと一つ屋根の下で過ごす生活。期待するなっていうほうが無理だろ?

 ついに俺にも召喚運がキタァー! と心の中でガッツポーズを決めていると、

「……念のため言っておくけど、一緒に住んでるからってヘンな真似したら、聖水のお風呂に一晩漬けるからね」

 見透かされたように冷たく言われた。あれ、俺、表情に出てた?

 口元を覆った俺に、紫は呆れたような顔になり、

「そうだ。忘れないうちに、ちょっと待ってて」

 廊下へ姿を消した。一分も待つことなく少女は何かを手に戻ってくる。

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