一章 ⑦名前
『セルシア・ローザ・レヴィ』
……。
…………。
「………………誰?」
素で洩らした俺に、少女は憤慨した。
「誰って、あんた、セルシア・ローザ・レヴィを知らないの? 悪魔のくせに二十一世紀最大の魔術師の名前を知らないなんて、おかしいんじゃない?」
おかしいのはおまえだ。
数十年、来る日も来る日もネサフして培った常識力をナメないでもらいたい。極東の島国にいる黒髪少女が、そんな名であるとはまず考えにくい。それに二十一世紀最大の魔術師などとほざいているが、このセルシアとやらに魔術の心得がないのは一目瞭然である。セロハンテープで悪魔の紋章を貼る魔術師がいてたまるか。
「本名を書け、本名を。こんなのは無効だ」
契約書を破いて捨てると、少女が「あーっ!」と声を上げる。
「本名を書いたら本当に魂をあげないといけないじゃない!」
「おまえ、偽名で契約無効にする気だったのかよ!」
呆れた俺にセルシア(仮)は開き直ったように、ふん、と仏頂面になる。やれやれと俺はもう一枚契約書を取り出した。すると、少女はそれをひったくる。
そして女子高生が契約書を読み始めて待つこと十数分。レオンの尻尾を引っ張って遊ぶのも飽きてきた頃、少女はおもむろに叫んだ。
「何よこれ! 三年で契約終了ってどういうことよ!」
ちっ、気付かれたか。
強気な目をした少女に契約書をつき返され、俺は舌打ちを堪えた。
「そのままだよ。三年、俺はおまえに仕える。その間、おまえはいくらでも望みを言えばいい。ただ、三年経ったら俺はおまえの魂をもらって地獄へ帰る」
仕方なく説明すると、少女は「はあ?」と目を怒らせる。
「十五歳のうら若き乙女の命をあと三年で奪うって、何考えてるのよ! そんなひどい契約をさせようだなんて悪魔じゃないの!?」
「だから悪魔だってば」
「変更してよ。せめて百年にして。そしたら契約してあげる」
「おまえは人間のくせに何年生きるつもりなんだよ」
「わたしは二十一世紀最大の魔術師よ。悪魔から永遠の命をもらう予定なの!」
ダメだ、こりゃ。
くらりとした俺は額を押さえ、少女から契約書を受け取った。三年のところの数字をぐるぐると塗り潰し、五年に書きかえる。
「ほらよ、五年にしといたから。これ以上は無理だぞ」
「何それ。そんないい加減に書きかえていいわけ?」
「書いてりゃいいんだよ」
女子高生は契約書を手に取り、じっと見つめた。それから俺を上目遣いで見る。
「ん?」
疑問に思った刹那、
シュッ。
聖水を顔にくらい、俺は悲鳴を上げて蹲った。
「……くっ、おまえ、何しやがる……!」
「ムカついたから、かけただけよ。はい、お望み通り本名書いてあげたわよ。ありがたく思いなさいよね」
「そんな理由で聖水かけんじゃねえ! ほんとに痛いんだぞ!」
顔を拭って痛みが引いたところで、俺は舞い落ちてきた契約書を見た。
『荊原 紫(ばらはら ゆかり)』
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