一章 ⑥やっと交渉に入るが……
スマホをいじって今にも電話しようとしている少女を、俺はちらりと見上げた。
「おい、なんでベリアルなんだ? 俺じゃダメなのか?」
「わたしが求めているのは強い悪魔よ。ニートじゃ務まらないわ」
「ほう、強ければいいんだな?」
ニヤリと笑った俺に、少女がスマホをいじる手を止めた。
「知らないようだから教えてやろう。かつてソロモン王に仕えた際、俺は罪人の処刑を一手に引き受けていた。幾千という人間の首を刎ねた俺は、王国の地に死屍累々を積み上げ、人々はそんな俺をこう呼んだ。旋風の処刑人、と」
魔法円を開く。布にプリントしただけの簡易魔法円だが効果はしっかりしているらしく、淡く発光した魔法円からは地獄の瘴気が流れ込んでくる。強い瘴気に煽られ、教室にあるイスや机がガタガタとひとりでに震え始めた。
「え、何これ! どうなってるの……!?」
慄く少女に俺は笑みを深め、ゆらりと立ち上がる。湧き起こる風に服や髪をはためかせ、俺は天を仰いだ。
「フッ、これこそが俺の真の力……! だが、おまえが契約しないと言うのなら、残念だな。適当に暴れて帰るとするか。さあ、顕現せよ。エターナルブレイドオブ――」
「契約する!」
芝居がかった仕草で手を突き出した俺へ、少女は勢い込んで言った。キラキラと瞳を輝かせて。
好奇心を露わに見つめてくる少女をしばし見下ろす。
「……マジで? じゃあ、契約しようか」
すっと手を下ろし、俺はそそくさとポケットを漁った。いやーほっとした。実は今のは完全にパフォーマンスで、現在の俺に武器は出せない。悪魔なら誰でも出せる瘴気を使って、それっぽく見せただけだ。旋風の処刑人? 身悶えたくなるから急いで忘れてくれ。
びっしりと契約内容が書き込まれた羊皮紙を出すと、少女は狼狽えた。
「ちょ、ちょっと待って。望みはいくつまで? 望みを整理してからじゃないと……」
「望みはいくつでもいい。おまえが望むだけ、いくらでも叶えてやる。俺のできる範囲内でな」
とは言ったものの、実際俺ができることにはかなり制限がついている。それは他の悪魔でも同じだ。悪魔は己の職能に従った力しか持てないのだ。
羊皮紙をガン見していた少女が、ふと顔を上げる。
「対価? 何か対価が必要なの?」
「当たり前だ。悪魔はボランティアじゃない。望みを叶える代わりに、おまえの魂をもらう。自分の命が嫌なら、生贄の人間でもいい」
「他のものじゃダメなの? 例えば、A5ランクのステーキとか、マスクメロンとか……」
「俺は人間の食べ物に興味はない」
「じゃあ、女子高生の下着とか、エッチなグッズとか……」
「なんでそっちになるんだよ! そんなの自分で買うわ!」
「…………買うの?」
「……失言だ。忘れろ」
ジト目で見てくる少女から目を逸らすと、女子高生が腕組みをする。
「もう、難しいわね。あとは、家電とか? ゲーム機とか、パソコンとか……」
「パソ、コン……?」
ぐらりと気持ちが揺れた。
「何、パソコンがいいの? いいわよ。最新のを買ってあげても」
いかん。喉から手が出るほど欲しいが、そんなので契約してしまったら、パソコンがあっても俺自体が消えちまう。
傾きかけた心へ鞭を打ち、俺は首を横に振った。
「いや、何が何でも魂じゃないとダメだ。魂を取るのが悪魔の仕事だからな」
俺と少女の視線がぶつかった。わずかな時間の後、折れたのは彼女だった。
「……で、契約するにはどうしたらいいの?」
「この契約書を読んで、よければ下の空いてるところにサインしろ。そしたら俺もサインするから、それで契約完了だ」
女子高生が羊皮紙を受け取る。ここで何も考えずに彼女がサインしてしまえば、俺の勝ちだ。元々、契約書は読みづらくするために無駄に長く作っている。素人に毛が生えた程度の術師だと、よく読まずにサインをして、魂を取られる段になって慌てる奴もいる。
首に巻きつくレオンを撫でながら少女をじっと観察していると、彼女はすんなりと名前を書いて寄こした。
「はい、これでいいでしょ」
受け取った俺は、契約書の下部に書かれた名前を見て固まった。
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