一章 ⑤間違いだなんて認めない

「ほんとに悪魔だったなんて。それを早く言いなさいよね。それにしても、悪魔の身体が聖水であんなにベロベロに溶けるとは思わなかったわ」


 最初から悪魔って言ってたし。俺も四千年悪魔やってて身体が溶けるとか初体験だよ。

 女子高生が腕組みをして見下ろしてくる中、俺は魔法円の中央で体育座りをしていた。溶けた身体は一定時間が経過すると元に戻るらしく、俺は無事に原型を取り戻している。だが、あの激痛のおかげで俺の心は跡形もなくズタズタだ。

 虚ろな目で膝を抱えていると、腕から首筋に這ってきたレオンが心配そうに俺を覗き込む。慰めてくれるのか。そんなことをしてくれるのはおまえだけだよ、とその頭を撫でていると、不機嫌な声が降ってくる。


「ねえ、あんた、何しに来たの? わたし、あんたを呼んだ覚えないんだけど」


 呼んだ覚えがない。

 不吉な言葉に俺は顔を上げた。

「そんなことはないはずだ。ここに描かれているのは俺の紋章だし……」

 言いながら、俺は魔法円の一部を指す。てか、描かれてるっていうか、これ、紙に印刷してある紋章を切り抜いてセロハンテープで貼ってあるだけだし。どんだけ杜撰な召喚術式なんだよ。

「え? わたしが貼ったのはベリアルの紋章よ。ほら」

 少女は近くにあった本を開いて見せる。

 そこには悪魔を召喚するのに使う紋章が規則正しく並んでいた。そのうちの一つが切り取られて、ぽっかりと空白を晒している。

それをじっと見つめた俺は、少女のミスに気が付いた。

「……おまえ、これ、切り取る場所間違えてるぞ。ベリアルは一つ上の段のやつだ」

 紋章の下に名前が書かれているのだが、名前の下の紋章を切り取ってしまったらしい。

 本を自分のほうへ戻した女子高生は、数秒後に「ああ!」と納得したような声を上げる。

「フッ、こんな初歩的なミスをするなんて、わたしとしたことが……。またやり直しじゃない。とりあえずありがとう。じゃあね」

 道を教えてもらったようなライトさでお礼を言った少女は、何の躊躇いもなく魔法円から俺の紋章を剥がそうとして、


「待て待て、ちょっと待って……!」

 思わず叫んだ。

 セロハンテープを剥がしにかかっていた少女の手が止まり、俺を見る。

「何?」

「け、契約、しないの……? せっかく地獄から来たんだけど……」

「契約って、あんたと?」

首をコクコクと縦に振る俺。

 少女の値踏みするような視線がじっとりと注がれる。

「名前、何だったかしら」

「……アンドロマリウス」

 少女が本を捲り始める。最後のページで手を止め、少女は本を読み上げた。


「正義伯アンドロマリウス。職能は正義。黒蛇を手にした人間の姿で現れる。盗人を捕え盗品を取り戻し、悪と不正、あらゆる陰謀を発見する。正義感が強く、悪事を働いた人間を罰する。……だって。ふーん」

 

 ふーん、て何だよ。


「悪魔っぽくないわね、能力が。正義感が強い悪魔って、なんかヘンじゃない?」

「うっ……まあ、悪魔にはいろんな奴がいるから、俺みたいな奴もいるってことで」

「それに、見た目も悪魔らしくないし。ねえ、なんで悪魔なのにイケメンじゃないの?」

「俺が聞きてえよ!」

「あと、その顔のペイント、何? サッカー観戦にでも行くの?」

「これはペイントじゃなくて入れ墨だ。トライバル的な奴な」

「それって元不良てこと? 引きこもりのニートで仕事探してるなら、ファミレスのバイト紹介するわよ」

「なんでみんな俺を見ただけで、引きこもりとかニートとか言うんだよ! 確かに仕事は探してたけど……!」

「なら、決まりね。面接の日にはペイント消してきてね」


 にっこりと笑った少女に、俺はがっくりとした。

 もはや何にツッコんだらいいかわからない。悪魔である俺に人間のバイトを勧めてくるとは、非礼にも程がある。普段なら、さすがの俺も「もういいわ……」と言って地獄に帰るとこだが。

 マズい。これじゃリストラじゃねえかあああっ!

 このまま帰れば、クビを切られるのは必至だ。何としても、この少女と契約を結ばなければならない。

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