一章 ③こんなの門番じゃない

『……なお、地上への門は人間の都合によりいつ閉じるかわからないので、お早目に……』

「わかってる! わかってるってば!」


 アナウンスへ返しながら、俺は走っていた。

 鼓動が激しいのは、走っているからだけじゃない。この契約を取らなければ、俺は悪魔を辞めることになるのだ。頼む、無事に契約できますように!

 辿り着いた地上への門(東の六六六番)には、内勤の悪魔である門番が二人立っていた。呼び出されてない奴を通さないためだ。

 本来なら、門番は門を守っているはずなのだが、二人は槍を門柱へ立てかけ、黒鋼の門扉に背中を預けていた。近寄ってみると、小型ゲーム機を手にしている。二人共「よし、いけいけっ!」とか言いながらボタンを連打しており、俺に気付く気配はない。

「おい……」

 とりあえず右の奴、門番Aに声をかけた。

 角を生やしたそいつは、ちらりと俺を見るなり言った。

「対戦なら、この勝負が終わってからな」

「違げえよ!」

 全力でツッコんだ。

 なんで勤務中にゲームしてんだよ! しかもなにげに最新機器だし!

 今時の悪魔は大抵パソコンやゲーム機を所持している。外勤組が召喚された際に人間の文明機器を持ち帰り、地獄で普及するのだ。だが、最低賃金で野宿生活の俺が、最新のパソコンやゲームなぞ買えるはずもなく。

 イライラする俺へ門番Aはゲームから目を離さずに言う。

「見てるだけなら気が散るから、あっち行ってくんない?」

「おまえ、門番だってこと完全に忘れてるだろ。門を開けろよ。秒速でおまえの前から消えてやるから」

 門番Aが「ああ」と気のない返事をして、門番Bへ言った。

「おーい、照合頼む」

 照合とは、身分確認みたいなものだ。台帳に登録されている顔写真を見て、呼び出されている本人かどうかチェックする。

 だが、尻尾を生やした門番Bはゲーム機を激しくいじりながら言った。

「えー今いいとこなのにー」

「俺だって対戦中だよ。照合、おまえの担当だろ」

「そうだけど……あっ、ヤベ、話しかけるから死んじゃっただろ。はあ、照合するかー」

 渋々、といった感じで門番Bがゲーム機を放り出した。


 おまえら、いっぺんリアルでも死んでみる?


 こっちはリストラかかってんだよ! 早くしろよ! 今、俺を呼び出している人間様が、こいつ出てこないからやっぱ違う奴にしよとか思って召喚術式を解除しちまったら、どう責任取ってくれるんだよ!

 苛立ちでハゲそうな俺へ、台帳をパラパラ捲りながら門番Bは言う。

「えっと、今呼び出されてるのが、アンドロマリウス……聞いたことないな、そんな名前。俺、記憶力いいんだけどな……」

 そりゃ、最後の呼び出し、十年前だからな。地上への門も地獄に千個くらいあるし、同じ門に当たるほうがレアだろ。パラパラ、パラパラ……。

「……あれ、ない? だよな、俺の知らない名前があるわけ……」

「いや、あるから! 何ページか前だよ! 今、見過ごしたよ!」

 一瞬、微かに自分の名前が見えた。慌ててページを繰るのを止めさせ、戻る。

 俺のページを見るなり、門番Bは「げっ」と顔を引きつらせた。

「伯爵!? ヤベっ、おい、ゲームしまえ! 伯爵様だぞ!」

 階級欄を見て、慌てて門番Aに注意する門番B。今さら隠してもおせーよ。

 俺が伯爵とわかるや否や、さっきまでのやる気のなさが嘘のように門番たちはテキパキと動き、重厚な黒鋼のゲートは開いた。


「「いってらっしゃいませ!」」

 左右の門柱で門番たちが深々と礼をする。そいつらの後頭部を見ながら、俺は門を潜った。背後で「え、あれが伯爵? 引きこもりのニートかと思った」「ゆるゆるのTシャツにダボダボのズボンってダサっ。あれで爵位持ちかー」という会話が聞こえてくる。マジでこいつら門番辞めさせろよ。

  門の向こうには、大地に浮かび上がる巨大な魔法円がある。ここから俺を呼んでいる人間の元へ行けるのだ。

 ……ま、あいつらより俺のほうが辞めさせられそうなんだけどね。

 ため息をつき、俺は魔法円へ飛び込んだ。

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