第38話 多分、初めての気持ち①
「ちっ、まーた空になっちまったか・・・」
久しぶりに呑む酒も、1人かつこんな気持ちじゃあ、気持ちよく酔えやしない。
酒に当たるのは、盛夏のあの一件の時以来か。
なんてとこから、思い出したくもないし、話したくもない記憶が頭の中にぼんやりと浮かぶが、一つ頭をぶん、と振って映像をかき消す。
アタシは空になった一升瓶を無造作に置いて、次の酒を開けようと辺りをまさぐる。が、
「んだよ。もう無くなっちまったのか・・・」
どうやら、アレが最後だったみたいだ。横を見ると、空になった一升瓶が6本ほど倒れていた。
一般的には飲み過ぎの部類に入るだろうが、アタシはまだ、飲み足りないと思ってしまう。
それはきっとこの、気持ちのせいだ。
羅一が、傷ついている。
他の誰でもない、アタシのせいで。
そう思うと、心に、槍で穴開けられたような気分なる。まるでそこから、痛みが溢れ出てくるようだ。
あいつは、千歳の事を女として意識している。だからこそアタシとの関係のせいで、羅一はあんなにも悩んでいる。
アタシがあいつの側にいなければ、こんな事にはならなかったんじゃないだろうか。
羅一が聞いたら全力で否定しそうなもんだが、それがわかっていても、そんな気持ちを心の中で抑えることができずにいる。
羅一からアタシという存在を切り離すのは
、アタシにとって実はそんなに難しいことじゃない。アタシが力づくにでも、あいつの中にある神力を奪えばいいんだから。
要するに、その気になりゃ羅一はアタシと別れることができるってことだ。
アタシとの関係がなくなれば、羅一は千歳との関係にしっかりと目をむけることができる。きっとそのハズなんだ。
そう。そうすりゃいいはずで、そうあるべきなんだ。でも、
嫌だ。ソレは、胸が張り裂けるほどに嫌なんだ。
羅一がアタシの側からいなくなる。羅一がアタシの事を見ることができなくなっちまう。それが、どうしようもなく嫌なんだ。
今までも、男の眷属を持ったことは幾度かあった。そいつらを、大切に想ってなかったわけじゃない。一人一人の名前も、顔も、一緒に何をしてきたのかも、ちゃんと覚えてる。
でも、それは「仕方のないコト」として、辛い気持ちも、胸にしまえたハズなのに––––––––、
「クソ・・・、どうしてっ・・・!」
気持ちが嫌に昂ぶる。指に力がぎゅっと入る。
その力をどこかに流そうと、近くに転がってる一升瓶を荒く掴んで、部屋の奥に強く放り投げようとする。
「ダメですよ! もう、いくら酔ってるといっても、物に当たるなんてもってのほかです」
その時、誰かが強い口調でアタシの行動を制止したかと思いきや、ゆったりとした口調で諭す。
誰か、といっても声を聞いただけで、それが誰かはわかるんだが。
「やっぱ、チヨか。悪いな。みっともねぇ姿晒しちまってよ」
「わかればいいんです。少し、思いつめている様子ですね」
チヨは私の前まで来ると、体育座りでアタシと目線を同じ高さまで合わせた。少し散らかってしまったこの部屋には不釣り合いな、おしとやかな笑みを浮かべる。
「やはり、あの男児の眷属について、ですね?」
「どうして、そのことを?」
「恐れながら、先の貴女様と彼の一件を遠目から拝見させて頂いていました。切羽詰まった表情で私の前を走り去っていったので、どうしても気になってしまいまして・・・」
あぁそっか、そういえば「心の間」に向かっている最中に、偶然チヨらしき人影が横切っていった、ような気がする。
自分のことばっかで他人の事が見えなくなっちまってるなんざ、神様失格だな。ほんと情けねえったらありゃしねぇ。
「貴女様がそこまで気をかけるなんて・・・、神風様以来のことではないですか? 申し訳ないのですが私には、彼がそこまで尊ノ神ともあろうお方に気をかけられるほどの男とは、思えないのですが」
「おいおい、ハッキリと言うなぁ、お前。まぁ、そうだなぁ・・・」
チヨの容赦のない言葉に少し苦笑いしつつ、
「あいつがガキの頃から、ずっと知ってるからな」
昔の、少しあせた記憶を引っ張り出しながら、
「アタシの信仰が薄れて、廃れていった中でもアイツはアタシを見てくれてた。あいつガキの頃、よくアタシが祀られてる所に遊びにきててよ。家族が帰ろうとする時に、よく手ェ合わせてくれてたんだ」
–––––きょうもたのしかったです。ミコトさま。ありがとうございます。
幼い頃の羅一。手を合わせた時に聞こえたあいつの心の声が、頭の中に蘇る。
「10過ぎたくらいの時から流石に忙しくなったのか、あんまり来なくなっちまったけどよ、それでも、ほんのたまにとかきてくれた時は、嬉しかったっけなぁ。今は少しなよっちい所もあるけどよ、全力で、必死なところはなーんにも変わってねぇんだわ。あいつ」
知ってる。アタシは羅一の友人でも知らないような羅一の姿を、知ってる。
それこそ、千歳よりも知ってるんじゃないか?
「だから、あいつの事は少しだけ特別な感じが・・・っておいチヨ、なんだその顔」
ひとしきり思い出を浮かべたあと、ふと顔を上げると妙にニコニコしているチヨの顔が見えた。
「いえ、すみません。何か妙に初々しさがありまして。それほどまでに、あの男児に–––––惚れているんですね」
「は? 惚れて?」
「ふふふっ! 貴女様が悩んでいる理由が、なんとなく見えてきた気がします。戸惑い、みたいなものですね?」
アタシが、羅一に、惚れて?
あー、惚れるってあれだよな。アタシが羅一の事を・・・、
「好きってことか? 異性として」
「それ以外に何か?」
あ? この感覚って、眷属として大切ってだけじゃないのか?
いや、でも、確かに違う。
羅一に会える事が、少し、嬉しくて、羅一と過ごせる事が少し、楽しい。
ちょっと、胸が高鳴ったりもする。
ああそっか。アタシは羅一に惚れてんのか。
こりゃ、アタシにとって多分、初めての気持ちだ。イマイチわかんねぇけど、なんとなく「惚れてる」って言うと、気持ちが自然とそこに落とし込める。
「神と眷属として、そう考えるのも貴女様にとっては当然ですし、仕方ないです。でも、少しは1人の女として、というのも、お考えになってはいかがですか?」
「1人の、女として、か。・・・あぁ、アタシは、羅一と一緒にいてぇよ。あいつに好きな女がいても・・・」
「振り向かせてやりたい、ですね?」
「わかってんじゃねぇか。流石だな」
千歳はホントにいい奴だ。アタシも人として好きだし、羅一が惚れんのもわかる。
ま、負ける気は毛頭ねーんだけどな。
「ありがとな、チヨ。ちっと元気出たわ。うし! そんじゃすぐにでも羅一に・・・」
顔、合わせに行こうか。そう言おうとしたその時、
「ミコト様!」
大きな声が聞こえた。
少し驚いて廊下の方を見る。
少し心臓が跳ねた。
羅一が、そこにいた。
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