第37話 最善じゃないだろうけど
夕食は女中さん(チヨさんと言ったかな)が、気を遣ってくれたのかミコト様とは別々の部屋で食べることとなった。
料理の味は、あまりよく覚えていない。ただ、口に入れた食べ物が、鉛のように重かった、ってことだけは先刻のことで頭がいっぱい、もしくはお腹がいっぱいだった俺でも記憶している。
––––––あぁ、最低、最悪。
所謂、自己嫌悪。
こんなにも俺が優柔不断なせいで、彼女を、ミコト様を、傷つけてしまった。その事が、俺の心に重りとなってのしかかる。
自分勝手な思いで悩んで、自分勝手な悩みで彼女を傷つけて。彼女になんて顔、させてんだよ。 というかそもそも––––––、
俺が二人に同時に惚れるなんて、最低な気持ちになってなければ。
悔しいけど、「最低」って事は、闇羅一の言う通りかもしれない。
散々彼女たちに、大切大切って、心の中で言っておいて。
それでどちらにも惚れてました、か。勝手にも程があるだろ。
彼女達を、裏切ってしまったような、そんな気持ちに苛まれる。
頭が、ぼうっとする。月明かりに誘われるように、ふらっと部屋を出て縁側から庭の景色を眺める。
こーんな時に限って、空は頭にくるほどの快晴だ。月明かりが、美しい日本庭園をより一層際立たせる。
縁側に座り込むと、自然と顔が歪んだ。黒い感情が、心に流れ込む。
ったく、情け無いったらありゃしない。
俺は、本当に–––––、
「はぁ。全く、情けないな」
突然、凛とした女性の声が響く。
それは、ここには来る事はないだろうと、勝手に思っていた人の声。呆れたような、でも少し心配してくれているような、そんな口調が、耳に届く。
「酷い顔だぞ。眷属ともあろうものが、神に心配をかけさせないでくれよ」
ちょっと驚いて、振り返る。やっぱりだ。そこにいたのは、
「神風さん、なんでここに?」
「尊ノ神の父上様に挨拶に来ただけだ。神になってからは暫くこちらには来れていなかったからな」
よっと。そんな声を上げて、俺の横に正座して座る。足、痺れないんだね。慣れてるのかなぁ。
神風さんは少し、真剣な表情をする。そして、少し間をおいて、ゆっくりと口を開く。
「事情は、父上様から聞いた。ここに来た時、ちらと部屋に戻る君と尊ノ神の姿を見て、何事かと思ってな」
「そんなに、ひどい雰囲気・・・、だったんですか?」
「ああ、それはもう、な。夏祭りの時とは余りにも違いすぎだ」
そっか。自覚は少しあったけど、そんなにお互いひっどい表情してたのか。
神風さんにも、心配かけさせちまってたんだな。 余計に申し訳なくなってくる。
そういえば神風さんは、どう思ってるんだろう?
俺がミコト様と千歳さんとの間で、揺れていることを、どう思っているんだろうか。
やっぱり、この人は–––––––。
「失望してます、よね」
そう思うと、自然と、自分でも意図せずに、ポロリと言葉が漏れてしまう。
「俺はミコト様の眷属だ。それなのに、他の人にも気持ちが流れて、踏ん切りもつけられずに、そんで––––––!」
あぁ、やめろ。こんなのはただの八つ当たりだ。ただ喚き散らしているだけだ。
でも、止まらない。口からどんどん言葉が溢れてくる。自分でも、止め方がわからない。
「彼女を、傷つけちまったから・・・!」
胸の奥がチリチリと焼けるような感覚。耐えらんなくて、目をぎゅっとつぶってしまう。
神風さんは、なんも言わずに聞いている。そして、俺が一通り心の内を吐き出したのを悟ったのか、口を開いて話し始めた。
「まぁ、確かに失望してるよ」
はは、やっぱり、なこんな奴、誰が見たって失望するに決まって–––––––、
「––––––と、言っても、君が尊ノ神以外の少女にも気を傾けている事、そして今尊ノ神とすれ違っていることではないが、な」
「え?」
「自己嫌悪して何か変わるか? 大馬鹿が」
はっきりとした口調で、神風さんは言い切る。その声は、挑発の声色にも感じるとともに、
叱咤激励の声色にも、聞こえた。
「自己嫌悪で止まってしまうのであれば、ただ停滞するだけだ。君は何だ? 前に進みたいんじゃなかったのか?」
彼女なりに、背中を押してくれてるのだろうか。俺がこの問題を自身で乗り越えられるように、挑発っぽい口調で発破をかけてくれているのだろう。
でも、
「変わりたいですよ・・・。でも、どうすれば良いか、わからないんです。どうすれば、彼女達としっかり向き合えるのか、その方法がわからないんです・・・!」
どうすれば良いんだ? どうすればよかったんだ? 結局の所、そこで詰まってしまうんだ。
前に進みたいと思ってても、結局、そこがわからなかったら、何も––––––!
そう、言葉を続けようとして、神風さんの方に視線を向けると、何が可笑しかったのか–––––、
少し、微笑んでいた。
「ふふ、難しく考えるなよ。まぁ、若い証拠なのか? 私も覚えがあるから」
「え、それ、どういう意味で、」
「君は、どうしたかったんだ? 困った時は自分の心に聞いてみるといい。君は元々、彼女達に何をしたかったんだ?」
彼女達に、何を––––––?
そんなの、彼女達には・・・!
「借りが、恩が、あるから、それを返したいって思ってる・・・!」
だって彼女達には、まだ何も返せてない。
千歳さんには、助けてもらった。上手く周りに馴染めなかった俺を、励ましてくれたし、上手く周りに溶け込めるように手伝ってもくれた
ミコト様は一歩踏み出す勇気をくれた。眷属として、こんなに思ってもらってる。眷属としての、責務だってある。
俺は、彼女達にもらった恩を、借りを、返したかったんだ–––––––って、
––––––え?
これがもしかして、「答え」?
「ふふ。何だ、もう答えが出てるじゃないか」
神風さんは、俺の心の中を察しているのか、優しく微笑んで見つめている。
でも、これで、いいのか? これが答えでいいのだろうか。
「いや、これでいいんですか? 今俺が思ったことって、多分結論の先延ばし・・・」
「さあな、でも、そこに君の真心がこもっているなら、恋心より先に果たさなくてはならないものがあると思うなら、それがいいと思うが?」
そうかも、しれない。
自分の元々の気持ちを思い出してみてみると、なんとなく腑に落ちるものがある。
恩を、返したかった。
責任を、果たしたかった。
きっと恋心も本物だ。しっかりと向き合わなきゃいけないことだ。でも、きっと、彼女達に返さなきゃいけないって気持ちもあったから、俺は––––––。
「ありがとう、ございます。ごめんなさい。こんなアホみたいな悩みに付き合ってもらって・・・」
「なぁに、この世ではもっとちっぽけな悩みで悩んでる奴は沢山いるよ。恥ずべきことじゃないさ」
「はは、それって安心していいのか・・・って、頭撫でないでくださいよ! 子どもじゃないんだから!」
「はははっ。すまない。妙に可愛らしくってな。私からしたら君もまだ子どもさ」
確かにそうだけども。神風さんは最低でも250年弱は神様として生きてるから。でも俺は思春期の男子だ。そこら辺も考慮してくれてもいい気がする。
「ふう、そういえば、ミコト様はまだ起きてますか? 今すぐにでも、話がしたいんです」
「今は夜の9時頃だから、まだ起きていらっしゃると思うぞ。行ってこい」
「ありがとうございます。行ってきます!」
俺は廊下を走ってミコト様のいるところへ向かう。多分ここからかなり近い所にミコト様の部屋はあるけど、少し気持ちが流行ってしまう。だから、走ってる。
きっと、最善じゃないだろうけど。
でも、これが、俺の答えだから。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「うん。それが、君の魅力だ。全力で、人の厚意をしっかり受け取れる。尊ノ神が、ああなる理由も、わかる気がするな」
羅一が走り去っていったあと、静かになった廊下の一角で、神風盛夏はポツリと呟く。
その声は確かに、発されたものだったが、
その声は、羅一にも、屋敷にいる誰にも、届くことはなかった。
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