第36話 邪魔しないで

「ミコト様、なん、で・・・」


 こんなトコに。そう続けようとするけど声が喉に突っかかって、うまく出てこない。

 幾分か回復しちゃいるけど、まだ痺れが残って、うまく動かない体を半ば無理やりぐぐっと起こしていく。

 ミコト様はあくまでもう一人の俺(俺も闇羅一と呼ぶことにする)を乱暴に掴み上げ、鋭い眼で見つめながらも、意識は俺に向けて、そんで話し始める。


「偶然アタシの側、通りかかった親父から聞いたんだよ。お前をこの部屋に入れた、ってな。なぁ、羅一。ここが昔、どんな部屋だったか–––––––、想像できるか?」


 ここが昔、どんな部屋だったかって?

 そんなの、自身の心の鍛錬のためじゃあ––––、

 いや、でも、

 それにしてはここ、


「ここは元々、罪を犯した神や、人間の魂に更生の機会を与える部屋だったんだよ」


 息を整えつつ、早口になる言葉を抑えるように、彼女は語る。

 もう一人の俺は、何も言わない。だんまり状態。ただ、薄気味悪い笑みを顔に張っつけてミコト様を見ているだけ。


「今でこそ親父が少し修行用に弄って使われてっけど…。それでもとびきり危険な場所には変わりねえんだよ。ここに入った奴は、自分が罪を犯す元でもある、心の闇と向き合って、勝たなきゃいけねぇ。勝たなきゃ・・・多分そいつは、そいつじゃなくなる。闇に飲まれて、支配されちまう。だからここにぶち込むのはイチかバチかの荒療治なんだ」


 そんなにやべー場所なのか。ここ。普通ならそんなところに修行目的で人を叩き込むなんてなんてことしてんだ、と思うだろうな。

 でも、親父さんが俺をここにいれたことは、何となく納得ができてしまう。


「親父から聞いて、いてもたってもいられなくなっちまったんだよ。過去に、闇に飲まれっちまった奴らを、何人も、何人も見てきたから・・・! お前までそうなっちまったら、アタシは・・・!」


 そう、今にも何かがあふれ出しそうな、絞り出すような声で、ミコト様は呟く。

 ホントに心配してくれてんだな。表情からも、ソレが伺える。

 でも、きっと、それは今の俺には・・・。 


 んで一方、向こうで締め上げられてる俺自身は、流石に少し苦しくなったみたいで、少し苦痛に顔を歪める、が、それでも笑顔は崩さない。

嗚呼、愉快。と、言わんばかりに言葉を漏らす。

「んぐっ・・・、はは、泣かせるじゃん? ったくよ、ミコト様が来なけりゃ今頃こいつの体ァ乗っ取ってんぐぁっ!?」


 が、煽るように話を続けていた俺の顔が、突然更に、苦悶の表情に染まる。


「もういっぺんソレ、言ってみろ」


 ミコト様の雰囲気が、一変。部屋全体が重苦しくなる。


「殺すよ?」


 そして、少し低く、ドスの効いた声が一つ、ポツリと放たれた。

 出会ってから、こんなミコト様、見たことがないし、こんな声も、聞いたことがない。

 怒り、以外にも色んな感情がないまぜになってるような、そんな声。


 怖い、猫又に対してキレた時とはまた別の意味で、怖い。

 腹の底から冷え切っていくような、そんな感覚に見舞われる。


 それを、あっちの俺も感じ取ったのだろう。一瞬、動きが止まり、顔に驚愕の色が浮かぶ。が、直ぐに、ホントにどこにそんな余裕があるのか、ニタリと笑う。

 なんか、腹の底全部見透かしてるぜと言わんばかりの、笑顔。


「虚勢、だなぁ。無理、だよ。ミコト様に、羅一を、殺せるワケ、ねーじゃん」


「っ!!」


「わかってんだ、ろ? 俺は、羅一自身、なんだよ。あいつの、闇の一部だ。俺を殺せんのは、奴だけ、だっ!」


 奴は苦しそうに笑いつつ、途切れ途切れの言葉でそこまで繋ぐと、ぶわりと黒い光を周囲に放ち、ミコト様を数メートルほど後ろへ押しやる。

 その勢いの反動か、ミコト様は掴んでいた首を思わず離す。


「ちっ!!」


 空中で少し体制を崩されながらも、直ぐにそれを整え、着地。歯を食いしばって、もう一人の俺を睨みつける。


「まァ、ミコト様に挑もうってほど、俺も馬鹿じゃねえよ。今のアナタじゃ、加減なんざしてくれなさそうだしな・・・。もっとも、そこにいる俺自身が俺っつう闇を乗り越えなきゃ…俺は消えることなんざねえんだけどなぁ。ははっ!」


 そう言い残すと、向こうの俺は、煙を出すことも、音を立てることなく、そこから忽然と姿を消した。

 緊張がほどけたのか、ミコト様の顔が、いつもの優しい表情に戻る。


「羅一ッ! 良かったっ…! 間に合って…! 間に合わなかったらと思うとアタシっ…!」


 ミコト様が俺のところまで駆け寄り、安堵の表情を浮かべる。

 嬉しい。そのやさしさが今は、すごく心に染みる。

 でも、きっと今は…それに…


 甘えちゃダメだと思う。


「ミコト様。ごめん。今からすっげえ失礼なこと言う」


 だから、その優しさを無駄にする覚悟で、言う。


「アナタの優しさは、すごく嬉しいんだ。でも、俺自身がこの問題を解決しなきゃ、一生事態は前に進まない。だから・・・!」

 俺のせいでこんなことになってるくせに、何言ってやがんだって、自分でも思う。

 でも、今のままじゃ絶対に、ダメだから。


「申し訳ないけど、邪魔しないでくれ」


「ぅっ・・・!」


 さっき噛み締めた時より強い力で、唇をかみしめているのがわかる。

 苦しそうな顔。でも、こう言われるのをわかってたような顔だ

 ああ、畜生。ほんっと何してんだ、俺。こんなことになったのも全部俺のせいだってのに。心が、死ぬほど痛い。


「うん。そう、だよな。それはアタシにも、わかってんだ…。お前のためにならねえってことくらいはさ。 でも、眷属を失うのは、もう、嫌だったんだ。だから・・・、すまん・・・。」


 彼女は無理やり、微笑みを作る。わかってるから。だからそんな顔しないでくれって、表情がそう告げてる。


 さらに、心が痛くなる。


「こんなこと、言うモンじゃねーと思うけど・・・、お前、千歳に気があんだろ?でも、アタシとの関係が、枷になってる。お前は、アタシのことを大切に思ってくれてるのは昨日言ってくれたからな。もし、それと、千歳の思いがお前を板挟みにしてしまっているとしたら・・・、」


 ミコト様は俺の手を取り、両手で持ち上げ、ぎゅっと握りしめる。

 違う、違うよミコト様。そうじゃない。そんなこと思ってない。


「すまん、羅一・・・! アタシのせいで、こんな目にっ・・・!」


 アナタのせいじゃ、ない・・・!

 なんて顔、させてんだ、俺は・・・! まだ彼女に、何も返せてないくせに!

 それに、千歳さんにも・・・!


 「今日は、この辺にしとこうか」


 突如、威厳のある声が部屋の外から聞こえる。

 見ると、いつからいたのか、親父さんが部屋のすぐ外に立っていた。



「親、父・・・、いつから・・・」


「話のいきさつがわかるくらいには、ここで聞いてたさ。ミコトよ、お前はやはり甘いな・・・まあ理由はわかってはいるが・・・」


「・・・・・・」


 ミコト様は座り込んだまま、何か言うわけでもなく、ただ黙って聞いている。

 そして親父さんは、俺の方を向いて、話し始める。


「大麦、今日の修行はもう終わりでいい。時間ももう夕刻だからな。飯をしっかり食べて、一晩ゆっくり考えなさい」


 そう言われて外を見ると、日はもう沈みかけ、茜色に染まっている。

 そこまで時間経ってる感覚なかったけど、そんなに過ぎてたのか。


「それで、君には少し言っておくことがある」


 そう言って親父さんはずんずんと俺に近づき、そして、


「大馬鹿!」


 思い切り頭の上に拳骨をかました


「いっだあっ!?」


 痛っでえええええ!? 頭割れる! ミコト様のデコピンの100倍は痛ぇ!

 でも、殴られるのも当然なのかもしれない。耐えろ。せめて踏みとどまれ。そう言い聞かせて痛みに耐えつつ、崩れ落ちそうになるのを踏みとどまる。


「ミコトになんて顔をさせているんだ? 眷属が神に心配をかけるな」


「すみません・・・」


「まあ、もういい。お互い、自分の部屋に戻りなさい。明日の八時に、この部屋で修行を再開する。しっかり寝て、英気を養いなさい」


 ほら、行った行った。と促されるまま、俺たちは言われるがままに自分の部屋へと戻っていった。

 帰り道、俺はミコト様と何も話すことなく、部屋へと戻って風食の時間までただひたすらに寝た。


 あぁ、俗にいうふて寝ってやつだ。



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