第30話 二つの想いの狭間の中で、

「うおぉ・・・すげー緊張したぁ・・・」


 親父さんとの面会も終わり、今俺は別室にて腰を下ろして肩の力を少し、抜いていた。

 ミコト様はこの屋敷にいる他の親族とか、知り合いとかに挨拶するため、今は席を外している。そのため、だだっ広いこの床の間付きの和室の一角に俺一人がぽつんと座っている、というシンプルかつ、つまらない絵面ができあがった。


 特に何もすることがなかったからか、ふと、先ほどの親父さんとの面会について思い返す。


「俺にとってミコト様は、大切な存在、か」


 ふと無意識に、心の内の声が漏れる。

 いや、自分で言ったことなんだけど、はっきりと言葉にすることで、改めて、この気持ちを意識した。

 俺の中で、ミコト様という存在は、初めて会った時に比べて、とても大きなものになっている。

 最初は、ただ自分が「変わりたい」とか、「強くありたい」っていうだけの感情から始まった。単に自分自身のためだった。

 でも、いつの間にか、気づかないうちにミコト様という存在が自分のなかで大きな存在になっていた。


 それが嫌ってわけじゃ、もちろんない。でも、



 –––––俺は千歳さんのことをどう思ってるのだろう–––––



 ふと心に引っかかるものを感じた。

 すこし彼女のことについて考えてみる。


 千歳さんは、ミコト様と出会う前から仲の良かった女の子。高校に入学してからの仲。助けてもらったことは数知れずだ。

 彼女には大きな借りがあるし――――、何より大切な存在だ。


 入学してからいろいろと助けてもらったこともあるけれど、それ以上に1年間部活仲間として、友達として過ごしていたからこそ、というのもあった。

 自然と、当然のように自分の中で、「守りたい」と思うようになっていて––––––、


 ――――って、アレ?


 俺の心の中で大切な「女性」が、二人できている―――?


 いや待て。確かに千歳さんには「かわいい」とか感じたことはあったけど、別にミコト様については眷属として大切に感じてるってだけで―――。


 ―――いや、あったはずだ。女性として惹かれたことが―――


 突然頭の奥底から、鈍い痛みが鳴る。

 低く唸るような声が、奥底から聞こえる。

 突然のフラッシュバック。今まで、とは言ってもそこまで長い期間ではないが、ミコト様と過ごしてきた記憶が脳裏に浮かぶ。


 初めてあの雑木林で会った時のこと、千歳さんの一件で発破をかけられた時のこと、神風さんの神社でお祭りに行った時のこと––––––。


 これって、もしかして、


 俺は何処かしらで、何かしら、ミコト様の事を女性として意識していたのか?

 女性として大切だと、思っていたということだろうか。

 ずっとこの大切という気持ちは「眷属」としてのものだと思っていたけれど・・・。


 –––––どちらが大切なんだろう–––––


 また、声が聞こえた。その声は俺の脳をキュッと締め付ける。

 ミコト様と、千歳さん。どちらと過ごす日常も、かけがえのない大切なもの。


 眷属としてミコト様の側にいたいと、俺は確かにそう言った。

 千歳さんを守りたいと、恩を返したいと、俺は確かにそう思ってきた。


 どちらも、大切な女性。女性だからこそ、悩む。


 俺は、どっちが大切なんだろう。

 どちらといるべきなんだろう。


 やはり、ミコト様と? 眷属としての責務がある。

 いや、千歳さんには大きな借りがある。それを返さないままな訳にはいかない。

 勿論それもある。だけど、それだけじゃないだろ。

 それよりも何より大切なのは、


 俺はこの二人に惹かれ始めているということだ。


 答えが、見つからない。

 一人で悶々と考えるけれど、答えは見つからないままで。

 二つの想いの狭間で、俺は揺れる。

 




 所変わって、羅一がいる部屋とは、別の部屋の一室。


 その部屋は少し薄暗いものの、脇から差し込む光のおかげで、物を見るには十分な程の明るさを得ている。


 カコンッ、と庭から響くししおどしの音が、部屋の中まで聞こえる。静かな畳敷きの部屋ということもあり、側から見れば一層趣がある空間のように感じる。


 鏡に映る羅一の姿を眺める一人の男。誰かはもういうまでもないだろう。

 その男は鏡から目を逸らし、畳の上に鏡を置くと、


「そうか、やはり迷いがあったか」


 その男はまるで羅一の心の内を見たかのような言葉をボソリと呟く。

 自身の娘を大事に想う気持ちは、先の面会で十二分に伝わった。だからこそ、この『心読しんどくの鏡』で彼の心の内を見ていたのだ。


 彼は現代を生きる齢16の男。


 娘と過ごす日々とは別に、彼自身が一介の市民として生きる日常があることくらい承知している。

 だから、その日常で大切な存在がいるであろうことは、尊ノ神の父親には当然のように予想できた。


「どのような答えを出すのだろうな。くれぐれも、がっかりだけはさせるなよ?」


 少し笑みをこぼし、更にぼそりと言葉を重ねると、その場から立ち上がり、部屋を出ていった。


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