第31話 お互いに感じる負い目

 「あー終わった終わった。やっぱかしこまったもんは慣れねーな・・・。 おう羅一。待たせちまって悪いな」


 一人になって一時間半くらいたったころだろうか。親戚のあいさつ回りを終えたらしいミコト様が少し疲れたような、緊張がほどけてほっとしたような表情で部屋へ入ってきた。


 あれから無論、答えなんて出ていない。

 

 必死になって答えを探そうとすればするほど―――、深い底なし沼ににどっぷりと沈んでいくような感覚に囚われる。

 きっと今は、お疲れ様、とかいう言葉をかけてあげるのが妥当なんだろう。でも、

 

 こんな気持ちの時、俺はミコト様にどう接すればいいんだろう?


 そう思うと、うまく言葉が出てこない。頭に浮かんだ言葉さえ、という言葉さえ喉の奥に突っかかってしまう。

 ったく、親父さんに会っていた時までの勢いはどこに行ったんだか。我ながらにそう思う。

 暫く何も言えない状態が続き、内心少し焦ってしまう。

 そんな心の内が態度に出ていたらしく、ミコト様は少し怪訝な顔をしながら俺の横にかがんで座って、尋ねた。


 「おい羅一? どーしたよ。深刻そうな顔してよ、なにか悩み事でもあんのか? なにか親父との会話の時にひっかかるもんでもあったか?」


 やっぱり、少し心配させてしまったか。


 この心の内をミコト様に明かせたらきっといいのだろうけれど、少しは心が晴れるのだろうけれど、

 でも、俺にはまだそれが出来ない。

 というよりもまだ、自分の気持ちに答えを見出せない状態では、この気持ちを明かせない。明かしちゃいけない、気がする。


 ごめん、今はまだ言えないや。


「え、あ、いや、別に気にするほどのことじゃないよ。それよりも、お疲れ様」


 ようやく言葉が出てきた。上手い言い訳が見つからなかったので、自分なりに精一杯誤魔化してみたつもりだけど、


「あ、おう、ありがとよ。ってそれよりも、本当に大丈夫、なのか? お節介だったらいいんだけどよ・・・」


「本当に大したことじゃないんだって。個人的な事だよ。ありがとう。心配してくれて」


「そっか。ならいーんだけどよ・・・」


 ミコト様はまだ納得いかないというような表情を見せたものの、一応この場は引いてくれた。

 後ろめたいことをしているようで、心がじわじわと痛む。


 さっき親父さんに言った言葉はウソだったのか? わかりきったことだけど、そんな言葉が頭の底から聞こえてくるようだ。

 でも、今はまだ、耐えなきゃだめだ。


「そうだミコト様、もう暇?」


「あー、今は暇だけど・・・、どしたよ」


「この家案内してくれないか? トイレの場所とかもまだ全然わかってないし・・・」


 心の中の痛みを一旦殺して、振り払って、ミコト様に話題を振る。今は親父さんとの修行のことも控えてる。その事について悩んでばかりじゃダメだ。

 今は、目の前のことに––––––。


「お、それもそうだな。風呂場とかもまだ案内してなかったな・・・って、なんだ?一緒に入りてぇのか?」


「いや何言ってんの」


 そんなことしたら俺がアナタの親父さんに半殺し以上にされるのが目に見えてるんですが。

 ったく、こっちが悩んでる時も相変わらずか。いつもはなんでもないはずなのに、それが今は、少し心にくる。

 でも、ミコト様が風呂に入っている姿を思わず想像してしまい、少し顔が火照ってくる。


「ははっ。無理すんなよ。顔、真っ赤だぜ? まぁいいや。来いよ」


 ミコト様は笑ってつんと俺の額をつついた後、くるりと俺に背を向けて、指でちょいちょいと招いて、俺についてくるよう促す。

 からかう時の声の調子とか、態度とか、全くいつもの調子と変わらなかった。あくまでも、いつものミコト様だ。


 でも、

 彼女が背を向けた時にうかべた表情を、俺は見ることができなかった。



 –––––何か隠してやがんな。羅一の奴


 親戚への挨拶を終えて、羅一の所に戻って来た時から感じた違和感。

 何か心がもやつくような感覚を、羅一から感じた。

 アタシは羅一の考えていることとか、感じたこととかは、あいつが眷属になってくれた時からある程度はわかる。


 ま、ホントに深い部分は、見ないようにしてんだけど。そりゃ当たり前だろ? アイツにだって知られたくないところとかはあるに決まってる。そこは、アタシが見ちゃいけねーとこだってのは、わかってるつもりだ。


 でも、今回のは少し違う。

 アイツがアタシにわからないように、心の中を隠してる。


 なぁ羅一、もしかして・・・、


 千歳のことも考えてんじゃないか?

 お前はアタシのことを大切だって言ってくれた。その気持ちにウソはないってことは、わかってるよ。だからアタシも、お前のことを信頼してんだ。


 でもお前は、千歳のことも大切に思ってんだろ?

 お前を助けてくれた存在で、借りがあるから。そして・・・


 千歳のこと、少し意識してるだろ。女としてな。

 それは心を読まずとも、日頃の羅一を見てればわかる。ま、最も千歳は気づいてねーみてーだけど。


 だから、アタシとの、神と眷属の関係が、もしかしたらアイツの枷になってしまっているかもしれない。

 アタシとの関係があるが故に、アイツが余計に悩んでしまっているのだとしたら––––––。


(ったく、これじゃ神様失格だな。眷属に要らねー気苦労させてるようじゃな)


 こんな表情カオ、アイツに見せる訳にもいかねー。

 羅一に見えないように、アタシはぐっと唇を強く噛んだ。


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