第29話 閑話 千歳一八と+α

 私には、好きな人がいる。


 初めてその人を好きになった時は、あまりよく覚えていない。きっと少しずつ、彼に惹かれていったのだろう。

 でも、自覚した時だけは、何よりも鮮やかに、色濃く覚えている・・・なーんて、思わせぶりに言ってるけど、ほんの3ヶ月くらい前のことなんだ。


 自分勝手なジェラシーを、嫉妬を、向け続けていたにも関わらず、彼はそれを受け止めてくれた。

 誰にも言えなかったこの気持ちを、聞いて、しっかりと抱きとめてくれた。


 その時、その瞬間、すっごく心が温かくなった。



 そこからかな。彼、大麦君のことが好きだーって事に気付いたの。確かにこの感情に気付いたのって、さっきも言ったようにほんの最近のことなんだけど、


 でもきっとこの感情は、気づかなかっただけでずっと前からあった。それは、ハッキリと自信を持って言える。


 だってそれだけじゃないもん。大麦君の魅力的なところって、さ。何に対しても一生懸命な顔して取り組むところとか、少しかわいいところとか。ほら、いっぱい出てくるでしょ? えへへ、この気持ち、誰にも負けてない自信があるんだ。


 でも、そんな彼を見続けてきたから、分かる。

 彼には、きっと他に大切な人がいて–––––––。





「んぬぁぁぁああーー! はいストップすとぉぉーーっぷ! 分かったから! かずっちが大麦君に惚れ込んでるのはよーく分かったから!」


 突然、話を聞いていた御岳光希みたけみつきちゃんが大きく手をぶんぶんと振って私の話を大声で遮る。元気だなぁ。

 でも、これからがいいところなのに、聞いてほしい所だったのに、まったくもう。そもそもそっちから聞いてきたくせに・・・。


 今は部活終わり。部室で汗だくになったシャツを着替え終わった直後。マネージャーでも汗はかく。当たり前だよ。だって炎天下の中でずっと立ってタイム計測とかしてるんだから。


 大体部活終わりはこうして部活のみんなとガールズトークで盛り上がる。この時間が私は結構好きだ。中学ではあまり経験しなかったことだから。


 女子しかいない空間の中、当然と言ってもいいのかどうなのかはわからないけど、自然に話の内容が恋愛ものにシフトしていった。やっぱりみんな気になるものなのかな。


 だからなのか、前々から私のこの気持ちに勘づいていた光希ちゃんが「そういえばかずっちって好きな人いるんだよね?」って迫ってきて・・・白状させられました。少し恥ずかしかった、な。まだ顔が熱いや。


「はぁ・・・。てかさー、かずっち可愛いんだから、大麦君ならすぐOKしてくれるって!

 ほら、早く告っちゃいなよー」


「そそ。一八ちゃんはもっと自信持った方がいいよー」


 光希ちゃんを初めとした部室にいるみんなが次々とそんな意見を口にする。褒めてくれているのは嬉しいけれど、そんな簡単な話じゃない。


「そんな急に無理だよ・・・。それに、さっきも言ったけど、大麦君には他に大切な人がいるみたいだし・・・」


 どんどん口調が尻すぼみになっていくのが自分でも分かる。自分が小さくなっていくような感覚に囚われる。

 光希ちゃんは今の私の発言を聞いて、うーんと唸りつつ少し首を傾けて、みんなに問う。


「って言ってもさー、大麦君が仲良くしてる女子って・・・、私達を除いたらかずっち以外にいたっけ?」


「いや、私は知らないよー」


「そーだね、大麦君ってウブなところあるもんねー。一八ちゃんの考えすぎじゃない?」


 それは勿論、この学校にはいないよ。私もこの部活以外で大麦君が女の子と仲良くしてるの、見た事ないし。結構部内の女子には人気があるのは確かだけれど。

 みんなが分からないのも無理ないな。だってここにいる人たちには視えない人だから。


 ミコト様、昔から大麦君の住む地域を治める、女の神様。

 大麦君の大切な人は、この人だ。なんで分かるのかって? それは勿論、曲がりなりにも一年間彼のことを見てきてるから、だよ。


 きっとミコト様も、大麦君に一定以上の信頼を置いている。

 すごく大きくて、魅力的な人だと思う。正直、勝てる気がしない。


 でも、


「うーん、でもさー。かずっちは大麦君のこと好きなんでしょ? その気持ちに嘘はないんだよね?」


「当たり前、だよ。そこは譲る気ない」


 どんなに大きな存在でも、そこだけは譲れない。絶対に大麦君を振り向かせてやるんだ。


「よーし! じゃあ作戦会議だ! 第一回大麦君をどうやったらかずっちにゾッコンにできるか考えるの会!」


「え、ちょっと光希ちゃん、別に私は・・・」


「いーのいーの! 私達はかずっちの事を応援したいんだから! あ、でも・・・、余計なお世話だった? 少しふざけちゃってたかな?」


 光希ちゃん達は心配そうな顔でこちらを見る。確かに、ちょっとふざけたようなノリだったけど、私のこと、応援してくれてるのは本当みたいだ。

 彼女たちなりの厚意を、無駄にするわけにはいかないよね。


「別にそんなことないよ。ありがとう、じゃ、お言葉に甘えさせてもらおっかな」


「やったー!おーし、じゃあ先ずは・・・」


 それからはやいのやいのと、あーでもないこーでもないと、みんな、私の事なのに必死になって考えてくれた。


 大麦君は、今日部活を休んでいる。多分、ミコト様に関連した事で少し取り込んでいるのだろう。夏休みが始まる前に、大麦君からちらりと聞いた。事情を詳しく聞くことはしなかったけど。


 大麦君とミコト様の絆は強い。でも、まだ男性と女性の間柄、というわけではない、と思う。だから私にも十分勝算はあるんじゃ、ないかな。

 でもあの関係には、神と眷属という関係には、少しヤキモチを焼いてしまうのも確かで、思わずこんな言葉が出てしまう。


「大麦君の、ばーか」


 周りに聞こえないほどに発した小さな声は、辺りを埋める喧騒に掻き消される。


 大麦君、せめて、私の事を考えてくれてるといいな。

 そんな勝手な事を考えながら、時間は過ぎていく。



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