第28話 お互いの絆

「ふむ、よく来たな。まずはお前の名前を聞こうか」


 俺の目の前にいる男性は堂々と、でも尊大というわけではなく、あくまで厳かで、威厳のある態度で俺に話しかける。


 ––––––これが、この人が、ミコト様の親父さんなのか。


 鋭い眼光。それが見つめるものは俺。見定めているんだ。これから俺が話す言葉に嘘偽りがないかどうかを。

 俺が娘の、ミコト様の眷属に取るに足る人間なのかどうか。

 嘘は、つけないな。まぁ元よりつくつもりなんてさらさらないんだけど。


「はい。初めてお目にかかります。大麦 羅一と申します」


 改めて、深々とお辞儀をする。挨拶ってこんな感じでいいのかな?

 こうしていざミコト様以外の神様と対面すると、俺とミコト様の関係ってどれだけ自然体でフランクな、いわば神様と眷属らしくない関係かっていうのが本当によくわかる。だって俺とミコト様の挨拶って、


「おはよう。ミコト様」


「おっ羅一か。やっと来たな」


 って感じだし。


 ミコト様の親父さんは、俺のことを厳しい目で見つめたままだ。徐々に、体全体から湧き出る威圧感のようなものが濃くなっている気がする。


「そうか、大麦 羅一というのか。ミコトが眷属を持ったというのは聞いていた。そして・・・」


 そこまで言うと、思わせぶりにふぅと息を吐いた。それから一呼吸置いて言葉を続ける。


「君が眷属として何を成しているかも、人づてではあるが聞いている」


 ミコト様の親父さんの目の鋭さが、さらに強くなる。身体と心を、研ぎ澄まされた刀で貫かれるようだ。必死に目をそらすまいと、ぐっと拳とを握りしめてその目を見つめ返す。


 多分、あんまりいい印象は抱かれてないな。


「あまり、眷属としての成果は芳しくないそうではないか。最近は少しマシになって来たようだが・・・」


 ミコト様の親父さんは突然すっと立ち上がり、俺の目の前まで歩み寄って、俺自身を試しているかのように膝をついて俺の顔をぐいっと覗き込んだ。


「いいか。眷属にとって一番大事なのは、力だ。眷属は神に仕え、神を支え、神を護る存在だ。護るべきものを、力無くしてどう護るんだ?」


 強い口調で、淡々と、親父さんは話す。

 強い自信を、強い自身の矜持の様なものを一つ一つの言葉から感じる。でも、なによりも大きく、強く感じたのは––––––。


「悪いが私は君のような軟弱な男を神の、特に娘の眷属とは認めない。厳しく育ててきたが、私の大切な娘だ。そんな軟弱な奴に、眷属を務めさせるわけにはいかない」


 娘への強い愛情だった。

 勿論自身の眷属に対する価値観もあるだろうけれど、それ以上に娘が大切だから、何か起こったらと思うと心配だから、こうして辛く俺に当たっているのだろう。


 ミコト様は、どんな表情をしているのだろう。ずっと前を向いているから、それを伺い知ることはできないけれど。


 確かに、力は必要だ。俺は眷属。親父さんの言うとおり、ミコト様を支える存在だから。でも–––––。


「おい親父。アタシは別に–––––––」


「ミコト様、いいんだ。俺に言わせてくれ」


 ミコト様が何か言おうとするのを俺は腕を伸ばして静止する。いつまでもミコト様に言わせてちゃいけないからな。自分の意見くらいは、しっかりと言えないと。


 たとえ、それが大きな存在であろうとも。


「確かに、俺はミコト様の側にいるだけの力は持ってないかもしれません。最近、ようやく自分に自信が持てるようになってきたくらいです。それでも・・・」




「俺はミコト様の、側に居たいんです。まだ眷属になって半年も経ってないけれど、俺にとってはもう、ミコト様は大切な存在ですから」


 破天荒で、大雑把で、普段は神様らしくなんて全然ないけれど、でも、いざという時は頼りになって、俺を本気で信頼してくれている。そして、男らしい性格とは裏腹に女の子らしい可愛い一面もある。


 そんな彼女を、支えられるような存在になりたい。だから眷属として、俺はミコト様の側に居たいんだ。


「だから、今認められなくても、絶対に認めさせてみせます。大麦羅一は尊ノ神の眷属に相応しい人間だ、って」


 覚悟は決めてきている。確かに生半可なものじゃないだろうけど、ここを乗り越えないと、俺はきっと真の意味でミコト様の眷属にはなれないと思うから。


 親父さんは、手に持っている扇子を鳴らしながら、まるで俺の中にあるナニかを見定めるように、話を聞いている。


「・・・親父。アタシも、羅一には眷属として側に居てほしいんだ。ほかの誰でもない、コイツにさ」


 さっきまで黙っていたミコト様が、ゆっくりと口を開く。静かな口調で、説得するような話し方で話を続ける。


「神が人間を贔屓すんのはよくないかもしんねぇけどよ。とにかくコイツ馬鹿正直で、真っ直ぐでさ。まぁまだ頼りないところもあっけど・・・、とにかく、信頼できる奴なんだ」


 少し照れくさそうに、彼女は、ミコト様は話す。そんな風に俺のことを見ていてくれたのか。なんか、嬉しいな。


「今はまだだけど、こいつはき絶対に眷属として立派な奴になるよ。少なくともアタシは、そう思ってるから」


 ミコト様のハッキリとした、自信に満ち溢れた声が、部屋に響く。それは俺に対する期待と信頼の証。


 ここまで、俺のことを考えていてくれたのか。

 胸が奥から熱くなっていく。膝元を見ると、無意識のうちにぎゅっと握り拳を握っていた。

 ミコト様と俺。お互いの心に絆を感じる。まぁ、俺の一方的なものかもしれないけれど。


「・・・そうか。お前にそれほどまで言わせる奴か」


「あぁ」


 親父さんはカッと目を見開く。すごい貫禄だ。覚悟していなければ縮み上がってしまいそうな程に。

 でも、次の瞬間、すっと立ち上がって、ゆったりとした雰囲気になり、柔らかい顔付きになった。


「ふふ、いいだろう。合格だ」


「え?」


「少し、見させて貰っていたのだ。お前達がどれだけお互いを信頼し、慕いあっているのかをな。その様子なら問題はないだろう。眷属としてはまだまだだが、側にいることは、認めてやろう」


 さっきの威圧感は何処へやら、物腰柔らかな態度で俺たちに話しかけてくる。

 えーと、じゃあそれは俺とミコト様を試してたってことか? よかった。正直この人のあまりの大きさに目を逸らしそうになったところがいくつもあったから。


「だが! せっかく来たのだ。ミコトの側にいる者として必要最低限の力を身につけて貰ってから帰ってもらう。私が直々に稽古をつけてやろう」


 そう言うと、手に持っている扇子をぴっと俺の眼前に突きつける。う、やっぱりさっきの眷属には力が必要っていう言葉に嘘はなかったのか。まぁ当たり前だからいいけど。

 それにこう言う展開になるのは大体予想はできていた。ミコト様と稽古もしているし、どんな修行でもどんとこいだ。


「おい親父っ⁉︎ いくらなんでもそれはちょっと酷っ・・・!」


 ・・・って、アレ?


 え、ちょっと待ってミコト様めっちゃ焦ってる。

 そんなにヤバイの?この人の修行。


「ミコト様? そんなにヤベーの?この人の修行って・・・」


「あぁ、ちっこい頃、何度も逃げ出した位にはな。修行時代が終わるまで慣れるこたぁなかったぜ」


「マ・ジ?」


「まぁ安心しろ。取って食う訳ではない。今日はゆっくりするといい。ここは下界よりも時間の進みは少し速いからな。明日から修行でも君は問題なかろう?」


 親父さんはそう言ってにっこりと笑う–––––––が、友好的な笑顔とは少し違う。


 不敵で、挑戦的な笑顔だ。俺が与える試練を乗り越えてみせろ、お前の底力を見せてみろ、と言わんばかりの。


 嫌な予感しかしないけど、やるしかねーなこりゃ。


 俺は親父さんに向かって、ぎこちなくとも、精一杯の笑顔を返した。








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