第27話 対面
「おい羅一、起きろって。時間だぞ」
夢見心地だった日曜の早朝。本来ならまだぐっすり寝ている時間。そんな時間に、突然声をかけられ起こされる。
寝るのは好きだ。気持ちいいし、自分の世界に入ることができるし。1日が終わって寝るときなんか、最高に心地いい瞬間だと思う。俺が一番楽しみにしている時間といっても過言ではない。
だからかはわからないけれど、そんな睡眠の時間を妨げられてしまうと、理由がなんであれ少しイラッとしてしまうわけで。
なんだ? 誰なんだ? 俺の安らかな休息の時間を邪魔する奴は––––––。
そう思いながらゆるり、と瞼を開ける。
俺の肩を掴んで、顔を覗き込む人が目の前にいる。
意識が覚醒していく。徐々に目の焦点が合っていく。
女性だ。短い髪、適度に日焼けしたような肌の色・・・。
そして、完全に意識が覚醒した時、ようやく目の前の人が誰か、わかった。
え、ちょい待ち。
なんでミコト様がこんなところに⁉︎
突然のことに少し困惑する。いや、妖退治に行くときは大体俺の部屋まで来るんだけどさ、この人にこんな風に朝に起こされることなんてなかったし。
混乱する頭を落ち着けて、冷静になってみる。昨日までの出来事を思い出す。
あ、そうか。思い出した。
「あ、今日天上界に行く日か」
「おい、お前忘れてたのか?」
ミコト様は呆れたような視線をこちらに向けてくる。別に忘れてたわけじゃない。少し寝ぼけていて思い出せなかっただけだ。
でも、それを言ってもただの言い訳になってしまうので、ぐっとこらえる。
そうだ。今日はミコト様の親父さんに会いに行く日だ。そういえば昨日、朝の3時ごろに俺の家まで来るから待ってろって言われたのを思い出した。
「悪い。寝ぼけてたわ。すぐ着替えて来るよ。正装の方がいいかな?」
「あー。一応そうしておいてくれ。あと一応動きやすい服装も持っておけよ」
「わかった」
俺は寝間着から着替えるために制服を持ち、自分の部屋を出る。そして階段を降りて下にある洗面所へと向かった。流石にミコト様のいる前で着替えるわけにはいかないから。
あと、出かけるにあたって家族に一言言っておかないといけない。
そうそう。家族の説得は思っていたよりかはすんなりいった。まあミコト様のことを直に見て信じざるを得なくなったというのもあるだろうけど、
どうやら俺が何か隠していることを薄々気づいていたらしかったのだ。
用はバレていたのだ。俺が夜な夜な一人で出掛けていたことも、俺が見えない何かと話していたことも。
後はここ最近の態度、らしい。両親から聞くには、家族に接する態度が今までと少し違っていたのだとか。
どうやら俺は、本当に嘘をつくのが苦手らしい。
そうして一通り、ミコト様の眷属をやっていることとか、妖退治をしていることとかを話し終えて、両親、そして真衣はそんな話を信じてはくれた。
けど、当たり前だけど、怒られもした。
なんで今まで、そんな危険も伴うようなことを自分達に話してくれなかったのかと。
そんなに家族が信じられなかったのか、とも言われた。
家族の真心が、胸に染みる。
家族を巻き込みたくない、今まで言わなかったのは、そんな気持ちももちろんあったからだけど、やはり信じてもらえないのではないか、許してもらえないのではないか、という気持ちの方が、多分強かった。
そんなのは、杞憂だったんだな。
だからこそその後は俺の覚悟も、ミコト様に対する想いも家族に打ち明けた。可能な限り、この人の側に居たい、眷属として支えたいということを、伝えた。
父親は覚悟を決めたなら貫き通せと俺の肩を叩いた。多分あの人なりのエールなんだろう。母親は・・・何も言わなかった。心配なのだろう。仕方ないけれど。
ただ、きっと俺の事を大切に想ってくれてるであろうことはわかった。
洗面所で制服に着替えて、両親が眠る寝室へと向かい、ドアを開ける。
「んじゃ、行ってきます。帰るのは・・・明日くらいになるかも」
「うん、行ってらっしゃい」
起きてたか。まぁ、一応昨日この時間当たりに出るとは言ってあったし。さて、改めて気合いを入れ直さないと。
ドアを閉めて、二階にある自分の部屋へと戻る。
ドアを開けると、ミコト様が俺のベッドに腰掛けて待っていた。
少し欠伸をしながら、背伸びをしているおいおい、アナタも朝が苦手なタイプなのか。目をこすっている姿がなんか少し可愛い。
話が少し逸れた。本題に戻らねば。
「ごめん待たせた。行こうぜミコト様」
「お、準備は出来たみてーだな。んじゃ行くか。ほら」
ミコト様は俺の目の前にすっと手を差し伸べる。そして俺は、その手を取る。
初めて会った時も、こんな感じに手をとったっけ? まあ今はどうでもいいんだけどさ。
ミコト様の手を取ったまましばらくそのままでいると、突然、光が床から湧いて出てきた。
その光は徐々に上へと伸びていき、俺たちの周りを覆っていく。
辺り一面が、光の壁に包まれていく。
そうして、光が俺たちを包み切ったとき––––––、
光が、弾けた。
あれ、着いたのか?
そう思って辺りを見回してみる。
どうやら俺たちは町のど真ん中にいるようだ。でも、そこは今の、俺が住む街並みとは全く違う。
まるで時代劇に出てくるような街並み。日光江戸村なんかを想像するとわかりやすいと思う。
そして、行き交う人々はみんな袴やら着物などを着ている。江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。
多分、ここが天上界であってるんだろう。もっと平安時代のような街並みを想像していたから、少し驚いた。
そして目の前には、多分3メートルはあるであろうでっかい塀と門。多分ここが、ミコト様の実家なんだろうけど、間違いのないように一応聞いておく。
「ここ? 実家って」
「そう、ここだ。いつぶりかねぇ、ここに帰って来んのって」
ミコト様は懐かしそうに目の前の門を見上げる。暫く実家に帰ってなかったのか。
と、いうか豪邸じゃん。すごいな。
門の上から屋根が少し見えていることから、門の中の建物もかなりの大きさであることが容易に想像できる。
そんなことを考えていると、突然、門が開き、女中さんと思しき女性が姿を現した。
「お待ちしておりました。尊ノ神様、お久しゅうございます」
その女性はゆったりとした動作で頭を下げる。とても気品があって、お淑やかな印象を受けた。
「お前、チヨか? ははっ、久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「はい。尊ノ神様こそ、お元気そうで何よりです」
ミコト様は柔らかい笑顔を浮かべてチヨと呼んだその女性の元へと駆け寄って、お互いに再会を喜ぶような言葉を掛け合う。親しい間柄だったのかな? なんか見ていて微笑ましくなってくる。
「今回帰郷なさったのは・・・確か眷属を持ったから、でしたよね。其方の男性ですか?」
「あぁ、そうそう。大麦羅一ってんだ。羅一、紹介するよ。コイツはチヨ。アタシの子守役だった女中の娘で、ちっこい頃は一緒によく遊んでたんだ」
「ふふっ、毎日のように振り回されて大変でしたよ?」
「ぐ、悪かったって」
そっか。だからそんなに親しそうなのか。てかミコト様は小さい頃からそんな感じだったんですね。奔放なところとか、あんまり変わってないんだな。
「それよりも、さあ、早く奥へ。旦那様がお待ちですよ」
チヨさんは俺たちを先導して、家の中へと案内する。
玄関を上がって、長い廊下を進む。
この先に、ミコト様の親父さんがいるのか。なんか少し、今更ながらに緊張して来たな。
道行く最中、何人かの使用人さんとすれ違う。こちらを見て、なにやらヒソヒソとはなしている。
まぁ十中八九、俺のことだろう。ミコト様の眷属が来ることは知っていただろうし、実際に見てみた印象とか、多分そんな事を話しているんじゃないだろうか。
「そういえばさ、ミコト様の親父さんってどんな事をしてる人なの?」
前を行くミコト様に、あんまり大きな声で話すわけにもいかないので、小さい声で話しかける。
これだけでかい屋敷に住んでいるのだ。きっとすごい神様なのであろうことは想像できる。
「あー、なんか関東圏の神々の監視役みてーなのやってる。行き過ぎた事した神を罰したりとか」
「結構とんでもない人だなソレ・・・」
予想よりすごい神様でした。関東の神様殆ど逆らえないじゃないですか。
やばいどうしよう。うっかり機嫌を損ねさせたらどうなるかわからないかもしれんじゃないか。
「着きました。この奥に旦那様がいらっしゃいます。旦那様。尊ノ神様とその眷属が参りました」
「そうか、通せ」
少し低い、でも少し澄んだような声が聞こえる。あれ、思ったより若いのかな? てっきり年をとった威厳のあるおじさんを想像していたから。
俺は即座に正座をして、頭を下げる。ミコト様は正座はしているが、頭を上げたままだ。
ミコト様と接する時と態度が違うが、まぁ仕方がない。多分ミコト様と親父さんで、眷属に対する考え方っていうのは多分違っているだろうから。
だからこそ、今は神様に対して本来するべきであろう態度を取っている。
すっ、と襖が開く音が聞こえる。
「久しぶりだな。ミコト。暫く見なかったが、変わってないな」
「あぁ。親父こそ、久しぶりだな。そっちは少し老けたんじゃねーか?」
「ふん・・・。さて、横の男よ。面を上げていいぞ」
顔を見てみたいというはやる気持ちを抑えながら、下げていた頭をゆっくりと上げていく。
そして完全に顔を上げきった時、視界に入ったものは、
ざっと見て俺たちから親父さんまで20畳くらいはあるであろう部屋の広さ。真ん中の襖が取り除かれて、二つの部屋が一つになっている。
そして、部屋の奥に、少し高価そうな袴を着ている、30代後半くらいの男性がいた。
紳士的な印象を受けるような顔。少し口ひげを伸ばしている。
あれが、ミコト様の親父さん、なのか。
緊張から、心臓の鼓動が早くなる。
確かに顔立ちとかは、自分が抱いていた印象とは違ったけれど、
目の前にいる人の神様としての威厳は、自分が想像していた以上のものを、目で、肌で、心で、俺は感じ取っていた。
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