第26話 今朝言ってた話したい事
さて、部活も終わって、今俺はミコト様の住むお社に再度足を運んでいる。
自転車を雑木林の前で止め、鳥居をくぐって細く伸びた獣道を進む。
木の葉を靴で踏みしめる音を聞いて、足に雑草が当たるのをズボン越しに感じながら、お社のある方角へと進む。
もうそろそろ見えて来てもいい頃だけど・・・あ、見えた。
ブナやコナラの木が周りに茂る中、そのお社の周辺だけぽっかりと穴が開いたように、爽やかな青空が広がっている。
小さい頃はこの空を見上げるのが好きだったな。なんて、そんなセンチメンタルな感情に浸っていると、
「お、来たな。今日も一日お疲れさん、っと!」
祭殿からミコト様が顔を出して、そこから俺の目の前に飛び降りた。俺から祭殿のところまで結構距離あったんだけど。すごいなやっぱり。
と、いうかミコト様の力がここ最近初めて会った時よりも増している気がする。昨日なんて思い切り殴った時の爆風で木が一本倒れてたし。
やっぱり俺に加えて、千歳さんもミコト様の事が視えるようになったのが大きな要因だろうか? 神様になってるとはいえ、元々眷属だった神風さんとも再会した訳だし。
少しずつ、ミコト様への信仰が戻りつつあるって事でいいのかな。そうであってくれたら、眷属としても嬉しいし。
っと、今はそれどころじゃないか。今朝ミコト様が言ってた話っていうのを聞かないと。
「ん、ありがとう・・・。で、今朝言ってた話したい事ってなんなんだ? もしかして結構大切な事だったり?」
「お、その事なんだがな、あー、いや、別に大した事じゃねーと思うんだが、急遽親父に顔見せしなきゃいけなくなっちまってよ・・・」
「親父さんに・・・顔見せ?」
「あぁ、暫く先の話だけどな。一応天上界に実家みてーなとこがあっから、そこで会おうってこの前文が届いてよ。」
それじゃあ暫くの間ミコト様がこの地域からいなくなるって事じゃないか。それ結構大事な話だと思うんだけど。
あ、もしかして、暫く一人で妖退治よろしくって事? 確かに最初よりかは格段に強くなってる自信はあるけど・・・。まだ心配だな。信頼してくれてるのは嬉しいけどさ。
「じゃあ暫くは俺一人で妖退治をしろって事か? わかった。やるだけやって・・・」
「ん? あー違う違う。そうじゃなくて、だな」
あれ、違う?
じゃあ何だ?
「いや、親父がアタシが眷属持ったのどこでかは知らねーけど聞いたらしくてな・・・。それでそいつを連れて来いって言われたんだ」
「あ、あー。そういう事か」
要するにアレか。娘であるミコト様の顔を見ると共に、最近娘の眷属になった奴について色々確かめておこう、という事か。
娘の眷属に、値するかどうかについて。
突然の事だけど、あまり驚きはしない。でも、少し緊張するのは確かだな。ミコト様の親父さんってだけで、やっぱり色々と凄そうなのが想像できるし。
「急で悪いな。あの親父、物事伝えるのいつも急だし、少し辛辣で頭が固えとこがあるからな・・・。少し、心配なんだよな・・・」
話から推測するに、きっとミコト様の親父さんは気難しい人なのだろう。 きっと真面目で、少し頑固な人なんだろう。だから、俺が親父さんのお眼鏡にかなわない場合、かなり辛辣な言葉を浴びせられるかもしれない。
そして、それによって俺がまた眷属としての自信を失ってしまうかもしれない。神風さんと最初に会った時のように。
ミコト様はそれを心配してくれてるのか。優しいな。この人は。
でも、それなら大丈夫だ。
「大丈夫だよ。確かに、少し前までの俺ならわからないけれど、今の俺ならきっと親父さんにはっきりと言える。俺はミコト様の眷属です、ってね」
自分が積み重ねた物に、自信を持てるようになりましたからね。多分ちょっと前だったら自分に自信なんてなかったし無理だったろうけど。
それに、もし認められなくても、認められるようになんとかする。だってミコト様は、もう俺の中じゃかけがえのない存在だから。
あ、あくまで神様と眷属としてって意味でね? 断じてそっち方面の意味じゃない、と思う。
「とにかく、心配しなくても大丈夫だよ。辛辣な言葉程度で潰れるほど、俺もヤワじゃない」
まぁ、どれだけ辛辣かはわからないけどさ。
でも、これから眷属としてやっていくならそんな事くらいでへこたれてちゃ、絶対にいけないから。
ミコト様はここまで聞いて、少し驚いたような表情を見せた。でもその後、口元を緩めて「お前・・・」と呟いて、
「ふふっ。言うようになったじゃねーか。ははっ。小さい頃は母ちゃんにひっついてて半ベソかいてたくせによ」
「何年前の話なんそれ?」
さあ? 覚えてねーのか? と、ミコト様はけらけらと快活に笑う。その笑顔は安心したような、嬉しそうな、そんな笑顔だった。やっぱりそういう風に笑ってるのが一番だよ。
夏の風が、彼女の髪を、肌をさらりと撫でる。風に揺られる葉の音も相まって、ミコト様が笑ってる姿が、いつもより綺麗に見えた。
気合い、入れていかねーとな。大口叩いたんだから覚悟決めないと。
「よし、それはそれでいいんだけど、その実家に行くのっていつ頃なの?」
「あぁ。出来れば来週の始めあたりがベストなんだが・・・。どうだ? いけるか?」
ミコト様は俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
えーと、確か終業式が今週の金曜だから・・・、全然大丈夫じゃん。平気平気。
あーでも、家族の説得どうしよ。ミコト様のことを伝えるわけにもいかないしなぁ。うまい言い訳が見つからん。
「日程的には問題ないけど、家族の説得に骨が折れそうなんだよなー・・・」
「あ、じゃあアタシが説得してやろーか?」
「出来んのっ⁉︎」
「少しの間だけなら万人に見えるように出来るぜ?」
「嘘だろっ⁉︎」
え、できるんすか? 実体化とかそーゆーこと出来るんすか⁉︎ じゃあなんで今までやらなかったんだ⁉︎ 学校にアナタが来た時とか、祭りの時とか色々と大変だったんだぞ⁉︎
「おいおい・・・。俺の今までの苦労は一体なんだったんだ?
「おい、今さっきも言ったろ。出来るっつってもほんの少しの間だけだ。それにやった後は疲れて動けなくなっちまうし。んなホイホイと出来るもんじゃねーよ」
うぐ、それならまあ仕方ないのか? でも、なんか納得いかないなぁ。なんでかはわからないけど。
気づけばそろそろ日も少し陰り始めていた。日の入りまではまだ全然時間があるけれど、そろそろアレを始めた方がいいかもしれない。
「よし、じゃあアレ、始めようぜ。ミコト様」
「おいおい、何含み持たせてるんだよ。稽古だろ?」
「最近新しいことに挑戦してるからな。少しカッコつけてみたくなった」
「ぷっ! 可愛いなお前」
ミコト様はそう笑いながら身体を順調にほぐしていく。
煩いな。別にいいじゃんか。俺の好みなんだからさ。
さて、そろそろアレも実戦で使えるレベルに仕上げないとな。ミコト様の親父さんに会うなら尚更だ。
そう自分に喝を入れつつ、俺は稽古に臨んだ。
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