第25話 小休止 羅一のもう一つの日常
「ふぅ、今日は少しギリギリだったかな」
所変わってここは学校。予鈴15分前。危なかった。もう少し雑木林から出るのが遅かったら、遅刻してたかもしれない。
下駄箱から上靴を取り出し、履く。そして入れ替えるようにして運動靴を下駄箱の中に入れる。
昇降口近くにある購買を通り過ぎ、階段を登る。二年生の教室は3階にあるのだ。
そういえば今日から期末テストの返却日だっけ。確か今日は数2が帰ってくるはず。
正直言うと、出来栄えにはあまり自信がない。空欄三割くらいあったし。数学は苦手なんです。
まあ俺はまだいい方だと思う。大体数学系のテスト返却の日となるとあいつが・・・。
そういえばあいつのクラスも今日数学のテスト返却があるっていってたような。
・・・うん、もうやめておこう。あんまり考えたくない。
階段を登り終え、自分の教室に向かおうと右に曲がろうとすると、
「グワァオ‼︎」
「んぬぉあっ!?」
突然目の前の教室から獣のような声を上げてナニかが飛び出して来た。
それは半分猛獣の様な目をして、俺に向かって飛びかかってくる。多分理性は明後日の方向へ吹き飛んでいるだろう。
そしてそれは、俺の親友、弥勒だった。
でも気付いた時には既に押し倒され廊下の端っこまで引きずりこまれていた。力強すぎ。
「ガウゥウ! グロロロ!」
「だあもう痛え苦しい! 数学のテストやべえのはわかってるけど毎度毎度なんなんだ⁉︎」
弥勒は人の言葉じゃないなにか、どちらかといえば獣の呻き声のような声を上げている。猛獣みたいな目ぇしてりゃ声まで似るってか。ハハ、笑えないね。
数学のテストが返ってくる時、弥勒は大体こうなる。
およそ五分くらいこんな風に押し倒されて体を揺すられたり羽交い締めにされて振り回されたりする。なだめるのがめっちゃめんどくさい。
まあ、要するに、アレだ。不安に思うあまり異常にストレスを溜めて、それが暴れる形で爆発してしまうタイプのやつだ。それは別にいいんだけど、なんで毎回その矛先が俺に向くんだ? 他の人にやってるとこ見たことねーぞ。
そんで最もタチが悪いのは本人がこの事をあまり覚えてない事だ。なにも本人曰く、
「不安で一杯の所にお前が通るのを見てなんか頭がプチっと・・・。それから先のことは覚えてない」らしい。
俺はお前のサンドバッグか何かか?
と、いうよりさっきから周囲の目がめっちゃ痛い! わかったから! お前が切実な思いを持ってるのはもうわかったから! ちょっとそこの教室内の男子笑ってないで手伝え!
「ん、どしたの? さっきから騒がしいけ、ど・・・」
隣の教室からひょこっと誰かが顔を出した。
その人は長い髪に、クールビューティという言葉がよく似合う顔立ちをしていて––––––。
ここまで言えばわかるだろう。
ご存知、千歳さんだった。
千歳さんは弥勒と俺のこの状況見て、一瞬体を硬直させる。そして色々と察した様な顔をして、
「あ、えっと、うん。元気なのはいい事だ、よね。でももうすぐ予鈴鳴るから、あんまり遅くならないように・・・ね?」
千引きつった笑みを浮かべながら、ぎこちない動きで教室へと戻っていく。結構動きがかくついていて、わたわたとしていた。
あーそういえば千歳さんはこのやり取り見たことなかったっけじゃーしょーがねーやアッハッハ・・・
って笑えねーよ!!! あらぬ誤解されてんじゃん!!!
「千歳さんそれ誤解誤解! 別になんもないからって痛い痛い引っ張るな! 弥勒お前は早く正気に戻れ! HR始まるだろうが!」
纏わりついてくる親友を必死に引き剝がしながら、廊下で大声を上げる男が、そこにはいた。
悪い意味でめっちゃ目立っていた。
結局弥勒の正気が戻ったのは3分後。朝のHRにはギリギリ間に合わず、更にこの騒動を弥勒のクラスの先生に見られてめっちゃ怒られた。
なんて日だよまったくもう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
あれから千歳さんの誤解を解き、テスト返却も無事に終わって今は放課後。さーて部活じゃ部活じゃ。
テスト? ハハ、聞くなよ。そりゃあ勿論、
「終わったよな。色んな意味で」
あ、でも数学以外はちゃんと点数取ったんだから。数学以外は、な。
「ねぇねぇ、部室まで一緒に行こ?」
突然トントンと後ろから肩を叩かれて、振り返って見ると軽く微笑んでいる千歳さんがいた。
そういえば、誤解解くの地味に大変だったなぁ・・・。顔を引きつらせて何言っても暫く「だいじょーぶだよ、だいじょーぶだよ。うん」としかいってくれなかったし・・・。
まぁ気が動転してたみたいだったししゃあないか。
そんなことは今はどうでもいい。それよりも千歳さんが俺の事を誘ってくれているのだ。
返事? そりゃあ勿論、
「いいよ。行こう」
快諾するに決まっているだろうが。やべ、普段は別々に部室に向かうから、少し嬉しい。
「ん、じゃあ行こっか。・・・ふふっ、やった♪」
千歳さんはくるりと後ろを向いて、俺の前を歩き出した。機嫌がいいな。テストの点数が良かったのかな?
なんにせよ、鼻歌を歌いながら笑う千歳さんはとてもかわいい。それだけは確かだ。
そこからは千歳さんと話をしながら部室へと向かった。
それは今日のテストの結果はどうだったの? とか、今日の部活の練習内容についてとか、別に特別でもなんでもない会話だったけど。
でも、ただでさえ短い教室から部室までの道のりが、更に短く感じた。
嗚呼、この日常も、とても愛しい。
こうやって弥勒と馬鹿やって、好きな人と時間を共有することが、とても愛しい。
それはミコト様の眷属としての日常とは別にある、俺が一介の高校生として生きる日常。
この日常も、ミコト様との日常と同じくらい、愛しく、大切なものだ。
きっとこれは卒業と同時に自分の手から離れてしまうのだろうけど。
でも、その手から離れても、関係だけは離したくない。そう心からそう思えた。
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