第17話 羅一と盛夏の溝

「お前・・・盛夏か?」

「はい、本当にお久しぶりでございます」

 俺たちの目の前にいる女性−–−–−神風盛夏はミコト様に向かって、礼儀正しくお辞儀をする。

 え、いや、マジですか。

 まぁ俺以外にも眷属は持ったことはあるとは思ってたから、別にそこには驚いてない。

 実際始めて会った時にそういう趣旨の発言をしてたしな。

 ただ、ミコト様の元眷属に会うなんて思っても見なかったからだ。

 いや普通に考えてそうだって。ミコト様言ってたじゃんか。「ここ5、600年はアタシの姿が視える奴はいなかった」ってさ。

 てことは一番近くて戦国時代くらいに生きてた人が最後ってことでしょ? ミコト様のことを視たのって。

 そんな人と会うなんて普通思わないって。

 しかもその人が神様として祀られてるんだからそりゃ驚きもする。

 こんなに身近にいたなんて思ってもみなかった。

「あ、いや、お前、神様として祀られてたんだなぁ。いや、出世したなぁお前もさ」

 ミコト様は驚きを隠せていない。少し言葉が詰まっている。

 あれ、よく考えてみたらこんなミコト様見るの初めてかも。なんか新鮮。

 それはそれでいいとして、個人的に少し疑問が湧いてきた。

 それをミコト様に聞こうと口を開きかける。すると、それより早く、神風さんは、

「その事ですが尊ノ神・・・」

 神風さんは、しばらく言葉の間をとった。

 次には凄く申し訳なさそうな顔になって、

「申し訳ございません!」

「え、ちょっ!?」

「私が神として祀られた所為で、尊ノ神の名が世間から忘れられてしまうという、あってはならないことが起こってしまいました!お詫びしてもしきれませぬ!」

 土下座した。そう、日本人が最上級の謝意見せる時に使う、あの土下座だ。

 ものすごいスピードで膝を折りたたみ、頭を地面につける。一連の流れがものすごく綺麗だった。

 突然のことが立て続けに起こり、ミコト様はさらに困惑しているようだ。

「お、おいおい! もう別にいいわ! お前じゃ怒る気にもなれねーしよ・・・。ったく、堅っ苦しいとこは相変わらずだなぁお前。」

 ミコト様は対応に困ったようにぼりぼりと頭をかく。

 神風さんは「ですが・・・」と土下座をしながら何か呟いている。ものすごく真面目な人なんだろうなこの人。

 と、いうか、そろそろ俺喋っていいかな?

「すまん、ミコト様、話してるところ悪いんだけど、少しいい?」

 俺は失礼承知で会話に割って入る。このままだと置いてけぼり食いそうだったし。

「ん? ああ。いいぜ」

「いや単純な疑問なんだけど、この人が神として祀られてるって事・・・ミコト様はなんで知らなかったんだ?」

 ミコト様は、この地域の事については大体知っている。

 この地域の住民の事とか、歴史とか、その他色々。

 だから、そんなミコト様が昔の眷属が神として祀られているということを知らなかった事が、俺にとっては疑問なのだ。

「いや、ここに神社が建てられたってことは知ってたけどよ、誰が祀られてるかまではそこまで知る気が起きなかったってか・・・」

「要するに少し嫉妬してたってことか」

「・・・・・」

 ミコト様は恥ずかしそうにして、何も言わない。少し顔を赤くしている。

「笑うなら笑え。俗っぽいって。くそ、眷属に対してマイナスのイメージ抱いてた自分が恥ずかしい」

 あれ、少し拗ねたかな? 口を尖らせて、そっぽ向いてる姿が少し可愛らしい。

 いや、笑おうとまでは思わないんだけど。てかむしろかわいい。

「別に? 逆にかわいいなって思ってるよ。神様でも人間らしいところあるんだなーって」

「なっ⁉︎ 」

 ぼんっ! という効果音が似合いそうなほどミコト様の顔が更に赤くなる。ん? 俺なんか変なこと言いました?

「う、くそ、なんか腹立つ! いつもはアタシにおちょくられてるくせに!」

 なんか怒られた。解せぬ。

 ミコト様は光の速さで俺にヘッドロックをかましてきた。いやちょっと待って力が尋常じゃないほど入ってる痛い痛い痛い!

 あ、意識落ちるかも。そう思ったその時、意外なところから助け舟が入った。

「あの・・・尊ノ神、よろしいですか? そこの男は・・・もしかして、新たな眷属でしょうか?」

「あ」

 ミコト様ははっとなる。あ、拘束といてくれた。

 今度は神風さんの方を置き去りにしてたみたいだ。

 正座をしながら俺を怪訝な目で見てくる。そりゃそうだ。ほぼ初対面みたいなものだし。

 まぁこの人もここの神様だから、俺のこと、名前と顔くらいわかるんだろうけど。

 ただここの住民がたくさんいるせいで思い出せないだけだろう。

「ん、あぁそうだ、まず羅一。こいつがアタシの前の眷属、神風盛夏だ。んで盛夏、このとなりにいる奴がアタシの今の眷属、大麦羅一ってんだ。お前も名前くらいは把握してんだろ?」

 そう言われて神風さんは「あぁ」と思い出したように呟いた。まぁ今年まで初詣はここに来てましたからね。

「よく初詣の時、ここに来ていたな。歳は今年で17、だったかな。よろしく頼む」

 神風さんは凛とした声で手を差し伸べてくる。

「あ、はい。よろしくお願いします」

 そう言って、俺たちはお互いに握手を交わした。

 神風さんは俺のことをじっと見ている。

 まるで品を見定めるかのような目だ。ミコト様の眷属としてふさわしいかどうか––––––そんなところを考えているのだろうか。

「分からないな。神力も現段階では優れているようには感じない。体つきも多少筋肉がついているというだけで特段いいというわけでもない。君は–––––尊ノ神の役に立てているのか?」

 少し言いたいように言われていらっときた。言い返したい気分、なのだが、

 ––––俺は本当にミコト様の役に立てているのか?

 そんな考えが頭をよぎって言葉が詰まってしまう。

 戦闘でも殆ど雑魚の相手しかしていない。強いのはミコト様に任せっぱなしだ。直接的には何もしていない。

 神風さんは俺を見据えたまま言葉を続ける。

「ふう、君が尊ノ神の眷属だということ、私は認められない。少なくとも、役に立てている、と胸を張って言えないようでは–––––」

「盛夏っ!」

 突然、ミコト様が叫ぶ。言葉に少し怒気を滲ませて。

「お前が認めてなくても、アタシがこいつの事を認めてる。確かにこいつはまだ発展途上だけどな、アタシの眷属を務めるだけの器は持ってるよ」

 ミコト様はそう言って俺をフォローしてくれる。

 ったく、いざという時は優しいんだよなぁ。役に立ってないなら立ってないってはっきりと言ってくれた方が個人的にはいいんだけど。

「尊ノ神・・・分かりました。ですが! 私はあくまで認めません! この男が尊ノ神の役に立っているところを直に見るまでは!」

 そう言ってビシッと俺を指差す。人を指差すのはいけないって習わなかったのか。

「取り敢えず尊ノ神。今日の祭りは楽しんでいってください。では私は業務がありますので、この辺で失礼致します」

 そう言ってぺこりと頭を下げると、フッと姿を消した。

 俺はついでですか。さいですか。だって楽しんでいってって言ったときに、俺の名前言ってなかったじゃんか。

「スマン。あいつ、頑固で強情なとこあるからさ。まぁ、だからここ一帯を収められたんだけどな」

「まぁ、もう別にいいよ・・・で、あの人の能力は何だったの?多分戦闘系じゃないんだろうけど」

「あぁ、あいつの能力は『先読み』だよ。戦闘にしても、戦略にしても、相手が次に何をしてくるか、それに対してこうしたら何が起こるかがかなり先まで読めるんだ。」

 わお、なにそれ結構チートじゃないの?

 だって次に何をしてくるか分かってるだけでもかなり具体的な対策立てられるし、更に3手4手先が読めたらかなり最善の策に近い策を立てられるだろ。

「戦闘においては、あいつが敵の動きを読んで、戦ってるアタシにテレパシーで伝えるってスタイルを取ってたんだ。あいつのおかげでかなり助けられたのも事実だけど」

 そっか。戦闘向きじゃないから、そういうところでミコト様を支えてたのか。

 対して俺のは、戦闘向き、に属すると思う。だから、もっと強くならなきゃけどないけないはずなんだけどな。

「ったく、今はそんなこと考えんなって! ほら、友達来たぞ?」

 ミコト様はポンポンと肩を叩き、鳥居の方を指差す。

 見ると、弥勒が鳥居の下で待っていた。

「わかった。じゃあ行こうか」

 俺は少し小走りで弥勒の元へ向かう。

 でも、さっき話したことが、頭の奥底にこびりついて、拭おうとしても、取れることはなかった。

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