第16話 ミコト様の「元」眷属
「つーわけで・・・なんかスマン・・・」
と、言うわけで、時間は午後の2時。ミコト様に他の神社の祭りに行く事を報告。弥勒との待ち合わせの時間は午後の5時だ。
家族には、早めに弥勒と会って少し町を散策してから行く。だから早くに家を出る。とごまかしておいた。
真衣もついて行こうみたいな事を言っていたが、適当に真衣の興味なさそうなところ–––––例えばアニメショップやら古本屋などに行くつもりだ、と伝えたら、じゃあいいや、と引き下がった。
危ねぇ。流石に真衣を今一緒に雑木林に連れて行くわけにはいかなかったからな。これでも行くって言ってたら流石にどうしようもなかったかもしれない。
まぁミコト様は多分この事を把握しているんだろうけどさ。一応俺眷属だから、ミコト様以外の神様関連の行事に参加するんだったら報告くらいはしておかなくちゃと思ったんだよ。
「別に・・・構わないぜ? 行ってこいよ。律儀だなぁお前。」
意外にもミコト様はそこまで怒らずに、苦笑いを浮かべながら祭りに行く事を許してくれた。
いや仕方ないじゃん? 純粋に気になったんだもん。俺はミコト様が「アタシの眷属でありながら他の神に寝返ったのかーー!」くらい言いそうだと思ったし。
「おいおい、そんな事で怒る程アタシも器は小さくねーよ・・・。お前にも人間関係ってもんがあることくらいわかってるし。むしろそのことでからかってやろうと思ってたのに。全く。」
からかうつもりだったんかい。
やっぱ言っといて正解だったな。危うくまた無駄に体力削がれるところだった。人前でこの人に向かって声荒げるわけにもいかないからよかったよかった。
てかミコト様、あんまり妬みとかないのかな。今はミコト様よりも彼処の神様の方が有名だし、間違いなくミコト様の信仰が薄れる原因を作った神社なんだろうけど・・・
「彼処にはどんな奴が祀られてるのか気になってたから丁度いい。あの神社が建ってから少しずつアタシは忘れられていったからな。この際だから一緒に行ってかちこ・・・いや挨拶に行ってくるか。」
「今ものっそい物騒な単語言いかけてませんでした?」
前言撤回、思い違いでした。
今聞き間違いじゃなければかちこみって単語言いかけてなかったか。
思い切り妬んでるじゃないっすか。あんまり妬みとか、そういう類のものは抱いてないんじゃないかとか一瞬思ったりもしたけど気の迷いだったみたいだ。
そしてついて行くの前提なんですね。
「それに今の祭りに純粋に興味がある。屋台の食いもんとか食ってみてーし。」
あら、ミコト様屋台経験した事なかったのか。
でも屋台が日本に出てきたのって江戸時代からって聞いたことがある。江戸時代から信仰が薄らぎ始めていたミコト様が知らないのも無理はない。
まぁでもミコト様は見えないわけですし、別に派手にやらかしてくれなきゃいいか。
「よし、じゃあ行くか! 何時から約束してんだ?」
「5時からだけど・・・いつも大体早い屋台は3時から店出してるから、今から行っても多分大丈夫だと思うよ。」
「お、マジか。じゃちょっと待ってろ。準備してくるから。」
そういってミコト様はお社の中に入って行ってしまった。
それから奥でガサゴソという物を漁るような音が暫く続いたかと思えば、今度はシュルシュルという布が擦れる音が聞こえてきた。
何してんだと思って暫く待っていると、用が済んだらしいミコト様がお社の中から浴衣姿で出てきた。
深い群青色に、白い花柄の浴衣。
「どうだ? アタシお気に入りの浴衣。ずっと着る機会なんてなかったけど、大切にとっておいたんだぜ?」
そう言ってミコト様はくるりとターンして、浴衣の全体を満遍なく見えるようにする。
着物は長い年月が経ってしまったが故か、少し褪せてしまっているが–––––
綺麗だ。ミコト様の元からの魅力も相まって、思わず顔が綻んでしまうほどに。
俺は少し恥ずかしくなって、顔を晒してしまう。
ミコト様は俺の反応を待っているようだ。暫く、沈黙が場を包む。
不味いな、何か言わないと。
「別に誰かに見える訳でもないんだから、別に着飾らなくても・・・」
「素直じゃねぇな、お前。まぁ、褒めてくれてるってことでいいのか?」
「悪かったな。素直じゃなくて。ほら、はやく行こうぜ。」
これ以上耐えられなくなり、取り敢えず出発するよう促し、俺はお社に踵を返す。
「ははっ。わかったよ。」
ミコト様も、柔らかく笑うと、後を追うようにしてついてきた。
「おぉ、随分立派だな」
「ですねぇ」
取り敢えずあれから目的地へと向かい、今俺たちは鳥居の前で感嘆の声を上げていた。
今の時刻は午後の3時半。思ったより屋台が数多く出店しており、人も既にある程度集まっていた。
ていうか、ここの神社って、どんな神様が祀られてんのかな。確かミコト様が災害や疫病から村を守る神様だったから、またそれとは違った神様なのかな。
取り敢えず俺はこの神社の説明書きがある看板のところまでいく。
祀られている神様は・・・
神社においての祭祀対象は、ものすごく多彩だ。
まずは鎮守神など、その土地を守護する神などを祀っているタイプだ。 まあ要するに、氏神のことだ。他にもいろいろ種類はあるみたいで、ネットで調べただけでも地主神やら産土神やら結構な数が出てきた。
ミコト様なんかはこの土地を災厄から守る神ってことで、この部類に属すると思う。
そしてもう一つは皇族や偉人や義士などの霊が神様として祀られるタイプだ。徳川家康なんかを想像してもらえればわかりやすいかな。江戸時代には権現様って呼ばれて神格化されてたから。
ほかにも昔からある木とか、石とかに神様が宿っていて、それを祀っているっていうのもある。ずっと昔なんかは、そういうものがそこにあるだけで、建物がなくともそこが神社だって言ってたみたいだ。
これ以上は長くなるのでここでやめておこう。
そしてこの神社に祀られている神、神風盛夏は昔生きてた人間が、後に神として祀られたタイプだというわけか。
あ、言われてみれば聞いたことあるかも。たしかこの地域を治めてた大名かなんかで、肉体的な強さはなかったが、頭がよく切れ、先明の見がある人だったらしい。影から様々な戦を勝利に導いたそうだ。
そして民のことを第一に考える人としても有名で、何度も村を飢饉から救ったりしていたらしい。
そうしたこともあり、江戸時代初期に豊作、金運、学業成就の神様として、ここに祀られた、と地元史として学校で教わった。
あ、あと女の大名だったらしい。男の後継が生まれなかったのだとか。男らしい名前してると思ったけど、改名したのかな。
でもまぁ全国的にはほとんど知られてないんじゃなかろうか。
この人のことについて何かミコト様は知ってるのかな。
そう思ってミコト様のいる方向を向く。
するといつの間にやらミコト様は屋台がある所まで行っていて、初めて来たからか少し目をキラキラさせながらあたりをうろついていた。
「おいミコト様ちょっと待って。はぐれるはぐれる。」
迷子の神様とかマジで笑えない。まぁ看板に気を取られてた俺も俺だけど。
俺は急いでミコト様の所へ向かう。
「お、羅一。どうだ? ここについて何かわかったか? そうそう。このチョコバナナってやつ買ってくれ。」
ミコト様はちょいちょいと屋台を指差してねだってくる。
200円か、少し高くないか? もうちょい安いとこありそうだけど、まぁいいか。
流石に屋台の前で声を出してミコト様と話すわけにはいかないので、俺はテレパシーを使って会話する。
『わかりましたよ。ちょっと待ってて」
俺は財布から400円を取り出して、チョコバナナを購入する。もう一本は俺も個人的に欲しくて買った。
俺たちは一旦近くの木まで行き、そこで腰を落ち着ける。
『・・・そうそう。その事についてミコト様に聞きたいんだけど、神風盛夏って知ってるか? 少し昔この辺にいた人で、神様としてここに祀られてるみたいなんだわ。』
俺はなんの気もなしに、チョコバナナを食べながらミコト様に質問する。
ミコト様は、それを聞いた瞬間、驚いたようにはっと目を見開き、俺にぐいっと詰め寄る。
「おい、今祀られてるやつの名前、なんて言った?」
顔近い顔近い! チョコバナナ買ったあとだったから良かったけど。買ってる最中にそれやられたら正直困ってた。
「え? 神風盛夏、だけど?」
「そんなまさか・・・あいつが・・・」
ミコト様は驚いたかと思えば、今度は考え込んだような顔つきになる。
え、俺何か変なこと言ったか?
状況が飲み込めず、心の中で首を捻っていると
「そこにいらっしゃるのは、尊ノ神・・・でございますか?」
前方から声が聞こえる。女性の声だ。その声には、驚きと、尊敬の念が混じっているように思えた。
顔を上げて、声のした方を見る。
見ると、着物姿の女性が、俺たちの前に立っていた。
「盛夏?」
ミコト様は驚いて、ポツリ、と一言呟いた。
「はい。私です。昔のあなた様の眷属、神風盛夏です。」
へーそっかあれが神風盛夏ね。ここに祀られてる神様ね。
・・・はい!?昔のミコト様の眷属!?
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