第3章 ミコト様の「元」眷属、神風盛夏

第15話 焦りと不安

 初夏、少しずつ暑くなってくる頃、俺がミコト様と出会ってから、早2ヶ月が過ぎようとしていた。

 初めは突然訪れた非日常に困惑することも多々あったが、少しずつこの日常にも慣れてきたところだ。

 まぁまだ慣れないところも多々あるが。

 それはそうとして、この頃、1つ大きな課題ができた。

 いや、まぁミコト様の眷属になった時からあった課題ではあるのだけれど、千歳さんの一件で更に深くそのことを認識させらせた。


 それは、俺の戦闘においての実力だ。


 あの時、俺が出来たことといえば、相手の動きを拘束したことくらいだ。後はやられっぱなしだった。

 今のままじゃダメだ。ミコト様の足を引っ張ってしまう。

 確かに一番初めに比べたら、強くなっている。でも、まだ足りない。

 ミコト様が安心して、背中を任せてくれるくらいに、早くならなくちゃいけない。

 今日は日曜日。部活が休みだったので、早朝に供え物を持っていったついでに1時間程稽古つけてもらった。

 ミコト様の稽古は専ら組手だ。どうやら実践を通してレクチャーする方が性分に合っているらしい。

 闘いにおいての体さばき、上手く力を伝える突きの繰り出し方など、全て組手を通して教わった。

 相手はミコト様だ。本気でかからなくては、攻撃を掠らせることすらできない。だから、自分の持てる力ありったけをぶつけるが、ミコト様には届かない。

 技を躱されるたびに、どうしても自分の今の実力のことが頭をよぎる。

 その雑念を振り払おうと、更に力を込める。必死にミコト様に食らいついていく。

 必死に腕を振って、頭にかかるノイズを振り払う。でも、必死すぎて、

 –––––足元が留守になっているのに気がつかなかった。

 当然、ミコト様がそれを見逃すはずがない。

 ふうと一瞬ため息をつくと、足で俺の軸足を払う。

 もちろん俺はバランスを崩す。その隙をついて、ミコト様は俺の額に向かって手を突き出す。

 そして、放たれたのは、デコピンでした。

 もちろん生易しいものじゃない。俺の体を2メートルは吹き飛ばすほどの、強烈なデコピン。

 ドサッと地面に叩きつけられた。土の盛り上がった部分に倒れ込んだお陰であまり痛くはなかったが。

「〜〜〜〜っっ!!」

 でももちろん額は痛い。頭が割れそう。脳細胞死滅するからやめてくれ。

「何やってんだ、お前。いつも以上に動きに無駄がありすぎるぞ?」

「つつ・・・あぁ、スマン・・・。」

 俺は額をこすりながら立ち上がる。

 ミコト様は、何かを察したように、はぁ、とため息をつき、ぼりぼりと頭を掻くと、

「焦ってるな? 自分の実力のことで。」

 俺の悩みの核心をついてきた。おいおいバレてたのかよ。

「なんでわかった?」

「何か焦ってるってことだけは前々からわかってたよ。前にも言ったろ? お前の感情は少なからずアタシにも流れてきてんだって。」

 そういえばそんなこと言ってたな。

 全く、ミコト様には隠し事なんてできないな。

「後は最近の組手ではお前、何かと攻め急いでたからな。焦ってる理由はそっから簡単に予想できるよ。」

 そうだったんだ。自分では全く自覚がなかった。

 焦りが、不安が態度に出ていたということか。

「全く・・・そんな早く強くなろうと思うなよ。少しずつ確実に強くなればいい。それはお前もわかってることだろ?」

 わかってる。そんなすぐにホイホイと実力が伴って来るわけではないことくらい。

 でも、自分の未熟さを思い知らされるたびに、歯痒くなってくるのだ。

「わかってる、けどさ・・・」

 早く、役に立てるようになりたいんだよ。

 そう思うと、思わず顔を伏せってしまう。奥歯を強く噛みしめる。

 ミコト様は、優しい顔持ちになって、俺に優しく語りかけた。

「別に、お前が役に立ってねーなんて思ってねぇよ。千歳だっけ? あいつの時だって、お前があいつを心の闇からひきだしたんじゃねぇか。十分役に立ってるよ、お前は。」

 こういうところ、ずるいんだよな。

 普段はやる時はとことんいじる癖に、おちょくる癖に、優しい時は、すごく優しい。

 でも・・・でもさぁ、

 この歯痒さは、どこにやったらいいんだよ。

「わかった! 今日はここまでにするか!」

 ミコト様はこの重たい雰囲気を払おうとするように大声で言った。

「え? でも、」

「どちらにせよこんなんじゃ、お前も稽古に身が入んねーだろ? 次の稽古までしっかりと頭、冷やしてこい!」

 ミコト様は腕を組みながら俺を見る。有無を言わせない目だ。仕方ないな。

「わかった。スマン。じゃあ、また夜にな。」

 そう言って、俺は雑木林を後にする。

 でも、その帰り際に、

「お前の実力のつき方は、普通の奴に比べたら遥かに上だよ」

 ミコト様がそう呟いたのを、俺は聞いていなかった。



 家に帰って、朝ごはんを食べようと、食卓へ向かう。

 家族には自主練に行く、と書き置きしておいたので、怪しまれることはないだろう。

リビングに入ると、唐突にテレビの前にあるソファから、聞き慣れた憎たらしい声が聞こえた。

「あ、お兄ちゃんやっと帰ってきた! 遅い! 可愛い妹はお腹を空かせて待ってたんだよ!?」

「うるせえやかましい少しは用意しろ」

 リビングに来たなら朝食の支度くらい手伝いなさい。母さん用意してくれてんだから。

 後自分を可愛いとかいうんじゃねぇ。非常に痛い。

 当の本人は、ソファの背もたれにもたれかかりながら俺を見上げている。

 大麦真衣おおむぎ まい。口うるさくて、少しわがままで、少し自意識過剰な俺の妹。因みに1月の早生まれのため、俺と学年が1つだけしか違わない。生まれ年は2つ離れているけど。

 ちなみに通っている学校は同じ。理由は「お兄ちゃんと一緒の高校の方が何かと便利だから」、らしい。

 もっとちゃんと選べよ。将来に関わってくるんだぞ。

「ほら、手伝え。支度すんぞ」

「はいはい。わかりましたよ、っと!」

 真衣はソファから立ち上がり、台所へと向かう。

 俺も母親を手伝うために、台所へと向かう。

「あら羅一、おかえりなさい。早かったわね」

 台所へと向かうと、母親が朝食を作っていた。今日は休日なので、本来なら父母共に家にいる。

 しかし、父親は今日は休日出勤だそうだ。昨日の夜、少し愚痴をこぼしていたのを覚えている。

「おう、ただいま。」

 俺はそう返すと、棚にある皿を人数分取り出す。そしてそれをテーブルへと持って行く。

「あ! 今日鮭の塩焼き!? やったぁ!」

 真衣がフライパンの中身を覗き、歓喜の声を上げる。真衣は鮭が好物だ。確かに白米と合うし、美味しいよな。

 こいつはとにかくハツラツとしていて、元気で人懐っこい。

 その明るさと人懐っこさが、少し自意識過剰な部分を打ち消して、誰とでも仲良くなれるのだとか。因みにこれは弥勒が言っていた。

「はいはい、早く食べたきゃ、ちゃっちゃと手伝って!」

「りょーかい! あ、そーだ!今度の空手の試合! 二人とも暇だったら見に来てよ!」

 そうそう、真衣は空手をやっていたんだった。体が引き締まって細身に見えがちだが、空手で鍛えられているため、そんじょそこらの男は太刀打ちできない。

 因みに俺も春までは敵わなかった。妙に勝ち誇った顔をしてくるのがとてもウザかった。

 今は俺もミコト様に稽古をつけてもらっているので、簡単にはやられない自信がある。

「油断すんなよ? 間違えても一回戦で負けたら悔やんでも悔みきれんだろ」

「ふふっ。お兄ちゃん。誰に向かってそれを言っているのかな?」

 妹はドヤ顔を決め込んでそう言ってくる。おお、すげぇや。

 ひっじょーーーにウザい。

少し釘を刺しておいてやるか。

「そう言って去年の夏の大会決勝戦で負けただろうが。」

「うるさーい! あの時とは違うに決まってるじゃん!」

 ホント朝から元気だなぁ。元気が有り余りすぎて突っ込んでいきすぎるのもこいつの欠点なんだけど。

 たわいない会話をしつつ、朝食の用意を済ませ、席に着く。

「んじゃ、いただきます」

「いただきます!」

 日本人お決まりの文句。そして朝食を食べ始める。

 朝食を取り始めてすぐに、真衣が口を開いた。

「あ、そーだ。 今日お祭りあるよね? 友達と一緒に行ってくるから!」

「そっか、あそこの神社でやるって聞いてたな。早いよな。この時期にお祭りって。」

 この神社には、大きな神社が1つある。江戸時代半ばに建てられたものらしい。

この地域の住民は初詣や参拝といったら大体この神社に来ている。

 多分、この神社ができたことはミコト様の信仰が薄れる要因となった1つだろう。

 祭りは好きだし、行きたいけど・・・きっとミコト様、怒るだろうなぁ、いや、怒るってか拗ねるか。

 突然、ブッとポケットのスマホのバイブレーションが鳴る。メールか

 ご飯中なのでホーム画面の通知を見るに留めておく。見ると、弥勒からだった。内容は、


「お前の市の神社で祭りあるんだって?行こうぜ!」


 うん。今日は予定ない。それは弥勒も知ってる。故に、誤魔化せない。

 どうしよう・・・

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