第1章 王都編 第3話(3)
五分後、クラウディアと作戦要員の四人――クランツ・セリナ・ルベール・エメリアの四人は装備を整え玄関ホールに集まった。クランツは標準装備である携行用のゴム弾拳銃に魔導金属製の警棒、それに緊急連絡用の通信器。ルベールはそれに加えて専用の二丁風銃を腰元のホルスターに差し、セリナは靴に移動力を拡張する金色の拍車型の魔導器を付けていた。エメリアは特殊な装備はなく、いつものミニスカメイド姿で体をほぐすように軽快なステップを踏んでいた。
「よし、全員揃ったようだな。では早速出発するぞ」
全員が揃ったのを確認し、自身も愛剣を腰に携えたクラウディアは号令をかけた。
動き出す直前、どうしても堪え切れずクランツは口に出していた。
「ちょ……ちょっと待ってください!」
「何だ、クランツ。忘れ物か?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
言葉が出せない。「一人でやってみたいから来ないでください」などと、クランツから言えるわけがない。クラウディアの判断は現実的なものだし、何より当のクランツの安全を守るための彼女なりの心遣いなのだ。本来なら身に余るほどの光栄ですらある。
自分の気持ちこそ、ただのわがままであることはわかっていた。
ではあるが――どうしても、素直に受け入れられなかった。
僕は、あなたの力になれることを、証明してみたかったのに。
だが、これ以上時間を費やしては、余計に彼女の不信を煽ってしまう。
進むにも戻れず、クランツの体が不甲斐なさに固まる。それを察した人間がいた。
「団長、お言葉ですが」
口を開いたのはルベールだった。
「何だ、ルベール」
「確かに今回の敵は危険性の高い武器を持っていますが、僕らは全員一度それを見ています。エメリアも言っていた通り、僕らなら各自対処は十分に可能ですし、団長がわざわざ出向くほどのこともないと思われます」
「何?」
ルベールの意外な進言に、クラウディアは眉をしかめた。ルベールは続ける。
「団長が不在では本部の業務にも差し支えますし、万が一団長が一介のごろつき相手に手傷を負うようなことがあれば団員や町の人々に示しがつきません。それに――」
そう言って、ルベールは一瞬クランツに視線を向けた。彼の胸の内を見透かすような一瞬の交錯の後、
「今回の任務はクランツの修了任務でもありますし、彼が実地に臨む際の実力を測るための機会です。ここは彼を試す意味でも、僕らに任せてくれませんか」
「!」
ルベールはクラウディアの瞳を真っ直ぐに見つめて言い切った。クランツはその時、彼が何をしようとしているのかを察し、胸が打ち震えるのを感じた。
彼にしては珍しい強気な進言に、クラウディアはかすかに目元を不安げに緩めた。
「何を言う。クランツはまだ実地の戦闘の経験がほとんどないのだぞ。相手の危険性と不測の事態の可能性を考えれば、私が保険に入るくらいは妥当だろう。彼が危地に陥るようなことがあればどうするんだ?」
クラウディアは団長の立場からもっともな正論を告げ、それは全く意図せずにクランツの自尊心をグサグサと傷つけていた。しかしルベールはまるで彼のそんな小さな意志を彼に代わって守ろうとするかのように、一歩も引かずクラウディアに言葉で立ち向かう。
「彼の経験不足は承知の上です。ですが過度な保険をかけすぎても、彼を油断させることにもなるかもしれません。彼も今回の任務に臨むと決めた以上、覚悟はあるはずです」
「それはそうだが……」
「それに、いくら危険な武器を所有しているとはいえ、所詮は暴力の鎮圧、通常任務の範疇です。危険性や不測の事態の可能性も、実際の任務でも想定されうるケースです。彼が実地の経験を積むには絶好の機会ではないですか?」
ルベールはクラウディアの不安を理屈で押し切った。
クランツの小さな、しかし大きな、彼の「決意」を守るために。
「それに彼は、この日をずっと待っていたんです。自警団の一員として、団長の傍らで活躍できる日を。団長もそれは知っているはずでしょう。力試しというなら、彼の気持ちも汲んでここは任せてやってください」
「…………」
その言葉に思う所を得たクラウディアに、ルベールは止めとばかりに言葉を押し込む。
「彼の実力不足は僕らが責任を持ってカバーします。団長に不安に思われるほど、僕らも彼も非力ではありません。必ず無事に帰還します。彼と僕らを信じてください」
ルベールは決然と言い切り、クラウディアの瞳を訴えかけるように強い眼差しで見つめた。クラウディアはその視線を真っ向から受け止めていたが、
「まったく……そこまで言われては、私が形無しじゃないか」
しばし視線をぶつからせた後、やがて観念したようにふっと視線と表情を緩めた。
「わかった。今回の任務は、クランツの適性審査ということも加味して、君達に一任しよう。ただし、危険だと判断したら迷わず助けを呼びなさい。すぐに駆けつけるから」
クラウディアは四人の目を見て、彼らを預かる長としての言葉を告げる。
「それと、そこまで言ったからには全員必ず無事に完遂・帰還すること。死んだら許さないからな。お前達、クランツを頼んだぞ」
そして、クランツに歩み寄ると、彼と同じ視線の高さまで屈み込むと、
「クランツ。君を信じる。だから、必ず無事に帰って来なさい。死んだら許さんぞ」
彼のブラウンの瞳を、その紅い瞳で深く見つめながら、言った。
(…………!)
その時、クラウディアのその瞳に微かな揺らぎが影のように映っていたのをクランツは見た。それは、セフィラスが殺された時に見せた嘆きの色とどこか似ているように見えた。
不安ばかり残る状況で、それでも、信じる、と言ってくれた彼女の言葉。
その信頼を受けた時、クランツの心が、再び燃え上がった。
まだ、子供扱いされていることが悔しくて。
彼女の瞳の奥に映るその暗い何かを、自分の力で拭いたくて。
だからこそ、負けられない、と強く思った。
絶対に、この人を自分のせいで悲しませてはいけないと、強く思った。
「……はい!」
不退転の決意を込めて、クランツはクラウディアの瞳を真っ向から見返しながら、力強く頷きを返した。それを支えるようにセリナが言葉を続ける。
「大丈夫だよ、団長! クランツだってやるときはやるからさ!」
「もぅ、お嬢様ったらよっぽどクランツさんがかわいいんですねぇ。エメリアちゃん、ちょっと
「な……別に私はだな……」
セリナの意気揚々とした宣言に続きエメリアが口にしたからかいに、クラウディアは少し顔を赤らめてむくれた。その表情に、乙女の恥じらい以上の何かを感じて、クランツは体が熱くなるのを感じた。
クランツがルベールを見ると、ルベールもクランツに向けて目配せをしてきた。
クランツはその時、この悪友に尽きせぬ感謝の思いが湧き上がるのを感じた。
同時に、胸の中で燻りかけていた熱意が、再び大きく燃え上がるのを感じた。
(団長……見ててください。僕は絶対に足手まといになんかならない。あなたに認めてもらえるように、あなたのために、必ずこの任務、やり遂げてみせます!)
示された一筋の光明が、揺れていた想いに一気に火を点ける。
先程までの不甲斐なさから一転して、クランツは全身に熱い決意が漲るのを感じていた。
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