第1章 王都編 第3話(4)

 詰所を出、クランツ達は案内役のエメリアについて行く形で不良達のアジトに向かっていた。彼女の走るスピードは抑え目でありながらも速く、クランツ達は頑張って走らないと置いて行かれそうだった。

「ちょっとあんた待ちなさいよ! 速いってぇ!」

「ほらほらぁ、エメリアちゃんの可愛いお尻を追いかけていらっしゃ~い! この程度について来れないようじゃ、実働なんて務まりませんよぉ~」

「ぬぅー! あたしが実働だってことを知ってケンカ売ってるわね! 負けるかぁー!」

 ノリノリで三人を誘うように先を行くエメリアの挑発に乗ったセリナが発奮して加速する、そんな熱くなっている二人に引き離されない速度でルベールと、少し後ろにクランツが続く。

 クランツはルベールの後を追いながら、先程の彼のとった行動を思い返していた。彼のあの言動は、明らかにクランツの立場を擁護したものだった。普段自分をからかってばかりいるように思っていた彼が、自分の小さな、しかし重大な危機に見せた誠意。

 目の前を走る背中が、やけに大きく感じられた。

「ルベール」

 クランツは意を決してルベールの横に並び、ためらいがちに話しかけた。

「何だい? クランツ」

「その……さっきはありがとうな」

「さっき……ああ、団長への進言のことか。それがどうかしたのかい?」

「え、いや、その……おれを庇ってくれたんじゃないのか?」

 クランツの控えめな感謝の言葉に、ルベールはけろっと言いのけてみせた。

「何のことかな? 君の実力を測る機会の正当性と団長の立場の重要性のバランスを考えた実際的な意見を述べたに過ぎないんだけど」

「えっ……」

 呆気にとられかけたクランツに、ルベールは「なんてね」と小さく笑ってみせた。

「それもある意味事実だけど、さすがに冗談だよ。君の想いを知る者として、あのままではあまりにも浮かばれないと思ったからね。町と友人のため、さ」

 そう言って、ルベールはクランツに器用に片目を瞑ってみせた。だから気にするなよ、と、彼の屈託のない表情はそう語っていた。

「そっか……ありがとう」

 クランツは胸から滲み出る感謝の思いを素直に言葉にした。初めて、この憎らしげで憎めないお調子者の同僚を素直に心の底から信頼できた気がした。その様子を見て、

「それにしても、あそこまで気にかけてもらえるなんてね。君、やっぱり団長に気に入られてるんじゃない?」

「え……そ、そうかな?」

 動転するクランツを見て、ルベールはいつものように軽い調子で笑ってみせると、

「ま、とにかくこれであの人にいいところを見せるお膳立ては整ったわけだ。僕が言うのも何だけど、ここまで来たならもうやることは決まるだろう?」

 ルベールのその言葉に、クランツの士気が沸々と高まっていく。

 自分のわがままを通してくれたこの友人には、きっといくら感謝の言葉を伝えても足りないだろう。それに、今必要なのは言葉ではない。ならばそれらを示す方法はひとつ。

 行動だ。この任務を完遂させることだ。

 友人の心を尽くした応援に応えるためにも。試練を乗り越え、目標に一歩近づくためにも。そして、自分を信じて待っている、憧れの彼女の期待のためにも。

 やるしかない。もう、後には退けない。

「せっかく舞台は整えてあげたんだ。いいとこ見せてみなよ。彼女のためにもさ」

「ああ。ありがとうルベール。この借りはいつか返すよ」

 クランツの言葉に、ルベールは指を振ってみせ、彼の背中をさらにもう一押しする。

「それじゃだめだな。決意っていうのは、往々にして決意したその時が一番強いものなのさ。僕は君の今の気持ちの強さが見たいな。わかるかい?」

「……うん、わかったよ。この任務の成功で、示してみせる」

 その言葉に、クランツは今度こそ決意を固めて前を見据え、走る速度を上げた。

 そうして走ること十数分、一行は西街区の街を抜け、閑散とした外周区画に辿り着いた。エメリアが立ち止まり、後続の三人を制止する。

「敵さん達の拠点はこのすぐ先ですぅ。制圧攻撃をかける前に、作戦の確認をしておきましょ~」

 エメリアの言葉に、クランツ達は頷いた。

「既に罪科がほぼ確定している方々とはいえ、一応無抵抗の市民に一方的に攻撃を仕掛けるわけにもいかないのでぇ、とりあえず最初は投降の説得を試みますぅ。まあ100%乗らないと思うので、その時点でフラグ成立、戦闘開始ですねぇ」

 エメリアはそう言って、セリナとルベールを見た。

「基本はエメリアちゃんとセリナさんで突っ込んでぶちのめしていきますので、ルベールさんは銃撃で援護をお願いします。間違って当てないでくださいよぉ。痛いんですからぁ」

「わかった。二人も気を付けて。麻痺毒はかすりでもすると危険だ。油断しないようにね」

「まっかせなさいって。足引っ張んじゃないわよ、ぶりっ子メイド!」

「むぅ~、こっちの台詞ですぅ。そんなこと言ってると捕まっても助けてあげませんよぉ」

「あ、あの、僕は?」

 戦意を高揚させつつある三人に、恐る恐るクランツは声をかけた。自分だけまだ役割が決まっていない。

「ああ、そうでした。クランツさんには、一番安全でおいしいお役目をお任せしますねぇ」

 そう言うとエメリアはクランツを少し低い背丈で下から覗きこみ、指をピンと立ててみせた。

「クランツさんにお願いするのは、敵さんの根城の潜入調査と、証拠物件の押収ですぅ」

「押収? それって……」

 言葉の響きからただならぬ予感を感じるクランツに、エメリアは悪戯っぽく微笑みながら説明した。

「敵さんは、お役人さんとの裏取引で手に入れた魔導武器をたくさん貯め込んでらっしゃいます。それにはきっと搬出元の情報が記憶されている可能性が高いので、回収して博士に解析をお願いすれば、今回の事件に関わる裏ルートが割り出せるかもしれません。ということなので、クランツさんはエメリアちゃんたちが戦闘で敵さん達の気を引いている間に隙を見て手薄になったアジトにするっと潜入して、一つでもいいので彼らの魔導武器か証拠品になりそうなものを手に入れてくるか、その見当をつけてきてください。それでおしまいです。必要なのは敵地に乗り込む肝っ玉の強さだけ。ね、簡単でしょ?」

「え……それって、単独潜入ってこと?」

 いきなり任された単独任務の要請に、クランツは緊張も相まって思わず再び気後れしそうになった。ここまで来た以上泣き言を言うつもりはもうなかったが。

 そこに、セリナが食ってかかった。

「ちょっと待って! クランツは一人で戦えるような実力もないんだし、いきなり一人で先行なんて、何かあったらどうするのよ⁉」

「あらぁ、セリナさんはやっぱりクランツさんにはお優しいんですねぇ。これはクランツさんの力試しでもあるってお話ししてるはずなんですけどぉ」

「そんなのわかってるわよ。けど、無闇に危険の中に放り込むのが実地研修の意味だなんて言わせないわ。クランツはあたし達が守らなきゃいけないって言ったじゃない」

 そう言って、セリナはクランツを庇うようにずいとルベールとエメリアの前に出た。

「だったらあたしがクランツのサポートに入るわ。どうせあんた達二人ならこんなごろつき相手に困ることもないでしょ、ぶりっ子化け猫メイド!」

「むぅー! セリナさんその言い方はひどいですぅ! こんな可憐で健気な美少女メイドにそんなお化けみたいな言い方しないでくださぁい!」

 エメリアがセリナの言い草に抗議する一方で、ルベールはエメリアとセリナ、二人の提案を吟味していた。

「まあ、先行してもらった方がその後の動きがスムーズになるっていう、あくまで保険措置みたいなものだね。今回はクランツの肝試しみたいな所もあるし、分業としては危険も少ない妥当な配役だとも思うけど、確かにクランツ一人だけでは危険性は排除しきれない」

 そして、総合的な判断と共に、セリナの提案を支持する旨を告げた。

「そうだね。セリナ、君がそう言ってくれるのなら君にクランツに付いていてもらおうかな。戦闘もエメリアがいれば何とかなるだろうし。クランツの安全を期すためにも、それが一番いいかもしれない。ちゃんとクランツが仕事ができるよう、見守ってあげてくれ」

「わかった、ありがと。クランツはあたしが見てるから。あんた達も気をつけなさいよ」

「エメリアちゃんがいれば大丈夫……はわわぁ、そんなにエメリアちゃんのことを信頼してくださってるなんて、やだぁんルベールさんったらもう♡」

 三人の間で交わされる自分の処遇に、クランツは近付いてくる緊張に冷や汗とため息を流していた。そんな彼を鼓舞するように、エメリアとルベールが声をかける。

「大丈夫ですよぉクランツさん。セリナさんもついてくれてるならそんなに危ないお仕事じゃないですし、もしも危なくなったら大声でキャーって叫んでください。エメリアちゃんがピュンって助けに行ってあげますから」

「ああ。君の安全は僕達が守るよ。団長にも約束しちゃったしね」

 団長クラウディア

 その言葉を聞いた途端、クランツの中でもう何度萎えかけたかわからない決意と覚悟が再び強くなる。セリナがついていてくれるという安心感も、その心強さに拍車をかけた。

「わかった。やってみるよ。拠点に潜り込んで、何かを手に入れて抜け出せばいいんだね?」

「ふふ、お腹が決まったようで何よりですぅ。この任務はクランツさんの試験なんですから、精一杯活躍しちゃってくださいよぉ」

 エメリアが胸の前で両手を合わせ、ニコリと笑ってウインクしてみせた。やることが決まると、クランツの集中力はようやくまともに機能し始めたようだった。

 落ち着いて改めて考えると、戦闘に加わらずアジトに潜入して内部を先行調査するだけというのは、敵が潜んででもいない限り本当にリスクが少ない。さっきの今だが、何というか、もっと目覚ましい活躍をすべきではないかという冒険心がクランツに湧いて来た。

「ち、ちなみに、さ……僕も戦闘に加わるっていう選択肢はなかったの?」

「ないわね。あんた、一度でもあたしを組み伏せたことある?」

 クランツの慢心を封殺するように、セリナがじろりとした目を向けてくる。それもできない実力なら戦場ここでは役に立たない、という辛辣な評価のようだった。クランツの進言はセリナによってあっけなく一蹴され、クランツはぐっと言葉に詰まった。

「まあ、いきなり無理をすることはないよ。これから力をつけていけばいいんだし。それにセリナを組み伏せられるのは相当の手練れだ。気にしなくていいさ」

「そうですよぉ。背伸びするよりも、今回はご自分に任されたお仕事をちゃんとこなしてくださぁい。役割通りに仕事をこなすこと、それも仲間と連携して行う任務で大事な能力なんですからぁ」

「大丈夫よ、クランツ。癪だけどエメリアの言う通りよ。あたしもついててあげるし、最初の大仕事なんだから。あんまり気負いすぎないで、やれるだけ頑張りましょ」

「うん……わかった。頑張るよ」

 そんな彼を励ますように再度ルベールとエメリア、セリナから助言が入り、クランツはようやく心を固めた。今は、任された仕事を果たせるよう、腹を括るしかない。クラウディアの元に生きる者としての自分が試されるというならなおさら、後には退けないのだ。

「準備はよろしいですかぁ? それでは、いってみましょうかぁ。いざ、悪党征伐ぅ~☆」

 クランツのその様子を見取ってか、エメリアが間の抜けたお気楽な声で号令をかけ、四人は不良達の居座る酒場へと向かった。


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