第24話「少年とナイフ」

「だ、だいじょうぶなのか?──君は、人を老化させる魔物へと変化していたんだが、意識が戻ったようだな」

 それを聞いた少年ははっとした様子になる。


「……うっすら覚えてます。僕がいったい何をしてしまったのかを……。ある日から僕の体の老化が始まったんです。それと同時に僕の体は勝手に、若い人間のエネルギーを求めはじめたんです。……他人を老化させると自分が少し若返るんです」


「それで、他人を、少年少女を老化させていったということなのか」

 俺は、オギルビーの少年少女の失踪事件もこれにかかわってると思っていた。最近急に増えた老人たちの正体は、老化されてしまった少年少女たちなのではないか?


「……多分そうだとおもいます。……すいません、ぽわーっと意識がぼんやりとあるというだけで、体が勝手に動いているかんじでした。まるで何かに操られているようで、ごめんなさい、決して自分の意思では……ないんですが、止めることができませんでした。」

 正直俺に謝られても困るんだけどな。

 少年の主張はまるで夢でも見ていたような言い方であった。


「なんか、その能力を手に入れたきっかけとか覚えてるか?」

「……ある日、僕は何でも願いことがかなうという石をお姉ちゃんからもらいました。お姉ちゃんは冗談で言ってたと思うんですが、その時なんとなく願ってみました。早く大人になってお姉ちゃんを助けたいって。その時からです、急に徐々に老化が始まっていきました。いつの間にか、意識もぼんやりと。」

 大人になりたいという願いが少年を老人に変えたのか。


 おそらく、その石にスキルゼーレの能力が込められていたのだろう。ロアンヌの時と似ている。あるアイテムを身につけることによってスキルゼーレを手にいれてしまい、無意識のままに他人を攻撃するようになった。


「一体何人の人間を傷つけてしまったんでしょうか……。謝っても謝り切れません」

 謝らないで欲しい、悪人であってほしかった、そうでなければ殺しにくい。というか正直もうこの少年の姿になってしまった瞬間に彼を殺すことなどできない……。モンスターですら殺すことに抵抗があるんだ、無抵抗の人間をやるとか絶対無理だ。


『一応言っておくけど、彼を殺さなければルミィたちは元に戻らないし、少年少女たちも老人になったままだよ』

 頭の中に無慈悲なブルボンの声が響く。

 そんなこといっても、彼を殺すことなどできるわけないだろう。少年だって被害者なのだ。


『むしろお前の力で、老化したみんなを助けることはできないのか、あるいは若返らせるスキルとかないのか?』

 俺は頭の中でブルボンに問いかける。この声があいつに届くかはわからないが一応聞いてみた。できれば少年を殺さずに何とかしたい。

 ブルボンは何も答えなかった。こちらからの発信は届かないのだろうか?


「あの、お兄さんお願いがあります。見ず知らずの方にこんなことをお願いするのはなんですけど、もしお姉ちゃんに会うことがあったら、僕は恋人とどこかに旅立ってしまったのだと伝えてもらえませんか」

 少年は俺の手を固く握り、そう伝えてきた。彼のまなざしはとても真剣なものだ。


「何を言ってるんだ、せっかく元の姿に戻れたんだ。姉に会いに行けばいいだろう」

 彼のいいぶりではまるでこれから姿を消すといってるようなものだ。


「そういうわけにはいきません、あわす顔がないです。もしかすると私は知らずに姉をも老化させたかもしれないのです、なんとなく、ぼんやりとした意識で、姉の姿を見たような気がします」

「……大丈夫だ、きっと俺が老化を元に戻す手段を見つける」

 俺は根拠のない約束をしようとしたが、少年は静かに首を振った。


「……お兄さん、頭の中に僕にも女神の声っていうのが聞こえてしまいました。僕が死なないと老化の魔法の効果は解けないんですよね……」

 なんだと? そういえばブルボンは親方の頭にも話しかけていた。ってことはわざわざさっきの会話をこの少年にも伝えたのか。


「……だが、俺には君を殺せない」


「その必要はないです」

 そういって、少年は俺に預けていた身体を起こして立ち上がりそして俺から距離を取った。そして、いつの間に俺から奪ったのか、俺の腰元にぶら下げていたナイフを手にしていた。

 まさか!?


「な、何を?」

 慌てて行動を止めようと、少年のナイフを持つ手に、俺の腕を伸ばしたが間に合わなかった。

 少年は自分の首元にナイフを突き刺した。

 少年の首からは、真っ赤な血液が噴射されていく。その血が俺にも吹きかかる、その血液のしぶきの中、俺は少年に駆け寄った。


 少年はがくりと崩れ落ち、それを俺は受け止めて、ふたたび彼の体は俺の腕の中に戻ってきた。もう命が尽きるのは時間の問題だろう。 

 くそっ、俺には回復魔法のスキルはない!


「……な、なんて馬鹿なことを!」


「…す、すいませ…‥‥ぐぁっ…はぁ、はぁ、おねぇちゃん、おねぇちゃんに、ロ、ロアン、ヌ姉さんにもし会うことがあれば……っさっきのこ……」

 そこまで言って少年は口の動きを止めた、あっさりと彼は息絶えた。


 俺の腕の中で、真っ赤に体を濡らしながら少年は力尽き、がくりとなったからだがずっしり俺の腕に重さを感じさせた。まさに死の重みだった。

 そうか、この少年がロアンヌの……。

 

 俺は腕に感じる彼の死の重さ以上にずっしり重い気持ちになった、こんなひどい仕打ちがあるものか。俺はいったいこのことをロアンヌにどう伝えればいい……。


 気づけば俺の周囲は、いつもの真っ白な女神の空間へと変わっていた。

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