第16話「海の見える丘で君と二人」

 一日後、ルミィの住むオギルビーの街へとやってきた。この街は我が国の唯一の港町として栄えており、我が国から他の国に行く場合必ずここを利用することになる。

 ではあるが、根っからのファウラー市民である俺はここに来たのは、なんと今回が初めてだった。


「これが潮の臭いってやつか」

 初めて嗅ぐ潮のにおいは、生臭いというかなんというか、多少不快に感じられたがとても新鮮だった。

「まさか、海が初めてだとは思いませんでした……」

「俺あんま出かけるの好きじゃなかったからな……、ずっとファウラーで花火師として生きていくつもりだった」

 見渡す限りの青い光景を見て、初めてこの世界は広いんだと感じた。俺の世界はいままであまりに狭かった。俺たちの打ち上げる花火は世界で最も美しいものだと思ってたが、この海というものもなかなか爽快で美しい。世界にはもっとすごいものがいっぱいあるのかもしれないな。この街に来てそんなことを思った。


「ええと、この海の見える通りに私の住んでる小屋があります。狭い家ですけど、3人くらいは入れると思いますので」

 聞けば、亡くなった両親が残してくれた唯一の物がその小さな家なのだという。そこに住みながら、たまに海に潜り魚介類を市場に売ることで生活しているということだった。


「なんだかんだ、一日のつもりが1週間近く家を空けてしまったからな。心配してる人とかいるんじゃないか」

「……いえ、両親はすでにいませんし、一人っ子なので。それに仕事も一人で海女をやってますから、困ってる人とかはいないと思います。まあたまに会う海女仲間には声かけないととは思いますけど」

 二人で町のこととかを話しながら、海の見える坂を上っていく。時折抜ける潮風が何とも心地いい。そして、ルミィは足を止めた。


「ここが私の家です」

 紹介された家は、ほんとうに小さく一部屋くらいしかなさそうだった。両腕を伸ばした人間二人分……さすがにもう少しあるとは思うがかなり小さい。まあしかし景色は申し分ない、坂の上にあるこの小さな家は海の景色を十分見渡せる。


 そして、鍵穴にカギを差し込もうとしたとき、コトッっという物音が建物の中から聞こえた気がした。ルミィは手を止める。


(なんでしょうか……?)

 小声でルミィが俺に問いかける。

(なんか、生き物とか飼ってたりは?)

(いえ、してないです……。)

 不気味だな、誰もいないはずの部屋から音が聞こえてくるとか……。あっ、そうださっそくあれを使おう。


(反響測位《エコロケーション》)

 この魔法は音によってなのか、仕組みはよくわからないが、見えない物体の位置を正確に把握できる能力である。なぜか視界に影のようなものが映り、どの位置にどういう形をした物体がいるかを把握することができる。

 

 持ってる能力の中でもかなり便利なスキルだといえる。ただし消費MPが8もあるので使いどころが難しい。しまった、俺じゃなくてルミィが使えば6くらいで済んだのに……。まあ使ってしまったのは仕方ないので、得た情報をそのままルミィに伝える。


(部屋の中には、人の形をした物体が横になってる、寝てるのか。誰かいるのは間違いないな。)

(ど、どうしますか……)

 ルミィはそわそわしている、おそらく空き巣か泥棒である、女の子の部屋に人が侵入してると知ったらそりゃあ怖い。


(ルミィは待っててくれ、俺がソーっといって、剣でも突き付けてくる。そして警察に突き出そう)

(――あ、はいお願いします)

 とはいうものの、相手が俺より強い可能性も高いので、そんな簡単な話でもないのだが、しかしこのままにしておくわけにもいかないからな。


 そして、そーっとドアを開けると、視界に倒れてる人間が目に入った……。

 ――女!?


 そう女だ、背の低い女が横になって寝そべってる。

 完全に眠ってるな…‥。

 眠る女にそっと近づいて、剣を取り出す、女の顔をよく見るとまだ少女なのだろう、あどけない顔をしている、そして何より驚いたのは、頭に耳が生えていることであった。

 ――ね、ねこ耳! 噂には聞いていたが、猫耳をはやした女がまさか実在するとは。

 完全に猫耳女は眠りについてるので、俺も安心して部屋にルミィを呼びこんだ。


(猫耳はこれは本物か?)

やはり起こさぬように小声でルミィに尋ねる。

(どうでしょうか猫耳族がいることは聞いたことがあります。大体彼らは差別に合い生活の場所を追われているので、泥棒とかをよく職にしてると聞いたことはありますが、この辺で見たことはないですね。)

 そうやって、猫耳族の存在をルミィは示唆した、俺は正直存在を疑っているがな。猫耳の種族なんかいるはずがないと思ってる。

 だってこの女にしたって、通常の人間の耳の他に猫耳があるのだ。どう見てもファッション用だろう。

 とにかく、とりあえず起こしてみるか。


 俺は剣を猫耳の顔面に向けたまま、つま先で寝ている猫耳女の腹をこつんと蹴り飛ばした。

「おい、泥棒猫おきやがれ!」

 蹴られた、猫耳女がむくっと起き上った。俺の剣はこいつの顔面を狙ったままそらさない。


「……にゃ、にゃ、なんなのにゃあ?」

 猫耳らしく猫ボイスで答える猫女。かなり愛くるしくはあるが、俺たちは緊張をほどいたりはしない。


「誰に断ってこの家にいる?お前は何者だ……。」

 剣の切っ先をさらに猫女の顔面に近づけて厳しい口調で俺は問う。

 びくっと身体を後ろにそらせながら、おびえる猫女。どうやら、事態を把握したらしい。


「にゃにゃにゃ、この部屋の持ち主さんかにゃ? あ、空き家だと思っただけにゃ、悪気はないにゃぁ……」

 ショボーンとした表情を見せる猫女、なんだ悪いやつじゃなさそうだが……。

 一週間も出入りがない家だからな、空き家と思っても不思議ではないが、まあそうはいっても、空き家なら寝床にしていいという理屈にはならない。


「待って!あなた一体どうやってこの部屋に入ったのカギはかかってたはずだけど?」

 ルミィが厳しい口調で猫女に問いかけた。

 確かにどうやって、この部屋に入ったのか。開けっ放しにしてた可能性もあるけど、どんなにかわいくてもこいつが怪しいことに違いはない。


「ニャーッ、そんなのはどうにでもなるにゃ、お前らうるさいにゃ、死ぬといいにゃぁ!!」

 

そういうと突然猫耳女は、突き出した剣を払いのけて俺に襲い掛かってきた。猫女の爪が俺の首に突き刺さった!

「ぐっ……」

 

 ――気が付けば俺はまたいつもの白い空間で目を覚ますのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る