(二)

 切り離せない形で、技術とポリシーの話が絡む。まず、封止工の実態をもう少し掘り下げて説明しておこう。


「我々封止工は、ガラス職人とは違います。ガラス職人は基本的に装飾品をこしらえますが、我々が作るものにはほとんど装飾要素はありません」

「そうなんですの?」

「ええ。我々が手を動かすのは、封じなければならないものがあるから、です」

「……」


 女の表情がわずかに翳った。


「たとえば。どなたかが、他家の宝物庫の鍵を偶然入手したとします」

「ええ」

「他人の宝物ですから、鍵があったとしてもそれを使うことは出来ません。でも手元に鍵がある限り、それは強い誘惑として持ち主をそそのかし続けます」


 ふと視線を逸らした女に、畳み掛けるようにして続きを話す。


「それならば、鍵を封止してしまえばいい」

「鍵を捨ててしまえば……」

「それが一番ですが、ほとんどの方はそう出来ないんですよ。出来ないからこそ、我々のところに依頼を持ち込むんです」


 女が抱えている妄執も、俺の指摘と変わらないレベルだろう。


「我々封止工は、主にそうした誘惑や妄執を封じるのが仕事なんです。良からぬ感情を惹起する『もの』を直接封じることもありますし、そういう感情を珠に閉じ込めることもあります」


 作業台の上に置きっぱなしにしてある革表紙の古い冊子を開き、その一部を見せる。


「いわゆる魔法使いや霊媒師が使うような呪術を用いて、封止の対象になるものを現実から切り取り、誰も手を触れることができないよう珠に封じ込める。それが我々の呼ぶ『封止』なんです」


 黙り込んでしまった女に、もう一度念を押す。


「つまりね。我々の仕事は、基本的にの封止なんですよ。心を潤す装飾とは正反対に位置付けられるものを扱うんです」

「でも……」


 自信なさそうに視線を上げた女が、羽の封入された珠を指差した。


「その珠が壊れれば、また出てくるんですよね」

「羽なら、ね」


 廃ガラスを突っ込んである桶に向けて、珠を放った。かしゃっという貧弱な音がして、あっけなく珠が砕ける。中からふわふわと白い羽が舞い上がった。それをさっとつまみ取る。


「これは、ただの羽。きれいでも汚くもありません。ただの羽です。ですから、珠が砕ければ中からそのまま出てきます」

「ええ」

「でも、我々が封止した汚いものは、珠と一緒に砕けてしまうんですよ。二度と取り出せないように作られるんです。そう出来るからこそ、仕事として成り立つんです」


 女が必死に考えを巡らせているのが見て取れた。


「もちろん、清濁関係なく単純に『もの』を珠に封入することは可能です。その場合は、珠を割れば中身を取り出せます。先ほどの羽のようにね。斯様な装飾品を作って欲しいという引き合いも、確かにあります」

「ええ」

「ですから、あなたのリクエストを叶えることは可能なんです」


 ここまでが前段だ。まだまだ先は長い。仕事が詰まっているから、どんどん説明を続けよう。相手の反応を慎重に窺っている場合ではない。


「じゃあ、なぜ貴女のリクエストは引き受けたくないか」

「はい」

「意味がないからです」


 女の整った美しい顔にさっと怒気が浮かび、目元や口元が醜く歪んだ。その表情をじっと見据えておく。


「美しい蝶。その美しさを損なわずに封じて欲しいというリクエストには応えられます。叶えることは造作ありません。しかし、生を保ったまま封じろというリクエストには我々だけでなく、誰にも応えられないでしょう」

「なぜですの?」


 これまで他の封止工は、ではなくと言ってきたはずだ。出来ないわけじゃないよ。技術的には可能さ。ただ、まるっきり封止の意味がないんだ。俺のようにきちんと説明するのが面倒なので、出来ないと門前払いしてきただけだ。


「論より証拠。技術的に可能であること。しかし、貴女のリクエストには全く意味がないこと。それを実物でお見せしましょう。一番ご納得いただけると思います」


◇ ◇ ◇


 工房で働いている職人の子供たちは、いつも工房の裏にある野原で遊びまわっている。その子たちを呼び寄せて小さな蝶を獲らせた。女が持ち込んだ輝かしい青い蝶とは比べ物にならないくらい小さく、色も地味な茶色だ。


 その一羽を、呪を唱えながら小さな金枠かなわくの中に放つ。狭苦しい空間から逃れようと、ばたばた忙しなく羽ばたき続ける蝶。

 金枠に入った蝶を金床の上に置き、炉に入れたガラス塊を鉄の筒に付けて取り出す。炎を噴き出しながらぐにゃぐにゃと垂れ落ちようとするガラス塊に息を吹き込んで膨らませて空洞を作り、一端を切り開けて治具で広げる。

 防火手袋で掴んだ蝶入りの金枠を素早くガラス球の中に入れ、開けた穴を溶融したガラスで塞いで球体を整える。筒につながっていた部分を切り落として放冷台に置けば、一丁上がりだ。


 全く同じ手順で、蝶入りの球体をもう一つ作る。ただし、金枠に蝶を収める時に唱える呪は前のものとは違っている。女がそれに気付いたかどうかはわからないが、見て欲しいのは制作過程ではなく、仕上がった珠が自ずと見せる結果だ。


 放冷台の上に置かれた二つの球は徐々に熱と赤みを失い、透明なガラス光沢を放つようになった。それまでガラスの熱と色が遮っていた蝶の姿が、くっきりと見えるようになる。


「あ……」


 二つの珠を見て、女が驚きの声を漏らした。


 俺が最初に作った珠。珠の中に蝶と共に封入されていたはずの金枠は跡形もなく消え去り、金枠の中で忙しなく羽ばたいていた蝶は、変わらずにばたばたと羽ばたき続けている。どこにも逃れることが出来ない苛立ちを、残らず羽ばたきに変えて。


「生きて……いるんですね」

「それが貴女のオーダーです。生きていますよ。ただし」


 女の目の前にまだ熱を放っている珠をかざしながら、きっぱりと言い聞かせる。


「今は、ね」

「……」


 最初の珠を放冷台に戻し、二番目に作った珠を差し出す。見た目には全く同じだが、蝶はぴくりとも動かない。


「こちらの蝶は死んでいるんでしょうか?」

「いいえ、生きていますよ」

「え?」


 不安げに二つの珠を見比べた女に、説明を足す。


「ご覧の通りで、貴女のオーダー通りのものは技術的には作れるんです」

「ええ」

「でも最初の珠の蝶は、今は生きていてもすぐに死にます。封じた空間には蝶以外の何もありませんから」

「……」

「二番目の珠の蝶。永遠に生きていますよ。中の時を止めてありますので」

「そ、そんな……」

「しかし。止まっている時の中で、蝶が羽ばたくことはありません」


 改めて、二つの珠を女の前に並べる。


「貴女がどうしても作って欲しいというのならば作りますよ。でも、それは貴女が望んでいるものには決してならない。違いますか?」


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