第十七曲 封止

(一)

 職人は依頼されたものを粛々と作るのが使命だ。しかし作るものが月並みであれば、仕事は腕のいいやつに持っていかれる。それでなくとも王都のどっ外れにある俺の工房に客を呼ぶには、他の連中に出来ないことをこなさなければならない。

 特殊技術を習得して鍛錬を重ね続けた俺は腕利きという評判を勝ち取り、上客がついて食うに困ることはなくなった。ただし。腕が上がるほど引き受けたくない仕事も数多く舞い込んでくる。それが今一番の悩みだ。


 今日も今日とて、厄介な依頼を持ち込んだやつがいる。間違いなく特上の客なんだが、だからと言って一も二もなく引き受けるというわけにはいかない。


「うーん……」


 依頼内容を二度三度確かめ、がっちり腕組みしたまま立ち尽くす。


「出来ませんか?」


 目の前の女は気軽に確かめるが、俺は気軽に答えられん。事実として出来るかと問われれば、出来ると答えるさ。だが、俺は出来るからすぐ作るとは言えないんだよ。それは技術の問題ではなく、仕事を完遂する妥当性の問題だ。


「技術的には可能ですが、作りたくないですね」

「なぜでしょうか?」


 不思議なことを聞くのねというように、女がわずかに眉を顰めた。


「そうですね。お時間を頂戴出来れば、一から理由を説明いたしましょう」

「時間は十分にございます」

「じゃあ……」


 工房の隅に寄せ並べてあったいくつかの木の椅子。その一つを引っ張り出し、古布で拭いて埃を落とす。


「どうぞ。お掛けください」

「ありがとうございます」


 小汚い工房に似合わないパールホワイトのパーティードレスを着た若い女が、ふわりと椅子の上に腰を落とした。俺はもう一つの椅子を無造作に据え、その上にどかっと座る。


「貴女が訪ねられた工房は、うちだけではないんでしょう?」

「ええ」

「で、どこでも出来ないと言われたんじゃないですか?」

「そうですの」


 女が平然と答えた。俺は、説明を始める前に女の品定めをする。


 うら若い絶世の美女だ。白磁のようにきめ細かい肌。水底を思わせる青い瞳。どこにも無駄な造作のない整った顔と滑らかな肢体。熟れた桃を思わせる唇が開けば、鈴を転がすような美しい声が流れ出る。黄金色こがねいろの豊かな髪が流れて、さらりと肩を洗う。

 もちろん、着衣や装身具は俺たち職工には全く縁の無い超高級品ばかりだ。工房には一人で入ってきたが、外に大勢の衛士や近習を待たせている。お忍びではない。


 こっそりの依頼なら、見てくれだけでも庶民に偽装するはず。そうせずに盛装しておおっぴらに来ているのは、権威や金に物を言わせるためだ。なりふり構わず腕利きの職人を探しているということだろう。

 だがリクエストがあまりに高度で、どれほど札束で横っ面を叩いても誰も引き受けないと見た。そりゃそうさ。どんなに腕利きだと言っても出来ないものは出来ない。神様じゃあるまいし。


 俺も心情的には断った連中と同じで金持ちの酔狂には付き合いたくない。しかし、出来るものを出来ないと言って断るのは俺の主義主張に反するんだ。断る理由を説明したところで一銭にもならんのだが、作れないと作らないの違いは理解してもらわんとな。


 もう一度女を一瞥して、説明を始めた。


「まず。封止工ふうしこうという生業なりわいについて、説明しますね」

「はい」


 一度席を立ち、ずらりと工具を並べてある棚の端から小さなガラス玉をつかみ出す。


「これをご覧になってください」


 女の目前に掲げたガラス玉の中には、白く小さな鳥の羽が入っている。女は感情を動かすことなく、ガラス玉をじっと見つめている。


「中にくぼみのあるガラス片の中に何かを入れ、硼砂ほうさで接着して磨き、無傷の珠に見せかける。そういう細工ならとても容易です。見習いの職人でも作れます」

「ええ」

「でも、焼き溶かしたガラスの中に顧客が希望したものを封入するには、とても高度な技術を要するんです」

「存じております」


 ふむ。知っているなら話が早い。


「熱で変性しない鉄や石の封入ならともかく、熱を加えることで燃え落ちるものや変質してしまうものの封入は、普通のガラス職人には出来ません。それが行えるのは我々封止工だけです」

「はい。それも存じております」

「で。貴女は、うち以外の封止工に同じ依頼をして回ったということですよね」

「そうです」


 ふむ。で、誰からも即座に断られてきたわけだな。俺もそうしたい。門前払い続きでも諦めないのは、封入するものに対して強い妄執があるからだろう。


 女が封入してくれと依頼しているのは、籠に入っているきらびやかな青い蝶だ。炉の放つ赤い炎を青に切り返しながら、ひっきりなしに羽ばたいている。俺は、これほどまでに神々しい輝きを放つ蝶を一度も見たことがない。見る者をあまねく魅了するとびきり美しい蝶であることは間違いない。

 そして、蝶を封じること自体は何も難しくない。さっき見せた羽を封じるのと何も変わらないからね。その程度なら、さっさと引き受けた封止工がいたはずだ。しかし、女のリクエストは常軌を逸していた。


 蝶の生と美を保ったまま封入してほしいという内容だったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る