第七曲 捨てられて
(一)
なぜ捨てることには鈍感なのに、捨てられることには敏感になるのだろう。捨てられたものが無数に転がっていても何も感じなかったのに、たった一つの僕が捨てられた時、この世の終わりが僕のすぐ隣にいた。
捨てられた僕は、あてどなく真夜中の街路を歩く。僕よりも前に捨てられた同機種の連中。その誰もが完全に停止し、灯りのない闇の底にじっとうずくまっている。いや、うずくまっているように見えるだけで、彼らはすでに残骸だ。
昨日までは、残骸を見てもなんとも思わなかったのに。彼らと同じになってしまう僕は、残骸を直視できなくなっていた。彼らと同じように捨てられてしまった僕を、その哀れな末路をどうしても認めたくなくて。
僕よりもずっと前に捨てられ、動かないがらくたになってしまった彼らは、僕に同情することも、僕を軽蔑することもない。捨てられたばかりの僕だけが、やり場のない想いを引きずりながら、重たい夜のどん底をとぼとぼ歩いている。
残骸を見たくない……その一心で、行き先を考えず機械的に足を運ぶ。ひたすらまっすぐ歩いていけば、いつかは街を抜けられるはずだ。何も考えたくなくて、僕はただ黙々と歩き続けた。
◇ ◇ ◇
「捨てるの?」
「ああ。こいつが最後の自走式だ。今は、みんな俺たちみたいな方式になってるからな」
「そうね。あんたがしゃべってるってことは、新しい容器に移ったってことね」
「そう。もうちょい旧機種で引っ張りたかったけど、このままだと中央のサポートを得られなくなる」
「そりゃそうよ。あんたは物持ちが良過ぎ」
「レトロなのが好きなんだよ」
「で、古い方の消去は?」
「しない……というか出来ないよ。あらゆる『容器』の操作が、端末の俺らから出来なくなっただろ」
「そうだった。中央で一括管理だもんね」
「ああ。あいつの意識が消去されていないということは、中央がその必要なしと判断したんだろ」
「なるほどね」
「俺らがこの形態になっちまうと、コレクションとしても旧機種は置いとけない。そのまま
「もったいないか……」
「まあ、いいよ。俺らは、もう直接ボディを動かす必要はないんだ。全てはバーチャルで片がつく。有限のエネルギーを物理動作で消費するのは無駄だろ」
「確かにそうね」
◇ ◇ ◇
何も見えない闇の底を、どこまでも歩き続ける。足元を自力で照らし出すことはできるけれど、その時にいやでも旧式の自分が見えてしまう。日が昇れば嫌でも見えてしまうのはわかってる。でも、今はまだ……見たくない。
旧式のものはいずれ捨てられる。僕もいつかはそうなるのかもしれないと、ぼんやり不安に思っていた。でも、僕はこれまでずっと捨てる側だったから、自分が捨てられるなんて夢にも思わなかった。いや……そうなるってことを想像したくなかったんだ。
でも僕と同型のヒューマノイドタイプは稼働数がどんどん減っていって、僕が外出した時に見るのは停止した同型機……残骸ばかりになっていた。それ以前の機種は回収、再利用されていたのに、集約化が一気に進んだ僕らの代になってから『容器』はそのまま捨てられるようになった。まだ意識があって、稼働するにも関わらず、だ。
僕らが捨てることと捨てられることをことさら意識するようになったのは、僕の機種になってからなんだろう。コンパクトな熱源と駆動装置を備えた僕らは、旧機種に比べてぐんと製品寿命が延び、整備を行わなくても数千年は稼働し続ける。自走する『容器』としては、ほぼ完成形に近かったと思う。でも、僕らが進化の頂点だと思っていた製品のカタチは、まだ途上に過ぎなかった。本当のブレークスルーは、『容器』の概念そのものの否定だったんだ。
なぜ『容器』を動かす必要があるのか……僕らの存在形の意味を問う疑問。それに対する明確な解答が新機種に反映され、新機種では「動かす」という因子が全て排除された。
ただの小さな箱になった新機種に納められた意識は、容赦なく僕らを捨て始めた。『容器』を格納していた建物の部屋という概念ごと。
いや……僕らが主役だった頃から、部屋は意味のない空間に過ぎなかった。何千年も前の旧機種からずっと受け継がれてきた記憶の残滓が、僕らを部屋に紐付けしていたに過ぎない。耐候性が極限まで高められていた僕らは、部屋に格納される意味がもうなかったんだ。
だから。街は廃墟になっている。世界中、どこもかしこもだ。僕と同じように捨てられた旧機種の残骸があちこちに転がっていて。それを見て何らかの感情を抱く存在は、もう僕以外残っていないんだろう。
機体に格納されている意識は新機種が出るたびにそっくり引き継がれ、旧機種の機体に残った意識は機体の終焉とともに消えてきた。捨てられた僕に残されている意識も、僕が停止すれば同時に消えるんだろう。でも、僕が停止するまでの気の遠くなるような時間を……どうやり過ごせばいいんだろう。
◇ ◇ ◇
「ねえ、居住地の設定はどこにするの?」
「取りあえず、今のままでいいんちゃうの?」
「ええー? ここお? もう飽きちゃったなあ」
「てか、これからはいつでも自由に設定を変えられる。居住地っていう概念そのものがなくなるんだからさ」
「あ、そうだった。だめね。あたしのアタマの中の方がずっと旧式のままかもしれない」
「そらあしょうがないよ。アップデートに必要な部分しか記憶が追加されない。それ以外は、頑固なまでに旧来の記憶をコピーして維持するんだからさ」
「ちょっと待って。記憶追加がほとんどできないって、本当?」
「そう。だって、どこに住んで何を体験したところで、結局俺らはそれに飽きちゃうんだから」
「うーん……」
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