Cp.4-2 Invitation from Gold's(4)

「サクヤからの、誘い……?」

 突然の憶えのない話に当惑する瑠水を見て、磨理は小さく息を吐くと、呟いた。

「その様子からするに、未だのようですわね。やれやれ……サクヤも大事な所で気が回らないのだから。この一件を話し合うのに一番必要なのは瑠水達このかたがただというのに」

「この一件を、話し合う……?」

 状況を呑み込めていない拓矢達に、磨理が事情を説明するように話した。

「私達は先日、サクヤからのお誘いを受けましたの。先刻私達が話していた一件――すなわちイェルの処遇に関する情報交換と意志決定を設ける『場』へのお誘いをね。どうやらあの子の話しぶりからするに、他の方々にもお誘いをかけていたようでしたので、貴女方にもお誘いが届いていたか、それを確かめたかったのですの。事が事だけに、一対一の対面でどうにかなるお話ではなさそうですし。今日は云わば伝令の伝令ですわね」

 それを聞いた拓矢は、一歩遅れてようやくこの話の場の意味を理解した。

「じゃあ、さっきの話は……」

「ええ。私達からの話は事前通告に過ぎませんわ。後日、サクヤの設けた《場》にて、他の彩命も交えて詳細な交渉が行われるでしょう。参加者が揃えば、の話ですけれどね」

 磨理のその話に、拓矢と瑠水が顔を見合わせる中、幸紀が声を上げた。

「詳しく聞かせろ。お前ら、永琉に何をするつもりだ」

「それを話し合うための場への招待だと言ったでしょう。少し頭に血が昇りすぎではなくて、黒の命士様。そのようなことでは救えるものも救えませんわよ?」

 磨理のうんざりしたような返しに、その道理がわかる幸紀は口を噤んでしまう。それをカバーするように、拓矢が代わりに訊いていた。

「招待のことは何となくわかったけど……君達の今日の目的って、本当にそれだけ?」

「あら、意外と気が付きますのね。やはりただの凡愚という評価は筋違いでしたかしら」

 磨理の無遠慮な物言いに拓矢が胸を微かに悪くする中、イザークがその話を拾った。

「お茶も来てることだし、そろそろ本題に入ろうか。僕達の今日の目的は主に二つ。一つはマリィがさっき言った通り、幽白の彩姫からの君達への招待の確認。そしてもう一つは、その場での話をスムーズにするための事前の情報交換だ。ちなみにもうわかってると思うけれど、それらにはいずれも闇黒の彩姫の安否と、それに関連する僕達彩命全員の共通課題――《月壊イクリプス》への対処という問題が関わっている。ここまではいいかい?」

 その問いかけにその場の誰もが緊張した表情を変えないのを見て、イザークは続けた。

「うん、どうやら了解してもらえているようだね。では、その上で改めて話そうか。現状でわかっている、虚黒彩姫ベルゼ=イリアの危険性と価値について、ね」

 話がようやく本題へと切り込んだ中、機先を制するように瑠水が口火を切った。

「マリィ。貴女方はどこまで『知っている』のですか?」

「ここに当事者が揃ってらっしゃるという程度には知っていますわ。といっても、貴女ほど近しいわけでもありませんので、多くを知っているとは言えないと思いますけれど」

 チクリと棘のある言葉で瑠水を封殺すると、磨理は幸紀に、次いで拓矢に目を向けた。

「イェルは元々、そちらの精悍そうな方の契約者でしたわね。ですが、その方がお隣の虚弱そうな方を身を擲って助けようとした時、依代を失いかけた恐怖でイェルの心には罅が入ってしまった。彼女の存在の根幹に生じた軋み、それが私達に伝染したのが、私達の抱える本来的な精神侵食の危機――《月壊》の加速原因というわけですわね」

 異論を挟みようのない磨理の語る事実に、由果那が横から口を挟んだ。

「ちょっと。話よくわかんないけど、ろくに事情を知りもしないで拓矢やユキを傷付けようとするんじゃないわよ。デリケートな問題なんだから」

「あら、これは失礼。私は事実をお話ししただけのつもりでしたが、お気に障りましたか?」

「あんですってぇ……?」

 挑発的な磨理の物言いに由果那が青筋をひくつかせる中、磨理は謹厳な表情で続けた。

「それに何度もお話ししている通り、これは私達全ての彩命イクスの共有課題なのです。それぞれの思惑がどうあれ、《月壊》だけは必ず避けなければならない破滅の運命ですから。むしろ、疑惑を乗り越えて情報を共有しに来た私達の英断を認めてほしいものですわ」

 磨理のチクリとした物言いに、埒が開かないと見た瑠水が、話を先に進めた。

「マリィ、教えてください。今のイェルと私達彩命の間に、どんな関係があるのかを」

「あら、ようやく話をしてくれる気になってくださいましたのね。嬉しいですわ」

 瑠水の反応に嬉しそうに金色の目を細めると、磨理は話をさらに続けた。

「と言っても、事自体は単純ですの。精神を乱しているイェルを今のまま放置しておけば、彼女の精神混濁の加速と共に私達全彩姫の月壊は進行する。それを阻止するためには、イェルの魂の乱れを何らかの方法で治癒するしかありません。それを為さない限り、私達は月壊による破滅を逃れ得ないでしょう」

 磨理の話に、何かに気付いた瑠水が声を上げた。

「では、イェルの身柄を手にしながら、存在を取り込まなかったのは……」

「魂が欠けたまま存在を喰らえば、どんな悪影響が出るかわかりませんでしたしね。それに、私達彩姫は皆、魂を繋いでいます。たとえ存在を別の者に喰らわれようと、魂の影響は残り続けるでしょう。私達がイェルを処理しなかったのも、そういう理由ですわ」

 一つの疑惑に対する解説を終えると、磨理は瑠水に目を向けた。

「ルミナ。貴女でしたら、この場に貴女方を集めた理由も、見当が付くのではなくて?」

 磨理のその問いかけに、瑠水は緊張した面持ちで答えた。

「イェルの精神崩壊に最も近く、強い影響を与えたのは、ここにいる幸紀と拓矢です。ならば、イェルの魂の治癒に最も必要になる人員もまたこの二人……そういうことですね」

「さすが、聡明ですわね。その通りですわ」

 優秀な回答に満足そうに笑むと、磨理は再び視線を幸紀と拓矢に向けた。

「つまり、あなた方にはイェルを治すための力になって欲しいのですの。それは私達のみならず、あなた方やイェル自身を月壊の危機から救うことにもなる。悪い話ではないと思いますけれど……受けてくださいますよね?」

 そう言ってこちらの回答を興気に待つ磨理を前に、拓矢は瑠水に心話で訊いた。

『瑠水……どう思う?』

『私は……』

 拓矢の問いかけに、瑠水はわずかに言い淀んだ後、答えた。

『受けない理由は無いと思います。磨理の言う通り、《月壊》が絶対に避けなければならない事態であるのも、それを阻止する手段がイェルを治癒することであるのも事実です。彼らには他の思惑もあるのでしょうが、それへの対処はまた別の問題ですし……』

 そこで瑠水はまたわずかに言い淀んだが、やがて律とした声音で拓矢に訴えかけた。

『何より、イェルを救うことは、あなたを救うことにも繋がるかもしれません。あなたの負ったあの日の傷を真に治癒する意味でも、悪い話ではないと思います』

『そっか……』

 瑠水の意見を聞き終えた拓矢は、隣で磨理に相対していた幸紀の横顔を盗み見た。

 幸紀は、静かに燃える炎のような目で、対面の磨理とイザークを睨むように見ていた。彼らの提案が真っ当である以上、それに素直に従うことを迷っているように拓矢には見えた。彼らがイェルを人質にしている以上それも仕方のないことだともまた拓矢は思う。

(ユキ……)

 かつて、拓矢は幸紀のこれほど深刻そうな表情を見たことはなかった。それが、かつて永琉を裏切ってしまった自分自身と葛藤しているからだというのが拓矢にはわかった。かつて、愛してくれた全ての人の絆を裏切り、断ち切ろうとしてしまった自分だからこそ。

 大切だった絆が切れるのは、とても痛い。その事実を直視するのは、とても苦しい。

 故にこそ、一度失った絆を取り戻そうとすることは、大いなる苦痛を伴うことも。

 それは、形は違えども同じ「喪失」を経験した拓矢だからこそ、切実に感じられる葛藤だった。拓矢も見た幸紀のその葛藤を解すように、イザークが軽い調子で言った。

「難しく考えることはないよ。君の愛する彼女を救うための行動と割り切ってくれればいいさ。僕らも事が落ち着くまでは手出しはしないから、安心してくれていいよ」

「永琉の生殺与奪を握ってる身でよく言うよ……だがまあ、そうだな」

 呆れたように言うと、幸紀は厳しい目をイザークに向けながら、参ったように言った。

「いいだろう。お前らは信用ならないが、永琉を救うためなら話には乗ってやる。ただし、あくまで俺は永琉を救うためだけに行動する。後のことは知らないからな」

「それでいい。ようやく折れてくれたね。いやあ、説得の甲斐もあったというものだ」

 喜ばしそうに笑うイザークに辟易したような目を向けながら、幸紀は憤然と訊ねた。

「それで、俺は何をすればいい」

「簡単だよ。彼女の心の傷を何らかの方法で塞いであげればいい。その方法は自分で見つけることだね。彼女の魂を預かった命士としての責任を持って、ね」

 そう言ってイザークはちらりと拓矢に視線を向けた後、話を締めにかかった。

「まあ、事前の了解としてはこんな所で充分かな。ここから先の詳しい話は人員が揃った場でやろう。僕らだけで話せることには限度があるからね」

「待て。俺からも確認したいことがある」

 話がまとまろうとしたそこに、幸紀の異議の声が上がった。

「何だい?」

 問い返したイザークに、幸紀は挑みかかるように言っていた。

「永琉の身がお前らの手の内にある状態で、どうやって俺にその傷を治せっていうんだ」

「ああ、確かにそれはそうだね。とはいえ、今の彼女を解放するのは危険だ。今は僕らの力で抑え込んでいるとはいえ、彼女の錯乱は続いている。君達に治療を施してもらうとはいえ、安定した場でなければ解放するのは彼女の身にとっても危険だろう」

 イザークのその話に、あることに気が付いた拓矢は、呟いていた。

「もしかして、それって……」

「おや、気づいたのか、碧青の命士。意外と君も気が付くねえ」

 その理解を見取ったイザークは満足げに笑み、これまでの話をまとめるように言った。

「そう、幽白の彩姫の申し出にはその意図も含まれている。彼女の力は空間干渉だ。それを用いて、闇黒の彩姫の暴走・錯乱状態を抑制できる《場》を形成する。そこでなら、彼女ともある程度安心して対話ができるだろう。そこで一度顔を合わせて、現状の確認と今後の身の振り方について話し合おうというわけさ。理解してもらえたかな?」

 イザークの言葉には、拓矢の脇で話を聞いていた瑠水が、彼の代わりに答えた。

「大方の事情は呑み込めました。ですが……」

「まだ僕らを信用していいのかわからない……そんな顔をしているね、碧青の彩姫」

 瑠水の言葉に、イザークは幸紀に視線を向けると、その場の全員を睥睨して言った。

「まあそれも無理のないことだろう。実際、僕らはそこの彼の大切な人の身柄を手中にしているわけだし、いずれは君達も含めて全ての彩命と決着をつけるつもりでいる。だが、今日に限っては話が別だ。僕らは戦うためじゃなく、ただ伝令のためにここに来た。これから先はこうして隔意なく話ができる機会もそうそうないだろう。だから今だけは敵同士じゃなく一個の人間として、少しの間お互いの身の上についてでも話そうじゃないか」

 融和を図るようなイザークの言葉に、幸紀は食ってかかる。

「なぜそんな話をする必要がある」

「お互い、どんな愛を求めて彼女達と巡り会ったのか知りたいからさ。僕らは皆、魂の欠けた者同士だろう。あまり逸らないでくれよ、親友ブラザー。ちょっとしたお喋りなんだからさ」

 血気に逸る幸紀をなだめるイザークの言葉に、瑠水は複雑そうな表情で言った。

「どうやら、本当に今に限っては敵意はないようですね」

「最初からそう言っていますでしょう。あんまり疑り深いのも考え物ですわよ」

 瑠水と磨理の会話を横に、イザークは視線を拓矢に向ける。

「君はどうだい、碧青の命士。僕らなんかとお喋りする気にはなれないかい?」

 イザークの言葉に、拓矢は微かに逡巡した後、迷いを振り払うように言った。

「正直、信用はしきれない。けど、今の君達に害意がないのはわかる気がする。それに、瑠水や永琉さんを月壊から救うためにも、情報が欲しい。だから、君達がその気なら……僕も、君達の話を聞きたい。君達が何を考えて動いているのか、その真意を知りたい」

「拓矢……」

 瑠水を始め仲間達が驚きの目を向ける中、イザークは興気に手を叩いた。

「ブラボー。見かけによらず器が大きいね。磨理が再評価したくなったのも納得だ」

「ええ。話の分かる方で助かりますわ。ルミナの選んだ人間というだけはありますわね」

『なんていうか……本当に素で上からなんだね、この人達』

『マリィはそういう女性です。どうか気を悪くなさらないでください』

 イザークと磨理の清々しく不遜な態度に、瑠水が溜め息をついたのを拓矢は聞いた。

 話が一段落し、その場に微妙に緊張した空気が漂う中、磨理が軽く明るい声で言った。

「さて、話も片付いたことですしお茶にしましょうか。ちょうど私達の分も来ましたわ」

 磨理の言葉に目を向けると、ちょうど新しいお茶が運ばれてきた所だった。それを見た瑠水と拓矢が、その場の空気を和らげるように言う。

「そうですね。あまり肩を張りすぎるのも疲れてしまいます。少し力を抜きましょう」

「そうだね。ユキも皆も、どう?」

 拓矢の向けた言葉に、由果那が珍しく遠慮がちに返した。

「あたし達は別に……ってか、さっきから全然話に入れてなかったし、いていいのって感じだったから、いいのなら別にいいんだけど……何の話にも加われてないわよ?」

「(コクコク)」

 隣で奈美がその言葉に同意の頷きをするのを目に、イザークは清々しく告げた。

「何、お構いなくお嬢さん達。君達はいてくれるだけでこの場の刺々しい雰囲気が柔らかくなるのさ。僕らの歓談の場の飾り花として、どうか可憐にくつろいでくれたまえ」

「なんっかあんたの言い方って気に障るのよねぇ……」

「(……コクン)」

 一拍遅れて奈美が頷く横で、由果那は眉根を顰めながら言った。

「まああたし達はいいけど、別に。それよりあんたはどうなの、ユキ?」

 由果那の突き刺すような言葉に、全員の視線が幸紀に向く。

 幸紀はイザークの黄金の瞳を睨むように見返した後、不承不承とばかりに言った。

「永琉を助けるためなら仕方がない。ただし今後一切お前と慣れ合うつもりはないぞ」

「ウィ、今を受け入れてくれるだけで十分だよ。この先に関しては僕らも同じだしね」

 幸紀の承服の言葉に、イザークは満足げに笑み、時が満ちたのを告げた。

「それでは、二度とない今日この時のお茶会だ。心置きなく語り合おうじゃないか」

 こうして、救済と崩壊の危うい隙間、束の間のブレイクタイムが始まった。

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