Cp.4-2 Invitation from Gold's(3)
拓矢達が磨理に先導されて辿り着いたのは、彌原大橋を渡った神住市街の外れにある、一軒の古風な喫茶店だった。個人経営らしく、檜皮色の濃い木造の店構えはコーヒーの香りに燻されたような味のある色合いと風格を醸し出していた。
拓矢達が店の前まで辿り着くと、既にそこには幸紀と由果那を案内してきたイザークが待っていた。顔を合わせて早々、イザークと磨理は軽く言葉を交わす。
「やあ、待ってたよマリィ。交渉には応じてもらえたみたいだね?」
「ええ。そちらも連れて来られたみたいで何よりですわ」
言葉を交わすと、イザークは金色に光る眼で、磨理の後ろに控える拓矢を見やった。
「久しぶりだね、《
黄金の融解炉のようなその瞳を見た奈美が、身を竦ませて拓矢の腕を掴んだ。
「何、あの人……怖い……」
「奈美……?」
拓矢の腕に縋りつく奈美に気付いたイザークが、鷹揚な態度で声をかける。
「おや、そちらのお嬢さんは君のお連れかい? お逢いするのは初めてかな。それじゃあひとまずご挨拶を……」
「イザーク。話はお店に入ってからにしましょう。彼女達は我々と違って雨に濡れてしまうのです。女性に要らぬ風邪をひかせるのは紳士道に背くでしょう?」
「おや、そうだったね。それもそうか。これは失礼した。それじゃあひとまず屋根の中に入ろうか。華が増えるのは喜ばしいことだ。歓迎するよ、お嬢さん方」
磨理の言葉を受けたイザークは、視線の先にいる拓矢と背にいる幸紀に言った。
「君といい彼といい、素敵な女性が傍にいるものだね。愛してくれる人が傍にいてくれるというのは幸せなものだ。大切な女性を泣かせるものじゃないよ」
そしてそう言うと、颯爽と身を翻して喫茶店のドアを開け、中に入った。それを見て、磨理がその場に居合わせた拓矢達に声をかける。
「さあ、入りましょう。体を冷やしては風邪をひきますわ。詳しい話は中でしましょう」
そう言って、磨理もイザークの後に続いて店の中に入った。後に残された拓矢達はわずかに沈黙の中にいたが、それを瑠水の声が静かに破った。
「拓矢、入りましょう。虎穴に入らずんば虎児を得ずです」
瑠水のその的を射た言葉を受け、拓矢は対岸にいた幸紀と視線を交わした。
「ユキ……」
「ここまで来た以上、このまま帰るのも損だろ。勘定は持ってくれるみたいだし、茶の一杯でも奢ってもらおうぜ。あいつらの話も聞かないといけないしな」
軽佻めいた幸紀の含意を読み取った拓矢は頷くと、脇にいた奈美に声をかけた。
「奈美……大丈夫? 無理そうなら送っていくけど……」
拓矢の言葉に、奈美は小さく首を振った。
「ううん、大丈夫。それに、拓くんは入るんでしょ? だったら私もついて行く」
「奈美……」
奈美が決意を見せるその様子を見ていた由果那が、場を締めるように言った。
「いいからさっさと入りましょ。雨の中立ち話してて風邪ひくのはごめんだわ」
由果那のその言葉に、拓矢と幸紀は視線を交わすと、互いに頷いた。
軽やかな鈴の音に迎えられた店内は暖かく、コーヒーの豊かな香りに満ちていた。既にテーブル席に着いていたイザークと磨理に視線で迎えられ、拓矢達も席に着いた。
「君が僕達に最も薦めたい最高のお茶を出してくれ。君の感性を試させてもらうよ」
注文を取りに来た店員に無理難題の注文を出して下がらせると、イザークは改めてというように向き直り、対岸に座る拓矢と幸紀に向かって口を開いた。
「さて、まずは突然の来訪失礼したと言っておこうか。まさか両人揃って雨の中痴話喧嘩の真っ最中とは思わなかったからね。色恋の最中をお邪魔して申し訳なかったね」
イザークの軽口に、拓矢と幸紀、それに由果那は警戒の色を緩めず、訝しげな目を向けていた。唯一、拓矢の隣に座った奈美だけが、気まずそうな表情で俯いていた。
警戒心剥き出しのその反応を見て、イザークは参ったなというように肩を竦めた。
「やれやれ、随分と嫌われているみたいだね。まだ一言も話していないっていうのに」
「先日の一件を鑑みれば、警戒するなというのが無理な話ですよ、
瑠水が間を取り持つように冷然とそれに応え、対面の磨理に厳しい口調で呼びかけた。
「マリィ。私達を誘い出した用件は何ですか」
「随分とせっかちですわね、ルミナ。せっかく落ち着いて再会できたというのですから、もう少し気を許してほしいものですわ。同じ魂を分けた姉妹だというのに」
「俺の前で永琉の生殺与奪を手にしておいて、よくそんなことが言えるな」
苛立たしげに割り込んだ幸紀の苦渋に満ちた言葉に、イザークが対応する。
「やっぱりか。まあ、そう思われるのも無理はないよね」
「事はそう簡単ではないからこそ、こうしてわざわざ話し合いの場を設けたのですが……多少の曲解は仕方ありませんわね」
思わせぶりなイザークと磨理を前に、痺れを切らした幸紀が席を立とうとした。
「黄金の命士。悪いがこれ以上はぐらかすだけなら帰らせてもらう。時間の無駄だ」
「まあそう言わないで。彼女の無事を知りたくないのかい、
その言葉に足を止めた幸紀を目に、イザークはその場の全員を見回して、言った。
「君達の気持ちもわかるけど、せっかくここまで集まってくれたんだ。少し話をしようじゃないか。お互いの目論見や立場を、お互いのために明らかにするためにもさ」
半ば断りようもないイザークのその誘いに、幸紀は最終確認のように訊いた。
「もし、それを断ったら?」
「それは悲しいね。それでは君は目の前にいる最愛の人を、二度も見捨てたことになる」
その間接的な最後通牒に、幸紀は重い息を吐くと席に戻り、イザークを睨んだ。
「綺麗な面して性格の悪い奴だな。用ってのは何だ」
「愛の語らいに理由が要るかいと言いたい所だけれど、そろそろ茶化すのはやめようか。僕らもただ暇を持て余して君達を誘ったわけじゃないしね」
そう言って表情を改めると、イザークは相対する面々に問いかけるように口を開いた。
「まずは問おう。君達は彼女――《
「永琉の、危険性と、価値……?」
「おや、君はまだ理解できていないようだね。青の命士。情報共有がまだなのかな?」
唐突な問いに拓矢が戸惑いを見せる中、すぐに幸紀の焦れたような声が上がった。
「それを知っていたら何だって言うんだ。どの道お前らは永琉を手中にしているだろう。あいつの身の無事を確認できるまで、俺はお前達とまともな話ができるとは思えない」
「やれやれ、まともに話し合いに応じてもくれないか。悲しいねぇ」
残念そうに首を振ったイザークが、おもむろに片手をゆらりと上げてみせた。
「どれ、では対等な話し合いのためにも、まずは君の心を覆う疑念を晴らそうか」
その言葉と共に、その手の上に金色に光る点に囲われた黒い火の玉が浮き上がった。
それを見た瑠水と幸紀、それに拓矢が、それぞれに表情を変えた。
「それは……!」
「見ての通りさ。彼女はちゃんと保護してある。これで少しは話を聞いてくれるかな?」
思わず動きを止めた二人を目に、イザークは反論を封殺するように続ける。
「考えてみてくれ。もし彼女がただ僕ら――《黄金の彩命》にとってだけじゃない、僕ら《彩姫と命士》の全てに害成すだけの存在であるのなら、身柄を奪った時点でとっくに処理している。だが僕らがそれをしていないのなら……その理由は、何だと思う?」
試すようなイザークの言葉に、渋々矛を収めた幸紀と、神妙な表情の瑠水が答えた。
「お前らにとって、永琉に何らかの利用価値があるからか」
「もしくは、イェルを処分することに、何らかの危険性が介在するから……ですか?」
「正解だ。さすがは《当事者》だね、二人とも」
二人の回答に満足そうに手を叩き、イザークは鋭い眼で幸紀を見て、言った。
「黒の命士。最愛の女性を他の者の手籠めにされた君の気持ちも推して知れる。だが、今回僕らが持ち込んだ事はそう簡単じゃないんだ。でなければ僕達二人でとっくにどうにでもしてる。そうはできないからこそこんな場を設けたこと、理解してくれるかい?」
そして、不敵な笑みを浮かべると、再び緊張を解くように朗らかな声で続けた。
「ここは茶席で会談の場だ。一度矛は収めて話し合おう。君の最愛の女性を、他の彩姫同様、ちゃんと救いきるため……僕らそれぞれの目的のためにもね」
「永琉を、救いきるためだと……?」
幸紀が疑念の声を上げた所に、間を縫うような磨理の声が割って入った。
「あら……話が一周回った間に、お茶の準備が出来たようですわね」
磨理の言葉に目を向けると、ちょうど先程注文を受けた女性の店員が、湯気を立てる紅茶を「五人分」持って来た所だった。当然、頭数がイザーク、拓矢、幸紀、奈美、由果那の五人にしか見えていなかったためである。
その場に微かに冷ややかな霊気が満ちるのを見たイザークが、蕭然と言い加えた。
「失礼、僕の配慮が足りなかった。このお茶をあと二人分追加で用意してもらえるかな」
「え? でも……」
「僕が欲しいと言っているんだ。
「あ……はい、かしこまりました」
イザークの柔らかながら有無を言わせない注文に、店員は困惑の色を浮かべながら追加分を用意しに店の奥へ戻っていく。その意図に気付いた瑠水が言っていた。
「もしかして……私達の分を?」
「もちろん。お姫様方の分を用意しないほど無粋じゃないよ」
それに答えたイザークは次いで、隣で不機嫌な目をしていた磨理に宥める声をかけた。
「マリィ、機嫌を損ねないでおくれ。君に気付ける人間の方が少ないんだからさ」
「ええ、わかっていますわ。いつも配慮をありがとう、イザーク」
イザークの言葉に、磨理は微かに表情に出ていた不機嫌を払うように返す。その様子を見ていた拓矢が、隣に座っていた瑠水に訊いていた。
「瑠水……磨理って」
「ええ。彼女は私達彩姫の中でも一際気位の高い性格をしています。自身にも他者にも要求が高く気難しい反面、相応の資質を持つ存在には敬意を表す、そんな女性です。彼女がああも心を許している所を見ると、お相手の方も相当の人格者なのでしょう」
言葉を交わす拓矢と瑠水の方に、磨理が棘のある口調で言葉を飛ばしてきた。
「聞こえていますわよルミナ。同じ卓の目の前で陰口とは感心しませんわね。言いたいことがあるならはっきり仰ったらどうですの?」
「私は拓矢の疑問に答えていただけですよ。貴女の陰口を言っていたわけではありません。貴女の性格は承知していますが、少し過敏ではないですか?」
それに答えた瑠水の口調には、どこか強気に対抗するような響きがあった。それを意外に感じた拓矢は、静かに睨み合う瑠水と磨理を刺激しないよう、恐る恐る訊いた。
「瑠水……もしかして、仲悪いの?」
そう訊かれると、瑠水は驚いたような顔をした後、複雑そうな表情を見せた。
「いえ、そういうわけでは……ただ、彼女とはなぜか反りが合わないのです。嫌いというわけではないのですが、言葉を交わすとつい対抗したくなってしまって」
「私もですわ。別段貴女のことが嫌いというわけでもありませんが、どうにも貴女を前にするとつい気が立ってしまいますの。お互いどうにも相容れない所があるようですわね」
そう話すと磨理は、しかし、と、興気な笑みを浮かべて拓矢を見た。
「随分と細やかな気配りをされますのね、瑠水の命士様。以前よりは少し貴方に興味が出てきましたわ」
興味津々という目を向けてくる磨理に、拓矢はわずかに気分を害されながら返した。
「前会った時に言われたこと、忘れてないけど」
「それは尚更結構ですわね。事の次第では、貴方を再評価してみるのも面白いでしょう」
(この人、常に上からなんだろうな……下支えの瑠水とは反りが合わない訳だ)
一切の遠慮のない磨理の物言いに、拓矢は何となく瑠水の気持ちがわかった気がした。その場の空気を仕切り直すように、瑠水が小さな咳払いと共に口を開いた。
「マリィ、お誘いの意思が真意であるということは認めます。ですが、まさかこの状況で本当にお茶を楽しむためだけにわざわざ誘いをかけたわけではないのでしょう?」
瑠水のその言葉に、磨理とイザークの眼が微かに鋭くなったのを拓矢は見て取った。幸紀もそれを察して警戒の色を再び強める中、磨理がそれに答えるように口を開いた。
「そうですわね。せっかくのお茶が冷める前に、用件を片付けてしまいましょうか」
そして、鋭く光る黄金色の瞳を瑠水に向け、確認するように言った。
「ルミナ。貴女、サクヤからの誘いはもう受け取っていて?」
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