Cp.4-2 Invitation from Gold's(2)
「こうしてお会いするのも久しぶりですし、少しお茶でもいたしませんこと?」
磨理の告げたその誘いに、拓矢と瑠水は警戒を解かないまま、続く言葉を待った。
眼前に立つ《
拓矢と瑠水のその内心の警戒を見取ったのか、磨理は困ったように笑ってみせた。
「そんな怖い目を向けないでくださいな。久しぶりに逢えた知己をお茶に誘うのはそんなに怖いことかしら。せっかく訪れた町で少しお話をしたい、それだけのことですのに」
「本当にそれだけか?」
警戒心を滲ませる拓矢の問い返しに、磨理はくすりと妖しい笑みを浮かべて返した。
「ええ、今日の所はそれだけですわ。少なくとも、その場に集ったあなた方を狩るような無粋な真似は、イザーク共々魂に誓っていたしません。それを心配されているようなら、取り越し苦労というものですわ」
そして、余計な憂いを払うように、光を纏う波打つ豊かな金髪をさらりと払うと、
「まあ、その隔意は抜きにしても、あなた方と少し話し合いたいことがありますの。今後の私達彩姫と命士の行く先に関することでね。あなた方とも共有しておいた方がよいお話だと思ったので、こうしてお誘いをかけさせて頂いているだけですわ」
そう言って、誘うような視線を拓矢と瑠水に向けた。
「向こうにはイザークを遣わせてあります。少し、対話のお時間を頂けないかしら」
磨理のその言葉に、拓矢は瑠水と思惟を交わした。
「瑠水……どう思う?」
「マリィは他の彩姫以上に、回りくどいだけの話や嘘を吐くことを嫌う、実直な性格です。その性格上、彼女に他者を陥れるような意図は基本的に無いと考えていいでしょう」
拓矢の問いかけを受けた瑠水は、磨理の性格を分析するように言った。
「実力行使で済む話ならば、とっくにそれを行っているはずです。それでは話のつかない用件で話し合いに来たということならば、信用してもいいかもしれません」
それに、と、瑠水は懸念を浮かべた色の声で言う。
「マリィは先日、イェルの身柄を掌中に収めたはずです。その彼女が『彩姫達の今後』についての情報を共有したいということならば、そのことに関連して何かあったのかもしれません。サクヤ達との話もありますし、情報はなるべく手に入れておきたい所ですね」
それら瑠水の総括を受けた拓矢は、確認のように訊いた。
「つまり、彼女の話に乗ろうってこと?」
「ええ。もし不穏な動きがあれば私が何とかします。ここは踏み込んでみませんか?」
瑠水の進言に、拓矢は背にしていた奈美に視線を向けた。
「拓くん……」
こちらを縋るような目で見てくる奈美の視線に、拓矢の心は揺れた。
本来なら「先に帰っていてほしい」という他ない状況だった。だが、今この場で、これまでの流れを踏まえてそれを告げるのは、彼女との間に大きな溝を生むような気がした。
その懊悩を読み取ったように、磨理の声が雨の向こうから飛んできた。
「よろしければ、そちらのお嬢さんもご一緒させてあげてもよろしいですわよ?」
磨理のその提案に、拓矢は警戒心と共に訊き返していた。
「奈美を、君達との話に巻き込めっていうのか」
「気遣って差し上げたのに心外ですわね。あなた様こそ、こんな雨の中で大事な女性を独りで帰らせるつもりですの? つくづく薄情な方ですのね、青の命士様は」
「っ……」
図星を突かれた拓矢をフォローするように、瑠水が声をかけた。
「拓矢、気持ちはわかりますが、この話は彼女が関わらなければならない問題ではありません。ここは退いてもらった方が安全だと、私は思います」
瑠水の言葉を受け、罪悪感を押し殺して奈美に辞去を告げようと振り向いた拓矢は、
「奈美……っ?」
声をかけた奈美が、自分の濡れた袖を強い力で掴んでいたのを見た。
「拓くん……また私達を置いて、どこかへ行っちゃうの?」
奈美の声は、微かに震えていた。濡れた袖を握り締める力は、また届かない所へ去ろうとする拓矢を引き留めようとする彼女の意志の表れのように見えていた。
「もう、どこにも行ってほしくないって、私、何度も伝えてきたはずなのに……それでも、拓くんはまた、私を置いて行っちゃうの?」
「奈美……」
その言葉に茫然とする拓矢の袖を最後の絆のように強く掴みながら、奈美は言った。
「拓くん、お願い。私も連れて行って。もう、私を独りにしないで」
奈美の言葉と縋るような目は、降り注ぐ雨の色に濡れて、幽艶な色に彩られていた。それを見た拓矢は、胸の内に鈍い痛みが滲み出すのを感じた。
もう、奈美を独りにするわけにはいかない。あの日以降、自分はそう誓った。
拓矢は己の意志を問うその言葉に頷き、袖を掴む奈美の手を取るしかなかった。
その様子を眺めていた磨理が、興気な声を上げる。
「結構なことですわね、愛してくれている人がいるというのは。羨ましいものですわ」
「マリィ……」
拓矢を嘲笑うような色のその言葉に反応した瑠水に、磨理は颯爽と背を翻した。
「そういうことなら決まりですわね。雨の中で立ち話も何ですし、場所を移しましょう。この町を巡っている時にいいお店を見つけましたの。ご案内いたしますわ」
そして、背にした拓矢と瑠水に声をかけると、雨の中を悠々と歩き出した。
「ついていらっしゃい、ルミナ、それに青の命士様。お連れの方も忘れずにね」
軽快に歩き出す磨理の姿が雨霞の中に消えていくのを、拓矢はしばし茫然と見送っていた。胸の内に様々な感情が生まれ、それらが渦巻いた心の内に、自身を見出せずにいた。
「拓矢……」
「行こう。見失うと面倒だ。奈美も」
その様子を内心まで見通していた瑠水が気遣わしげな声をかける中、拓矢は自然と奈美の手を取り、雨の中に消えていく磨理を見失わないよう、その後に続いた。
「――とまあ、向こうもそんな話になってると思うよ」
そんな対岸の様子を見透かしたようなイザークの言葉に、幸紀は眉を顰めて訊いた。
「確かなんだろうな?」
「マリィは僕と違って真面目だからね。信じてくれていいと思うよ」
そう伴侶への信頼を話すと、とにかく、と、イザークは話を仕切り直した。
「僕が持ち込む話も今はそれだけだ。何ならそこのお嬢さんも一緒に来てくれて構わない。彼女の身柄が気になる今の君にとって、悪い話ではないと思うけれどね」
「あいつの身柄を手中にしてるお前さんが言うかよ……」
呆れたように軽く悪態を吐くと、幸紀は鋭い視線と共に、即座に答えを返した。
「いいだろう、乗ってやる。ただし、あいつらに変な真似したらただじゃ済まさねえぞ」
「ふむ、ノリが良いのは喜ばしいことだ。その点に関しては心配しないでくれよ、親友。君が言った通り、危害を加えるのが目的なら、とっくにそうしてるからさ」
そう言って、幸紀に不敵な視線を返すと、流麗な動きで身を翻した。
「それじゃあ付いて来てもらえるかな。マリィとこの町を巡っていた時にいい店を見つけたんだ。彼女達とはそこで落ち合おう。勘定は僕が持つから、心配はいらないよ」
そう言って軽快な足取りで歩き出すイザークの背を見ていた幸紀は、隣の由果那に目を向けた。
「だそうだ。俺としてはお前を巻き込むのは乗り気じゃないんだが……来るか?」
「当たり前でしょ。あんたや拓矢や奈美まで絡んでる話にあたしだけ蚊帳の外にいられるわけないじゃない。もし変な気遣うようなら怒るわよ」
「そう言うと思ったよ。何かあれば奈美を連れて逃げてくれ。大丈夫だとは思うがな」
微かな懸念を滲ませた幸紀の言葉に、由果那は微かに心配を覗かせて訊いた。
「あいつ、そんなにヤバいの?」
「今の所はそんなでもないがな。どこで火が点くかわからないのは確かだ。まあ、情報共有が目的なら荒事になる心配はないだろう。あいつの言葉を信じるならな」
「信用できる?」
「どうだろうな。だがこっちもあいつに関わる情報が欲しいのは確かだ」
そう言って幸紀は、すまなさそうに由果那に訊いた。
「面倒事に付き合わせちまうことになるが……いいか?」
「今さら何よ。こちとらもう何年あんたらの面倒事に向き合ってきてるかっての」
それを聞いた由果那はしれっと返すと、迷わずに前を向いた。
「ほら、さっさと行きましょ。いい加減雨の中で立ち話も何よ」
「ああ、そうだな。早いとこあいつらの無事を確認しに行くか」
由果那のその言葉に背を押され、幸紀は由果那と連れ立って、イザークの後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます