Cp.3 Ep. After the Truth of Black(1)

 幻想空間から抜け出した磨理マリィとイザークは、神住セントラルモールの建物の屋上へと降り立っていた。誰にも認識されない戦場となったモールを猊下に、磨理は接敵した二人――瑠水とその命士・白崎拓矢の魂の波動を感じ取れるか確認する。

 感じ取れた微弱にして不安定なその波長は、すぐに彼らのものだとわかった。隣にいるらしい黒の命士の頑強な波長と比べても、その波動はひどく不安定な揺れ方をしていた。それの大元がおそらく彩姫である瑠水ではなく命士の方にあるということを感じた時、磨理は憤然とした心持ちになった。

(こんな不安定では、《月壊》の進行に耐えられるかも怪しいものですわ……ルミナももう少し頑強な精神の持ち主を選ぼうとしなかったものかしら)

「彼女の心配かい?」

 心中の呟きをそっくり読み取ったイザークに、磨理は詰るような目を返した。

淑女レディの心を覗くなんて趣味が悪いですわね」

「いいじゃないか。君の心配事なら僕にも分かち合わせてくれたってさ」

 軽い返答に磨理が答えを返さないのをいいことに、イザークは話を進める。

「まあ、正直意外だったけれどね。君があそこで手を引くなんて」

「何の話ですの?」

「君、彼らを脅威だと感じたんだろう。だからあの場は退いた。違うかい?」

「察しが良すぎるのも考え物ですわね。まあ、貴方相手に隠し事をしても無駄かしら」

 イザークの問いに、磨理は爆風で縒れた髪を風に梳かせると、白状するように言った。

「半分は正解ですわ。ルミナの戦闘力は私の予想を上回っていた。あの場で勝負をかけたのも短期決戦を狙ってのことでしたが、王冠ケテル形相エイドスを使われていればこちらが窮地に立たされていたかもしれません。その意味では青の命士の性急な行動には助けられましたわ」

「君がそこまで《敗因》を語るなんて珍しいね。で、もう半分の理由っていうのは?」

「貴方も言おうとしていたでしょう。《保険》ですわ」

 磨理はそう言うと、胸の前に掌を広げる。そこに小さな光の粒が集まり、星雲が凝固したような光を宿す光の石塊が現れた。黒くざらついた砂粒のような粒子で覆われたその中心には、まるで魂が宿っているような黒い光が弱く灯っている。

 魂石とでも形容できそうなその光の石塊を手に、磨理は語った。

「目標通り、イェルは私達が手中に収めました。これで交渉材料は整ったわけですわ」

「交渉?」

「ええ。これがあれば私達は今後の使命戦において主導権を握りやすくなるはずです。彼女は《月壊イクリプス》の起点。この利用価値は計り知れませんわ」

 強気な笑みを浮かべる磨理に、イザークは軽く肩を竦めてみせる。

「あの場で退いたのも、それ以上の戦闘を行う必要がないと判断したからって訳かい?」

「あの命士の虚弱さに嫌気が差したというのも付け加えられますけれどね。目的は達成できたのです。無益な戦闘を行って疲弊する必要はなし、それだけのことですわ」

 気に入らないとばかりに、ふん、と鼻を鳴らすと、磨理はイザークに問いかけた。

「イザーク。貴方、あの二人をどう評価しまして?」

「大方君の思っている通りだと思うけれどね。強いて言うなら、君が気に入らないと感じてる命士の方については、僕も複雑な評価かな」

「複雑な評価、とは?」

「さっきも色々と呟いてたろう。愚直にして視野狭窄なれど、その意志に曇りはなし。高揚の中にあって冷静さを忘れず、臆病は勇気と共存する。そういうことさ」

 イザークはそう言って、興味深いとばかりに刃を合わせた若者に思いを馳せる。

「言うなれば今の彼は若さの塊だ。経験の無さ故に不可能を知らず、未知への恐れに囚われながら、正義を見出そうとしている。全く以て人間らしい。少し羨ましいほどだよ」

「まるでご自分が若さを失ったかのような言い方ですわね」

「ま、年を喰えば人間変わらざるを得ないからね。老いたとは思っていないけれど」

 自嘲するように言うと、いずれにせよ、と、イザークは青の命士について話を戻した。

「彼の中には強さと弱さが様々に混在しているんだ。そして彼はそれをまだ克服し、自己統一を得ていない。彼は自分の持つ若さの力を自覚し制御できていない。そういう意味では君と同じ評価だよ。彼が自己の中に存在する矛盾を克服できるか、それ次第では彼は今後、僕達にとっても大いなる強敵になる可能性を秘めているだろう、って感じかな」

 イザークの評価を聞いた磨理は、興気な目を永年連れ添ってきた彼に向けた。

「何だか楽しそうですわね、イザーク」

「そりゃね。やっと戦える時が来たんだ。待ったかいがあったってものだろう?」

 楽しげに語るイザークは、夢の大海原を前にした少年のように軽快だった。

「僕達は《イリス》を手に入れて、永遠の時の自由を謳歌する。その機会がやっと訪れたんだ。悠久の旅への前段階だと思えば、意気も上がるってものさ。君もそうじゃないのかい、マリィ?」

「違いませんわ。ただ、私は貴方ほど陽気に振る舞うのは趣味じゃありませんの」

「ダメだよ、しかめっ面のままじゃ。僕は笑ってる君の方が好きだな、マリィ」

「ならいつか私を笑えるようにしてくださいな。《虹》を手に入れるその時に」

 力強い微笑みを見せた磨理に、イザークは確かな意志の元に笑みを返した。

「仰せのままに、僕の天使マリィ。さて、何か用事があるみたいだね」

「ええ。どうしても話をつけなければならない相手がいますの。少しお待ちになって、イザーク」

 そう言うと、磨理は目を閉じて精神を集中させ、自らの中に残された霊力の残滓を元に、該当する魂の波動を空間中に探し始める。やがて、遠く離れた場所にいるその所在を特定。精神波長を同調させ、心話回線を繋ぐ。相手からの返信を確認した磨理は一声、詰問するような厳しい声を発した。

「サクヤ。いったいあれはどういうつもりですの?」

 その言葉を皮切りに、遠くにいるその誰かとしばらく会話をしていたのを、イザークは見ていた。しばらくして磨理が通信を終えたのを見計らうと、イザークは成果を訊く。

「交渉はお終いかい?」

 イザークの問いに、磨理は黄金の瞳を眇めながら答えた。

「イザーク、お茶会の招待よ。私達からも招待客を集めましょう」

「へぇ、いいねえ。どんな話が繰り広げられるのかな?」

「参加してのお楽しみですわね。いずれにせよ、ここからが本番ですわ。動きますわよ、《虹》を巡る私達の戦いの絵面が、ね」

「そりゃ結構だ。せいぜい楽しいお茶会になるといいね」

 イザークと磨理はそう言葉を交わし、猊下に広がる戦場たる地を見下ろした。

 この地に集まりつつある因縁の収束を、察知するように。

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