Cp.3 Ep. After the Truth of Black(2)

 空気の乱れたショッピングモールから場所を移し、拓矢は幸紀と御波川沿いのベンチに並んで腰かけていた。拓矢の脇には瑠水が付いていたが、もはや何の違和感もなかった。

 言葉もなく隣に座ったままの中、拓矢が恐る恐る口を開いた。

「奈美達は……?」

「お前らが向こうに飛んだ後、乙姫さんと光一さんに連絡を取ってな。今は俺以外、車の所で待機してるよ。状況も俺から説明しておいた。で、俺が迎えに来たってわけだ。皆無事だよ。心配すんな」

「そっか……よかった」

 とりあえず安堵の様子を見せながらも浮かない顔の拓矢に向け、幸紀は本題に入る。ここまで隠されていた真実を解説し、全てのわだかまりを一新するための。

「さて、だいぶ間延びしちまった話を片付けようか。拓矢。お前は、いつから気付いてた?」

 幸紀の率直な問いに、拓矢は白状するように言った。

「翠莉ちゃんを助けた時に、彼女の――永琉の記憶を見てから。けど、それが彩姫皆の月壊にまで繋がってたのは、磨理達から聞くまで知らなかった」

「そっか」

 幸紀は短く答えると重い表情で沈黙し、拓矢も何も言うことができなかった。やがてその重い沈黙を自分から破るように、幸紀がおもむろに口を開いた。

「あれが、もう2年前か。お前を助けるために彌原大橋から一緒に飛び降りて、二人とも奇跡的に生きててな。俺とあいつが離れちまったのも、あの日だった」

 過ぎた時を懐かしむような幸紀に、拓矢は恐る恐る訊いていた。

「ユキは、あの時もう彼女と?」

「ああ、出逢って契約してた。つっても、周りやあいつの精神状態に特に何も変化や事件もなかったから、俺はただあいつと一緒にいただけだった。平和だったよ。今にして思えばな」

 永琉と共にいた時間を懐かしむように、幸紀は静かに笑みながら語った。

「あいつ、天邪鬼でめったに笑わなくてさ。それでも、あいつが絶えず不安や恐怖に襲われてたのは知ってた。俺が感じてたのと同じようなことだったからな」

「ユキが感じてた、不安や恐怖ってこと?」

 拓矢の問いに、幸紀は小さく頷いた。

「あいつは、いつも自分の支えになるものを探してた。自分にそういうしっかりした芯みたいなものがなかったからな。それは俺も同じだった」

「ユキに、自分の芯がなかったっていうの?」

「捉え方次第なのかもしれないけどな。少なくとも、俺はずっとそう思ってたんだ」

 驚きを見せる拓矢に、幸紀は、己の奥にあった暗闇を吐露するように、穏やかな川面を眺めながら語り始めた。

「俺は、自分の支えを自分の中に持てないことに、ずっと自分への不信を抱いてた。俺が生きる理由は、どれもこれも拓矢や凜乃、それに奈美や由果那達みたいな、俺以外の誰かに依ったものだった。お前達や外の人間からすればしっかり者に見えてたのかもしれなかったが、本当はずっと自分の芯すら見つけられてなかったのさ。だからこそ、お前や永琉みたいな、俺と似たような奴らと出逢って、惹かれ合ったのかもしれないけどな」

 言って、幸紀は過ぎた時を懐かしむように、夕暮れ時の穏やかな薄橙色の空を見上げた。

「俺とあいつはお互いに、互いを自分の願いに基づく支えにしようとした。何があっても共に過ごす、それがあいつとの契約だった。だから俺達は離れることはないはずだった。だけど、あの日……俺は勝手にその約束を破っちまった。あいつを一人にしちまった」

 そして、空を見上げていた顔を起こすと視線を落として、大切なものを落とした掌を見た。

「俺が意識を取り戻した時、あいつはもう俺の元にはいなかった。お前とは形は違うが、俺もあの日以来心に穴が空いたような気持ちを抱えながらここまで生きてたんだ。ついこの間、お前の所に瑠水ちゃんが降りてきて、そして今日、もう一度あいつに再会できるまでな」

「ユキ……僕は……」

 湧き上がる自責の念から口を開こうとした拓矢を、幸紀が言葉で制した。

「お前のせいじゃないよ。あの時のお前の行動と永琉が心の支えを失ったことに直接の因果関係はない。瑠水ちゃんがお前の所に降りて来たのも同じだ。お前が気に病む必要はない」

 それに、と、幸紀は拓矢と自身に念を押すように言った。

「前にも言ったと思うが、あれは俺自身の意志でやったことだ。それが結果的に永琉や他の彩姫の不幸を生むことになったとしても、俺はあの時の行動を後悔するつもりはない。だから、お前がそのことに責任を感じる必要はないよ。良くも悪くもな。むしろ、お前達のおかげで、俺はもう一度あいつと逢う機会を掴めた。そのことにはむしろ感謝してる」

 そして、拓矢の帰責性を絶つかのように、きっぱりと言った。

「これは、俺の問題だ。お前がどうこうしてくれる必要はないし、できる問題じゃない」

「…………」

 幸紀のその言葉には、拓矢の干渉を排除しようとする意思が現れていたのを、拓矢は感じ取ってしまった。助力を拒否する幸紀の言葉に、拓矢は己の無力を痛感し、唇を噛みしめる。

 結局、自分はこうして幸紀の力になることもできないまま、彼に傷を背負わせ続けるしかできないのか。自分は彼に命を救ってもらったというのに、僕は。

 もう何度目かの失意に沈みかけた拓矢を勇気づけるように、語りかける声があった。

「拓矢、諦めてはいけません。大切な人の苦境なのでしょう?」

「瑠水……」

 拓矢の声と入れ替わるように話を継いだ瑠水は、幸紀に語りかける。

「幸紀、あなたが負うべき責を自覚しているのはわかります。ですがこれはもはや、あなただけの抱えるべき問題ではありません。イェルは今や《月壊イクリプス》の進行加速の鍵となる存在です。その影響力を、その危機に直面する彩姫として無視はできません」

 強気に語る瑠水に、その意図を読み取った幸紀は重い目を向けた。

「その観点から、俺の抱えるべき問題を引き受けさせてくれっていうのか」

「あなたの仰る通り、これはあなたの戦いです。本来私達が関わる問題ではないことは承知しています。ですから、ほんの力添え程度に捉えてくれて構いません。あなたが拓矢や私を信じてくれるのなら、できる限りの力にならせてほしいのです」

 拓矢の気持ちを代弁するようにそう語り、それに、と、瑠水は続ける。

「あなたはイェルとの絆を犠牲にしてまで、拓矢を救ってくれました。ならば、今度は私達があなたの愛する人を救うために行動を起こすべき時です。たとえあなたの意地に触れてしまうことになるとしても、私と拓矢は、あなたと永琉を助ける力になりたいのです。かつてあなたが、己の全てを犠牲にしてまで拓矢を救ってくれたように」

 そして、誓いの宣言のように、幸紀に協力の意志を告げた。

「私達は、私達を助けてくれたあなたの力になります。全ての彩姫の《月壊》を止めるために、そして何よりあなたとイェルのために、イェルを救う方法を共に考えさせてください」

 嘆願するような目と言葉を向けてくる瑠水を前に、幸紀は参ったように笑った。

「前から思ってたが、君も割と口が上手いな。だがまあ、そういうことならとりあえず気持ちだけは受け取っておくよ。俺はあくまで俺の問題としてあいつを、永琉を探す。基本的には俺自身の問題だが……何か手伝ってもらえるなら、助かることもあるかもしれない」

 そして幸紀は、拓矢、とためらいがちに呼びかけた。

「俺は今でも永琉を愛してる。できることならもう一度、あいつを取り戻したい。こんなことをお前に頼める義理じゃないのはわかってるんだが……もしもの時は力を貸してもらっても、いいか?」

 それは、隠された真実と共に明かされた彼の、初めての心からの願いと信頼だった。

 親友である幸紀の願いに、親友たらんとしていた拓矢は、彼のために迷いなく頷いた。

「うん、任せて。僕も、君の力になりたい。君に恩返しがしたいって、ずっと思ってたんだ」

 それに、と、拓矢は親友の目を真っすぐに見つめながら、覚悟と共に言った。

「僕は、ユキの親友だから」


 何ができるかはわからないけれど、何もしないわけにはいかない。

 大切な人を、もうこれ以上悲しませないために。

 この日、黒の真実が明かされた時――青の命士は、新たな宿業を背負った。

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