Cp.3-4 Marry-Gold(Pianissimo)(5)
二槍を両手に携え、磨理が瑠水へと駆け寄る。
瑠水の得物は見た所、弓矢。接近されれば利は磨理の方にあるだろう。
それを見た瑠水は手元で弓を構え、投擲短槍にも似た刃の矢を番え、全身に戦意を行き渡らせるような所作でゆっくりと引いた。
その瞬間、瑠水の手にした弓矢が、姿を変えた。番えた投擲短槍はその刀身を長くして柄を備えた剣になり、弓はその形のまま剣の幅広の鍔となった。
「《蒼聖碧流(フル・エリミエル)》勝利の形相(エイドス・ネツァク)《水衣(フルヴェール)・瑠璃水奈月(ルリミナヅキ)》――弓剣の姿(フォルマ・アーチェ)」
神秘を宿す静かな緊張を身にしながら、瑠水はその名を口にする。
それは、弓矢と直剣が同じ姿を取った、二元的な武装の発現だった。
「なかなか面白い得物ですわね、ッ!」
その発現の間に一足の距離へと駆け寄っていた磨理が二槍を躍らせ、瑠水へと迫る。
「瑠水!」
拓矢の声を背に、瑠水は弓と一体化した刃矢の柄を引き絞り、放した。
同時、短槍の延長である剣の刀身と鍔となった弓身から凄まじい圧を持った青白い霊気が放たれ、周囲の空気をその霊圧で震わせる。
瑠水はその霊刃を、眼前に迫っていた磨理に向かって、大きく横薙ぎに振るった。磨理はそれを上に大きく跳躍して回避した。
風が燃える轟音。空気が焼け焦げ切り裂かれる音が聞こえた。
防げない攻撃であることを磨理は見切っていたのだろう。
空中に舞い上がった磨理と、それを見上げて追う瑠水、第二の交錯。
磨理が空中に舞ったまま、長槍の穂先を地上にいる瑠水へと向けた。それに呼応するように、磨理の周囲に光点の《星》が発射前の銃弾の如く輝きを漲らせて現れる。
一斉掃射と見た瑠水は、青白い霊気を纏った弓剣を地面に突き立てると、すぐさまそれを引き抜いて下げ手に構えた。彼女を囲う地面に、円状の青い円環が形成されている。
「星よ(Astel)、降れ(Falle)!」
それが防護の構えだと見た磨理は、しかし構わず掃射の号令を発声した。彼女の号令を受けた無数の星が震え、地上で構える瑠水に向かって一斉に降り注ぐ。
瑠水は地面に描かれた紋章の円環の中で軽やかに一回転し、降り注いでくる星に向けて弓剣を突き向けた。その動きに呼応するように地面の円陣と弓剣が円形のドームを形成し、降り注ぐ雨粒のような星を弾く。
無限にすら思われるほどの星弾の雨の中、磨理は一瞬、その中にいるはずの瑠水の気配が消失したのを感じ取り、そしてその一瞬の内に、星の雨を光と化して潜り抜けた瑠水が青い輝光を纏った剣を手に自分の首を狙って迫ってくるのを視認した。
その手にあるのは防御不能の霊圧を纏った剣。磨理は空中でそれを回避するほかになかった。
「ッ……!」
轟音と共に光速の勢いで振るわれる霊剣を身を逸らしてどうにか躱した磨理は、上方へと飛翔した瑠水がその流れのまま、地上へと落ちてゆく自分に向けて、弓を射る形で弓剣の柄尻を引き照準を合わせ、その刃矢の先に激しい光が収束しているのを見た。
「《蒼聖碧流(フル・エリミエル)》光輝の形相(エイドス・ホド)・弓剣の姿(フォルマ・アーチェ)――《碧星弓(ラペルサージュ)・遂(グランテ)》!」
発声と同時、引き絞られた《矢》が放たれ、眩い熱光の雨が落ちてゆく磨理へと容赦なく降り注ぐ。青く燃える光が着地と共に炸裂して空気を震わせ、高熱が地面を焼いた。
光の矢を放った瑠水は地上から即座に反撃の気配のないことを知ると、空中でドレスを翻らせて一回転し、体勢を整えながら着地して、油断のない目で着弾地点を見据えた。
(凄い……!)
最初に感じた武器相性の不利を、瑠水は軽々と覆してしまった。武器の威力、力の扱い方、読みの鋭さ、勝負を挑む勇気、全てにおいてその時の彼女は圧倒的だった。
拓矢が今まで見たこともなかった瑠水の力に圧倒される中、瑠水の警戒していた着弾地点が金色の光と共に爆ぜ、そこには煤に汚れた磨理が立っていた。彼女の周囲には防御に使ったのか、《星》を頂点に形成された正四面体の破片が散り、それらが光となって消えていた。軽装の服に付いた煤を払い落しながら、磨理は言った。
「一瞬反応が遅かったら首が飛んでいましたわ。どうやら本気のようですわね、ルミナ」
「無論です。拓矢があなた達を倒せない分、私があなた達を倒す。それが今この場での私の役目です」
そう返し、瑠水は眼前で動きを止めていた磨理に向けて、再び射抜くような視線と共に矢先を向け、弓を引いた。再びその弓身に青白い霊気が満ちていく。
防ぐことも、避けることもおそらく叶わない必死の一撃を前に、磨理は笑った。
「本当に、見かけによらず大した力をお持ちですわね、貴女は。そこの後ろで誰かを傷付けることすら怯えるようなひ弱な騎士様には、もったいないくらいですわ」
皮肉めいたその言葉に拓矢が唇を噛みしめる中、瑠水の眉が顰められる。
「その言葉が何を意味しているのか、貴女はわかっているのですね、マリィ?」
「当然、承知していますとも。愛する人を侮辱された罪は万死に値する。貴女だけでなく、私達彩姫は皆最初からそのつもりでいましてよ、ルミナ」
答えと共に、磨理が獰猛に光る目を瑠水に向ける。
「!」
その時には、瑠水はその会話を交わした一瞬の隙が命取りだったことを悟った。
一瞬の内に、両足が《星》で形成された足枷に嵌められ、動くことができなくなっていた。弓を構えたこの状態で動きを止められては、格好の的になるほかない。
「それを承知なら、こちらも本気で行きますわよ。恨みっこなしですからね」
それを見た磨理が、無数の《星》を再び空間内に展開する。瑠水はそれに対し防護の円陣を描くこともできず、武器での対処を余儀なくされた。
「さて……今度は耐えきれますかしら。《星よ(Astel)、降り注げ(Fallaza)》」
磨理の発声と同時、空中に展開していた《星》が三度、瑠水へと降り注ぐ。
瑠水は弓剣に霊気を漲らせ前方で十字を振り、かろうじて結界を展開、前方からの《星》を防ぐ。だが無限に襲い来る星弾の雨に結界は耐久力を削られ、さらに後方からの星の雨には対処が追いつかない。そして、劣勢に立たされていた瑠水が最も警戒していたものが来た。
光の雨の中を、輝きを滾らせた二槍を手にした磨理が突っ込んでくる。あれで瑠水の結界を破壊するつもりだ。そうなれば瑠水は《星》への防御手段を失い、瞬く間に蜂の巣にされるだろう。しかし星の雨が降り注いでいる以上、結界維持のために使っている弓剣を使うことはできない。
「…………ッ!」
瑠水の絶体絶命の状況を前に、拓矢は己の浅はかさを激しく後悔しかけていた。
《拓矢、止めないでください。そして、これがあなたの選択の結果だということを、どうか憶えておいてください。それを乗り越えられた時、あなたはきっと、もっと強くなれるはずです。恐れも迷いも、振り切れるくらいに》
戦いに臨む前に瑠水が残した言葉が、脳裏に焼き付くように蘇る。
(これが、僕の選択の結果……彼らを倒すことを僕がためらったせいで、瑠水が死ぬ……?)
また、自分の臆病のせいで、大切な人を喪う。
胸を埋め尽くそうとするその現実を、拓矢は全力で拒否した。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼ 僕は、そんなの……絶対に嫌だ‼」
激情のままに叫び、拓矢は目の前にある、瑠水と自分を隔てる見えない壁を何度も叩きつける。瑠水を失うことになる自分の甘さを、愚かさを、拓矢は再び身に刻み付けられていた。
(後悔してる場合じゃない。今、瑠水を助けるために、僕は何をすればいい……⁉)
激しく湧き上がったその渇望に呼応するように、拓矢の胸に小さな光が灯った。
心の内を鎮めるようなその灯の色は、薄く色づく桜色をしているように感じた。
唇を濡らす感覚と共に、その《色》の意味を悟った、その瞬間。
「……!」
拓矢は、無謀の捨て身にも等しい、決死の賭けに出た。
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