Cp.3-4 Marry-Gold(Pianissimo)(4)

「ッ……!」

 深奥に切り込む言葉に、拓矢は心の古傷が血濡れた音と共に開くのを感じる。

 2年前――忘れるわけがない。家族を喪った自分は、自ら命を捨てようとして、彌原大橋から御波川へと身を投げた。奇しくも、イザークが指摘した自責の念に耐えきれなくなって。

 開いた古傷がじくじくと胸の内で痛むのを感じながら、拓矢は言葉を返した。

「ああ、忘れてるわけがない。けど、それとユキや永琉の間に、何の関係が……」

「それだけではありませんわ。あの日、貴方が絶望の内に命を捨てようとした時、私達彩姫の存在を巡る全ては大きく動き出したのです。それこそが、貴方が知らなかったこと、そして、貴方が知ろうと望み、今から知ることになる真実ですわ」

 まるで、拓矢の事情を見透かしているかのように磨理は語る。

「あの時、貴方はご友人に身を挺して命を救われたらしいですわね」

「ああ、ユキのことだろ。彼が僕達にどう関わっていたのかも、察しは付いてる」

「そう。でしたら、あの日に何が起こったか、ご自分でもある程度気付けるのではなくて?」

 磨理の言葉に、拓矢は答えない。答えられなかった。

 ここまで情報が出揃った以上、ある程度察しは付いている。だが、事ここに至ってその真実を素直に受け入れられない自分がいることに、拓矢は非常な憤りを自身に対して覚えた。

 拓矢のその内心を知っていたのか、磨理は《真実》を語り続ける。

「貴方のご友人とイェルとの関係は、貴方が推測している通りですわ。そしてあの日、貴方のご友人は貴方を救うために自らの命を投げ出そうとした。彼の他に頼る身もなかったイェルのことなど顧みもせず、ね。その時、愛する人の死を目の当たりにしかけたイェルがどれほど酷い衝撃を受けたか、ご想像できまして?」

「…………!」

 その意味を察した時、拓矢はこの話がどのような帰結に辿り着くのか、悟ってしまった。

 それを見取ってか、磨理は続けてその帰結に至るまでの正確な事実を語る。

「おそらくルミナからお聞きでしょうが、私達彩姫は虹の女神イリスの分身体であり、その存在の元を同一にしております。それ故、私達は個体化しているとはいえ、他の彩姫が経験した心的動態を共有することも日頃ままある事なのですわ」

 そして、その意味を理解していた拓矢の闇を衝くように、残酷な事実を告げた。

「だとしたら……あの日、愛する人を失いかけたイェルの感じた心的衝撃が私達他の彩姫に波及したと考えてもおかしくないことは……もう、おわかりですわね?」

「――――!」

 磨理の言葉の意味が頭に浸透していく拓矢に、イザークが追撃のように告げる。

「そう。全ての《月壊》はあの時に始まったんだよ。2年前、君が自ら死を選ぼうとして、愛する人達の信頼を裏切り、絆を断ち切ろうとしたことで、心を繋いでいた彼女達の心に裂傷が走ったあの時からね」

 告げられた言葉の意味に、拓矢は剣を持つ手が力を失いそうになるのを感じた。それを目にしながら、イザークは語り続ける。拓矢の欲していた《真実》を。

「その時の一件に《ルクス》と《イリス》の思惑がどう関わっていたのか、その関係にどこまで影響があったのかは定かじゃない。けれど、君のあの一件を機にイェルが心に傷を負って命士と断裂し、彼女のその心象が波及して全彩姫の精神欠損現象、《月壊イクリプス》を進行させる原因になったのは確かだ。まあもっとも、あの時の君はそんなことを知りも考えもしなかっただろうし、君が責任を感じる必要がないのもまた道理だったのだけれどね」

 呆れたように言うイザークの言葉を引き継ぐように、磨理が拓矢に冷え切った視線を向け、とどめとばかりに動かない《真実》を告げた。

「貴方は無自覚の内に、貴方が思っていた以上に、多くの人の大切な絆を揺るがしていたのですよ。これが、貴方が知りたがっていた真実ですわ。お気に召しまして?」

 冷笑するような磨理の言葉に、拓矢の体から力が抜けていく。

(やっぱり……僕のせい、だったのか……)

 永琉が幸紀の傍を離れ、狂ってしまったのも。

 瑠水達が心を脅かされ、《月壊》の危機に付きまとわれるようになったのも。

 全て、あの時の自分の、あの愚かしい選択が。

 あの時の自分の行動が、大切な人達を絶望に突き落としたことの罪過は自覚しているつもりだった。しかしそれが、何の罪もない人達の間にまで傷を広げていたとは思いもしておらず、突き付けられたその現実は胸を貫くには十分な痛みだった。

(僕は……本当に、酷いことを……)

 告げられた真実に、去りし時の過ちの痛みを思い出し、絶望に呑まれそうになる拓矢の意識に、青く光る声が閃くように聞こえた。

『拓矢、気を確かに持ってください。あなたのせいではありません』

「瑠水……でも、僕は……君や皆が不安定になったのは……」

 自責に陥りかける拓矢を諭すように、瑠水は語りかけた。

『拓矢、あなたはあの時、何も知らなかった。あなたに負うべき責は何もありません。それに、たとえそうだとしても、私はあなたを恨んだりはしません』

「瑠水……」

『確かに、あなたにとってもイェルにとっても不幸なことではあったかもしれません。ですがその後、私がこうしてあなたの元へ降りて来たのは私自身の意志です。自分の意志で行ったことを、相手の責に帰す必要はない……私を救ってくれた時、あなたが言ってくれたことですよ』

 失意に陥りかけた拓矢を勇気づけるように、瑠水は力強く微笑んだ。

『言ったでしょう。私はあなたを信じて、あなたの元へと来たのです。私が在るこの現在は、私が自分で選んだ道。それで傷を負うことになるというのなら、本望というものです』

 意気消沈の前に引き留められた拓矢に、それに、と、瑠水は語り続ける。

『他の彩姫にしてもそれは皆同じはずです。イリスの元を離れ、あなた方命士の元へと降りることを決めた時から、月壊のリスクも他の彩姫との対立も、全ては覚悟の上でした。月壊や闘争に対する恐怖などで、私達の愛は揺るぎはしません』

 そして、拓矢の心に芽生えた怯えを払うべく、断言するように言った。

『それは皆、程度の差はあれ同じだったはずです。あなたが自らに全ての責を帰す必要は何もありません。それでは、磨理の思う壺になるだけです』

「じゃあ……」

 瑠水のその言葉に、拓矢は遅まきながら理解する。磨理とイザークがこの場で自分に真実を告げた、言外の理由を。

(揺さぶられたんだ……僕がショックを受けることを、あの人達はわかってて……!)

 あるいは、試されたとも言えるかもしれない。自らの罪を突き付けられた時、自分がそれに耐えられるか、真実に対してどんな態度を取るのかを。

 いずれにせよ、自分の感情を利用されていたことに変わりはない。それを察した時、拓矢は罪の呪縛に染められかけていた意識が醒め、再び強い意志を取り戻していくのを感じた。

 無論、それで自らの責を逃れられるとは思わない。だが少なくとも、今この場ではそのことに気を取られている場合ではない、それだけはわかった。

 今は今、ここでやるべきことがある。自分にしかできないこと。

 心の曇りがわずかに晴れた拓矢に、瑠水は誇らしげに頷きを返した。

『この戦いを切り抜けたら、改めて一緒に向き合いましょう。それよりも、今はイェルを助けることに集中するべきです。今この場で彼女を助けられるのは、私達だけですから』

 言って、拓矢、と、瑠水は拓矢を勇気づけるように、改めて胸の内にある想いを告げた。

『あなたは誰よりも消えない傷の痛みを知り、それを救える愛を知る人。傷を負う人の心を、助けることができる人です。あなたのその強さを、私は信じている……あなたが絶望から生き返ったあの時から今までずっと、信じ続けています。だから、あなたにならきっと、イェルを救えるはずです』

 そして、拓矢への自らの信頼の形を迷いのない言葉にして、拓矢へと贈った。

『信じてくれる人達のために生きる……それがあなたの『善』でしょう?』

「……ああ!」

 自分を信じてくれるその言葉に、拓矢は自らの内にある勇気が輝きを取り戻すのを感じた。唇を引き結ぶと、伏せていた目を上げ、力を失いかけていた手で再び剣を強く握り直す。

 今でも、自分がしてしまった取り返しのつかないことへの後悔はある。

 それでも今は、永琉を助けなければならない。自分の大切な人のために。

 自分のその選択を尊重し、その戦いを信じてくれる人が傍にいる。

(なら、僕は戦う……僕を信じてくれる人達のために……瑠水の想いに、応えるために!)

 新たになった決意と共に、拓矢は水晶の剣を構え直し、眼前の黄金の騎士に目を向けた。その様子を見た黄金の騎士・イザークが、内にいる磨理共々、興気な笑みを見せる。

「へぇ。なかなかやるじゃない、彼。マリィ、僕達少し見くびってたかもよ?」

「それは否めませんわね。淑女として、要らぬ傲りに上げる顔がありませんわ」

 イザークの軽妙な言葉に自省の色を乗せた言葉を返しつつ、磨理は拓矢に言う。

「この程度で心を揺らすとはまだまだ未熟に思われますが、自らの宿業から逃げようとしなかったことは評価して差し上げるべきですわね。貴方はやはり正しい資格者ですわ、白崎拓矢。私達の敵に値する、ね」

 そして、その言葉と共に、イザークの内にある磨理の魂が熱を放つ。

「その資格を認めて、私達の全霊を込めた一撃をお贈りしましょう。これに耐えられたなら、貴方は本物ですわ。行きますわよ、イザーク。心の準備はよろしくて?」

「仰せのままに。僕の愛しのマリィ」

 磨理の声に応え、イザークはその手に持った槍を、腕を引いて一直線の刺突の形に構える。その槍の穂先に集束するように光が集まり、圧倒的な熱量の密度を空間に放ち始める。

 避けることは叶いそうにない全霊の一撃を前に、しかし今や拓矢の心は揺れなかった。

「瑠水。僕は、戦う。力を貸して」

 声に乗った無言の信頼に、瑠水もまた信頼を以てそれに応える。

「はい。力をお貸しします。迎え撃ちましょう」

 瑠水の言葉に拓矢は頷き、自らも両手で持った剣を右後ろに引いて、スイングするように構える。その流麗な刀身に青い光が満ち、刃は輝きを纏っていく。

 蒼聖の碧流と天王の黄金、二つの彩光が際限なく輝きを増し、霊気の満ちる空間を激しい烈気で埋め尽くす。

 その力が臨界点を迎えたのは同時、目が合った瞬間、拓矢は強く前へ踏み込んだ。一足が爆発的な加速を得、輝く刃を手に引いて、前方のイザークへと迷うことなく突進する。それを視認したイザークが光を漲らせた重槍を構えたのが見えた。

 手にした剣が、その輝きと共に心を昂らせるのを感じる。今こそこの剣を振るえと、時に命じられているような感覚を、拓矢は覚えた。

 激突の時を覚悟し、拓矢は強く足を踏み込んだ。その距離は既に互いの刃圏。

 拓矢は全ての迷いを振り切るように強く足を踏み切り、渾身の勢いで輝く剣を振るった。その輝きに呼応する瑠水の魂の高揚が、高まる力となって拓矢のその一撃に手を添える。

「『《蒼聖碧流(フル・エリミエル)》光輝の形相(エイドス・ホド)――《烈水刃・瑠璃水奈月(エルヴェイス・アルケネイア)》!』」

 絶空の烈波を纏って迫るその一撃に、イザークは興気な笑みを浮かべて、

「『《黄星金王(ハギト・ラティエル)》光輝の形相(エイドス・ホド)――《王星・星閃一波(アステリア・レフィーネ)》』!」

 叩きつけられるように振るわれた拓矢の一撃にぶつけるように、横薙ぎの一撃を放った。

 極限まで張り詰めた青と黄金、ぶつかり合う二つの光が破裂し、空間内に満ち溢れる。手にした剣に走る凄まじい衝撃に全力で対抗しながら、拓矢は激しく火花を散らす光の向こうにあるイザークの目を見た。彼もこちらを見定めるような興気な目でこちらを見ていた。

 火花越しに目が合った刹那、イザークの思念の一片が、拓矢の中に流れ込んでくる。それは拓矢の知らない記憶と感情。だがそれは拓矢の心を不意に醒まさせた。

 瞬間、拓矢は自分が勝負に熱くなりすぎていたことに気づく。それに気づいたイザークがその笑みを満足げに深くし、手にした重槍に込めた力を爆散させた。間一髪それに気づいた拓矢は展開していた彩光の力を収納してその衝撃をやり過ごし、後ろへと飛び退る。

 再び間が開いた中、一連の攻防を終えたイザークと磨理が、拓矢に声をかける。

「高揚の中にあって冷静さを忘れず、臆病は勇気と共存する、か。本当に面白いね、君は」

「そうですわね。激熱に身を任せなかった点については一応、合格といった所ですかしら」

 なおも拓矢を観賞するような様子の二人に、拓矢は不満げに言う。

「君達……全然本気出してなかっただろ」

「あら、気づかれてましたのね。なかなか察しの良い方ですこと」

「全霊の一撃とか言っておいて何だけどね。君も最初の一戦でいきなり木っ端微塵にされたくはないだろう?」

 磨理とイザークの言葉に、拓矢は苦い顔になる。

 彼らの今の一撃がただの力試しで、本気には程遠かったというのなら、逆に言えば自分達が彼らを凌駕するチャンスは今しかなかったということが言える。

 自分達は、今の一撃で勝たねばならなかったのだ。そして、ここまでを見た彼らの性格上、同じ遊びを二度以上繰り返しはしないだろう。それは、自分達のここでの目的――永琉を助けるチャンスが大きく遠のいたということを意味する。

 拓矢のその内心を読み取ったかのように、磨理が笑みを浮かべながら無慈悲に告げる。

「青の命士様。既にお気づきかもしれませんが、今の一撃で貴方様のことはある程度垣間見えましたわ。私がこの戦いが始まる前に申し上げたことを憶えておりまして?」

 磨理の意味する所を、拓矢は即座に把握する。この戦いが始まる前、磨理が言った言葉。

 永琉を助けたいのならば、自分達を倒す以外に方法はない、と。

 そして自分は、それに失敗した――磨理が言いたいのは、そういうことだろう。

 拓矢の渋面に現れたそれを答えと見取り、磨理は再び宣告するように言う。

「貴方様に重ねてお訊ねしますわ。己の願いを叶えるために何かや誰かを犠牲にする覚悟が、貴方にはありまして?」

「っ……!」

 痛い所を突いた磨理の言葉に、拓矢は唇を噛む。

 そう。先程の激突の際にイザークの思念の一端が流れ込んだのを感じた時、拓矢は畏れてしまったのだった。イザークの意思の強靱さと繊細さ、そして、自分がそれを傷付けることを。

 誰かの意思を傷付けることを、拓矢はためらってしまった。それは、存在を奪い合う彩姫達の戦いに臨むにおいて、永琉を助けなければならない今において致命的なことだった。

 拓矢のその内心の回答を見取った磨理は、興醒めしたような目を向けてきた。

「それに答えられないのなら、これ以上の戦いは時間の無駄というものですわ。貴方に私達を殺し引き裂く選択ができないのなら、今日はイェルを連れて帰らせていただきますわよ」

「…………!」

 拓矢の中で、前に進めない自分の中で、葛藤が激しく渦を巻く。

 この迷いは、今に終始することではない。この先、瑠水や奈美達、大切な人達を守るために戦う上で、その迷いは克服されなければならないものだ。ならば今自分は前に出なければならない。なのに、どうしてもその一歩、一声が出せない自分に、煮え滾るような怒りと焦燥を感じる。

 大切な人達をこの手で守ると誓ったのは、自分だ。

 ならばそのために誰かを犠牲にすることを、なぜ選べないというのか。

 渦巻く葛藤に飲み込まれそうになる拓矢に、語りかける声があった。

『それは、あなたがとても優しいからですよ、拓矢』

「瑠水……?」

 身の内から語りかけてくる瑠水の声は優しいながら、何か覚悟を秘めた響きがあった。

『あなたは、自分のために誰かを犠牲にすることをためらってしまう。けれど、誰かの思いを踏み躙ろうとしないその心の在り様は、あなたの優しさであり美点です。そのことを恥じることも悔いることはありません』

「けど……そのせいでもし、瑠水や奈美達を危険にさらすようなことがあったら」

 自らの弱さを認められない拓矢に、瑠水は静粛な面持ちで言葉をかける。

『その自覚があるだけでも、今は十分です。いつか、あなたはたとえ他の何を犠牲にしてでも、あなた自身の願いのために戦えるようになる。大切な人を救うための、あなたの誰にも譲れない願いの――『善』のために。私はそう信じています』

 そして、だから、と、拓矢に告げるように言った。

『あなたの弱さは、私が補います。ここは、お任せください』

「え?」

 拓矢が当惑したその瞬間、拓矢の体から青い光が爆ぜ、瑠水が外へ姿を現した。流水のように青く透き通る長い髪と全身には、青く燃える炎のような燐光を纏っている。それは彼女の内に燃える意志、あるいは闘志の発現であるようにも見えた。

「瑠水……⁉」

 拓矢の声を背に、現界した瑠水はイザークの中にいる彩姫に声をかける。

「マリィ、ここからは私が相手です。貴女を倒し、イェルを取り戻させてもらいます」

 瑠水の宣言に、イザークは興味を引かれたような顔になって、内にいる磨理に問う。

「へぇ……どうやら騎士君よりお姫様の方が強いみたいだね。どうする、マリィ?」

『面白いですわね。イザーク、ここは少し譲っていただけるかしら』

「仰せのままに。楽しんでおいでよ、マリィ」

 イザークの返す言葉と共に、その体から黄金の光が溢れ、それは黄金色の髪を波打たせる磨理の姿を取った。全身を弾ける雷光のような黄金色に煌かせた磨理は、同じく現界した瑠水に言葉をかける。

「まさか、貴女が直接出てくるとは思いませんでしたわ。よほどお相手の方は人の願いを踏み躙ることに抵抗があるようですわね。やはり命士としては失格かしら」

「私はそうは思いません。誰かを傷付けることに何の抵抗も覚えないのは美徳ではありません。たとえそれが弱さだとしても、それは拓矢の強さでもあります」

 拓矢を弁護する瑠水の言葉を、磨理はあげつらうような色の言葉で問い詰める。

「大切なものを守るための戦いから背を向けるような要因が『強さ』だと?」

「弱さを知るなら、それを乗り越えるために人は強くなれるのです。拓矢にはその強さがあると、私は信じています。これは拓矢にそれを示すための、私の戦いです」

 磨理に答える瑠水の言葉は、背にいる拓矢にかけられたものでもあった。

「拓矢は極限の喪失にも死の誘惑にも負けることのなかった、そして私を絶望の淵から救い出してくれた、とても強い人です。私は彼を信じてここまで来て、そしてこの先も信じ続けます。だから私は彼が強くなるまで、彼を守り続けると誓うのです」

 言葉と共に、瑠水は両手を勢いよく両脇に払った。青い残光を残すその一瞬で、瑠水の両手に透き通るような青白光色の弓と、投擲短槍を模したような刃の矢が現れる。

「マリィ、一対一で相手をしてくれることに感謝します。私の手で貴女を倒し、イェルをこちらに取り戻させてもらいます」

「狙いは私の力の解除というわけですわね。よろしいでしょう、お相手いたしますわ」

 その言葉と同時、拓矢と瑠水、イザークと磨理の間に、不可視の壁が形成された。瑠水と磨理を囲う円形の場が形成され、拓矢とイザークがそこから締め出された形になる。

「これは……⁉」

「マリィとルミナちゃんの意思の具象化だろうねぇ。ここはマリィの幻想空間アニマリアだから。僕達には邪魔をしないでもらいたいって気持ちの表れじゃないかな?」

「仰る通りですわ。ここは私達彩姫の決闘の場です。しばしお待ちなさって」

 イザークに返す言葉と同時、磨理の体から黄金の霊気が溢れ出す。瑠水と同じく振り払った両手には、長短二本の槍が握られていた。その長槍を瑠水に向け、磨理は宣告する。

「私達の存在を賭けた戦い。負けた方が喰らわれる。どちらが勝っても恨みはなし。それでよろしいですわね?」

「構いません。貴女を倒した暁には、イェルをこちらに返してもらいます」

 まるで死地に臨むような響きの瑠水の言葉に、拓矢は只ならない不安を覚えた。それを感じ取ったのか、瑠水は前方の磨理の方を向いたまま、背にいる拓矢に言葉をかけた。

「拓矢、止めないでください。そして、これがあなたの選択の結果だということを、どうか憶えておいてください。それを乗り越えられた時、あなたはきっと、もっと強くなれるはずです。恐れも迷いも、振り切れるくらいに」

「瑠水……!」

 まるで不帰の意志を示すような瑠水の言葉に後悔にも似た不安に焦燥を覚える拓矢に、瑠水はわずかに振り向き、力強い笑みと共に言った。

「大丈夫です。何があっても、私の魂は、いつもあなたと共に在りますから」

 そして、前を向き、眼前に立つ磨理を迷いのない青く燃える瞳で見据えた。

「《碧青彩姫ラピス=イリア》ルミナ……参ります!」

「《黄金彩姫グリュド=イリア》マリィ、お相手仕りますわ。かかってらっしゃい!」

 互いの発気と同時、戦いは寸断の迷いもなく始まった。

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