Cp.1-5 Dawnlight of Love(3)

 黒の魔女、という形容がこれ以上なくふさわしいその姿。一切の色の欠片も宿さない純色の黒の棘だらけの装衣の隙間に覗く肌は、衣装と対照的な、血の気のない病的な白色。夜空の色よりも深い漆黒の瞳、棘のような刺々しい黒い髪。無彩色の両極のみを色彩とする究極のモノトーンの容姿は、あらゆる有彩色の色彩を否定、あるいは拒絶しているかのような印象を与えてくる。そして、全身から近寄るものを刺すような刺々しい威圧感を撒き散らしていた。

「うふふ。やっと来たのね。悪夢へようこそ、青の騎士様」

 赤い月を背に宙に浮かぶ黒のイリア――《魔女》は、十字架の上から拓矢達を見下ろし、嘲るようにクスリと笑った。同時、対象となる敵が現れたことで、拓矢の声にようやく動因となる強い感情が宿り始めた。

「お前が……瑠水をこんなにしたのか」

 滲み出す感情を乗せて睨みつける拓矢に、黒の魔女はほくそ笑むように返す。

「あら、私は種を植え付けただけよ。こんなにこの荊を育てたのはこの子自身の心の闇よ」

 我関せずというように言う魔女のその言葉に、拓矢は急き込むように訊いていた。

「瑠水が……自分からこんな心になったっていうのか⁉」

「さあ、どうかしらね。あなたにも心当たりがあるんじゃないかしら?」

「何だって……」

 拓矢は黒の魔女の言葉に、思わず自分を疑いそうになった。だが、目の前に振り抜かれた赤い闘気を纏う剣を目にして、正気に返る。

「あの魔女の言葉には、貴様は耳を貸すな。すぐに揺れる貴様の心では、奴は相性が悪い」

「あいつの言葉のほとんどは罠よ。言葉を弄して相手の心を絡め取ろうとするの。ホント、タチが悪いんだから」

 拓矢を守るように、戦気を漲らせたティムと灼蘭が前に立っていた。黒の魔女はそれを見てなおも嘲笑うように鼻を鳴らす。

「随分ね、エルシア。あなたも絡め取ってあげましょうか? 強気なあなたがどんなふうに苦痛の快楽によがり狂うのか、見てみたいわぁ」

 その言葉を聞いた途端、ティムが剣を鋭く魔女に向けた。全身から熱を持った闘気を溢れさせ、琥珀の瞳は熾烈な怒りに光っている。

「貴様、私の前でエルシア様へのそのような侮言を口にして、生きて帰れると思うなよ」

「へえ。あなたもあなたね、赤の騎士。その本心は知れたものじゃないっていうのに」

「何……?」

 表情をしかめたティムに、魔女は嘲るように言う。

「どうせあなただって、神の力が目当てだったんでしょう? 姫を守るなんて、そのための口実に過ぎないのにね。滑稽ね、この偽善者が」

「貴様ッ‼」「紅華灼麗アータル・ミカエル――『形相エイドスゲブラ』ッ!」

 その言葉が発された瞬間、ティムは残光を引く剣を振り抜き、同時に灼蘭のかざした掌の先に現れた赤い法陣から熱量を持った灼光が砲撃のように迸った。ティムの振り抜く剣の軌跡から赤い光が幻影の刃のように伸び、灼熱の光の奔流と共に、空気を焼き切る勢いで中空に浮かぶ黒の魔女に殺到する。

 光の速度で殺到するそれらを見て、しかし黒の魔女は余裕の笑みを崩さず、すっと両腕を伸ばして掌を中空にかざした。その掌の先に、灼蘭のものと同じ黒い法陣が現れる。

 直後、彼女の周囲に深い黒い闇が現れて殻を形成し、放たれ迫っていた二筋の赤い光をブラックホールのように飲み込んでしまった。闇はすぐに空気に溶けて消える中、攻撃が通じなかったティムと灼蘭も、さして動揺は見せず、厳しい表情で黒の魔女を睨みつけていた。

「イェル。あなたに言いたいことは色々あるけど、今はひとつだけ言っておくわ」

 灼蘭が燃えるような激情を込めた瞳で、黒の魔女を睨みながら口を開いた。

「ティムを侮辱するのはあたしが許さないわよ。あたしは彼と心を一つにした仲、今の彼のあたしへの想いと忠誠は偽りのない本物よ。どこの神様に見せたって認めさせてやるわ。彼の想いをないがしろにするのは、彼と永遠を誓うあたしが絶対に許さない」

 その言葉は澄み切った刃の一閃のように一切の迷いがなく、炎のように熱く燃える感情を宿していた。拓矢はその言葉の強さに胸を打たれた。自分にも、あれだけの強い想いを口にできるだろうか、と考えた。

 黒の魔女はそんな灼蘭とティムの気勢にも全く怯むことなく、詰るような言葉を続ける。

「まったく、相変わらず弄りがいのない堅物どもねぇ。ま、でもいいわ。代わりに随分弄りがいのありそうな子が来てくれたみたいだし、ね」

 そう言うと、黒の魔女は拓矢の方に目を向けた。視線が重なった時、その底なしの闇のような瞳に飲み込まれそうな感覚と、全身を蛇の舌に舐め回されるようなおぞましさに襲われ、拓矢は背筋が震えた。

 黒の魔女はその様を見て、クスリとほくそ笑んだ。そして、重力を無視しているように空中から宙吊りの体勢になり、まるで蛇のように瑠水に擦り寄り、彼女の顔を撫で回す。

「ほら、よかったわね、お姫様。あなたの騎士様があなたを助けに来てくれて――そしてまた、あなたのせいで傷ついてしまうのよ」

「‼」

 底知れない悪意の笑みを浮かべる黒の魔女。その言葉に、拓矢は慄然とした。瑠水がその言葉を聞いて目を見開き、拓矢の方を見る。その瞳は心を縛り付ける絶え間ない恐れに染められていた。

 途端、瑠水を捕えていた十字架の荊が蠢き、彼女を締め付ける力を強くした。

「う……ああああぁぁぁぁっ!」

 瑠水が魂を握り潰されるような苦悶の叫びを上げる。それを見てほくそ笑む魔女。

「っ……お前ぇぇぇぇぇぇ‼」

 その時、拓矢はかつてないほどの、脳天を突き抜けるほどの憤怒が全身を震わせるのを感じた。衝動に身を任せ、後先考えず、瑠水と黒の魔女に向かって走り出す。だが、それが瑠水を助けようとしたものなのか、黒の魔女を突き飛ばそうとしたものなのかは明確ではなかった。

 つまり――心が乱された。それこそが黒の魔女の罠だった。

 黒の魔女がクスリと妖しくほくそ笑んで拓矢を一瞥し、周囲に茂る荊に黒い思念を送る。途端、ざわざわと地面の蔦が蠢き出し、一斉に拓矢を捕らえようと襲いかかった。戸惑う間もなく、蔦は拓矢を絡めとろうと襲い掛かってくる。

「なんで……もう襲いかかってこないはずじゃ……くっ!」

 拓矢は驚愕したが、蔦は自分を避けることなく次々と絡み付いてくる。黒の魔女の挑発に激昂した拓矢は、それまでの瑠水への一途な気持ちに怒りという余計な感情が――心の隙が生まれてしまったために、神威の力が弱まってしまったのだった。それに加え黒の魔女が荊の蔦に力となる思念を送り込んだことで、拓矢の神威は完全に攻略されてしまったのである。

 手に、足に、体に、首に、荊の蔦が拓矢を絡め取ろうと密集し巻きついてくる。首を絞められ息を塞がれ、さらに全身を刺す棘が鈍い痛みと共に胸の内に黒い靄のような闇の感情を増幅させ、拓矢の心身を飲み込もうとする。

(ぐっ……くそ! こんな所で、立ち止まってるヒマなんてない、のに……っ!)

 拓矢は体と心の二重の責め苦に苦しめられながらも、必死の思いで心の力を強くして抗い続けた。もう、飲まれるわけにはいかない。ここで自分が倒れるか闇に飲み込まれるかしてしまえば、瑠水を助けることはできない。息を詰まらせられ、全身を締め付けられ、心を闇に苛まれながらも、心だけは絶対に曲げなかった。

 その様子を、黒の魔女は上空から見下し、嘲笑う。

「っふふ……健気ねえ。そんなに苦しい思いをしてまでこの子を助けたい? 素直に引き下がるって思えば、今すぐにでも解放してあげるわよ」

「……っ……⁉」

「そんなことできるわけがないって? ふふ、まったく愚かなくらいに純真なのねえ。こんな、見てくれだけの女に誑かされて」

「なん……だとッ……」

 瑠水への明らかな侮蔑。まるで自分の想いのすべてを蔑ろにされたような言葉に、拓矢は自分の心のどこかがブチンと切れたのを感じた。その心を読み取ったのか、なおも黒の魔女は嘲るような言葉を紡ぐ。

「考えてもみなさいよ。この子があなたの元に現れたから、戦いが起きてあなたやあなたのお友達が死にかける目に遭ったんじゃないの。この子がいなければ、あんな危険に遭うことはそもそもなかったんじゃなくて?」

「……ッ!」

 まるで瑠水がすべての不幸の元凶ででもあるかのような言いぶりに、思考が熱を帯びていく。その分、心は冷静な思考力を奪い、さらなる隙が生まれだしていることに拓矢は気づけなかった。

「この子は自分の見せかけの美貌と甘言であなたを誑かして、危険に巻き込んだのよ。こんな子と関わらなければ、あなたの大切な人達、大切な日常が崩れることはなかった。この子は自分のためにあなたを騙して、あなたの大切な日常を壊したのよ」

「う……あぁぁ……っ、うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 その言葉を聞いた途端、瑠水がただならぬ苦悶の叫びを上げた。まるで魂をねじ切られるかのような苦境の叫び。そして現に、瑠水を締め付ける荊の蔦の力がさらに強くなっていた。今の言葉が心の傷を抉ったらしい。

 瑠水の苦痛の叫びを聞いた拓矢の全身が、燃えるような怒りを通り越した、身を引き裂くような憎しみと殺意に震えた。

 黙れ、と激情のままに叫ぼうとした拓矢の口を塞ぐように蔦が猿轡さるぐつわのように口に絡みつき、拓矢は声を封じられた。息を殺され、声も殺され、動きも殺された。窒息しかけそうな意識は煮え立つような怒りと憎しみに染められ、拓矢は狂熱のままに上空の魔女を殺すような目で睨みつけた。

 黒の魔女はおかしくてたまらないといったふうにその表情を凶悪な悦びに歪めた。

「ふふふ、悔しいでしょう? 目の前で大切な人が穢されているのを、何もできずにただ見ているしかできないなんて? その目に刻みなさい、それが何も守れない無力なあなたの限界よ」

『く、っ……くそぉ……ッ!』

 憎悪の声が食い縛る歯の間から漏れる。魔女はそれを聞き取ったのか、唇を毒々しい笑みの形に変えた。

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……タクヤあぁぁぁぁぁ……‼」

「アッハハハハハ! そうよ、そうよ! その嘆きと怒りを、もっと、もっと感じさせて頂戴! あなたたちが苦痛と絶望に身も心も飲まれて果てる、それが私の悦び、私の復讐の悦びなのよ!」

 魂を蝕む自責の苦悶に泣き叫ぶ瑠水の声に、魔女は赤い霞に染められた月の下で、狂ったような哄笑を上げる。狂気に嗤う声が高らかに響くその様は、まさしく悪夢だった。

 拓矢の心は、瑠水を穢され、自分の想いを侮辱されたことへの憎悪に染まり、毒々しい感情に飲まれようとしていた。

 瑠水が、僕を誑かして、自分のために利用した?

 瑠水が、僕を危険に巻き込んで、大切な日常を壊した?

 瑠水と関わったことが、不幸だった?

 拓矢の胸の奥に、黒く重い思念が渦巻く。

 魔女の撒いた悪意の言葉は、知らずの内に拓矢の心の奥に植わり、その深奥で育ち始めていた。魔女の言う言葉は、一面では明らかな事実だった。心の揺れにつけ込むように、疑念を食べて育つ悪意の荊はざわざわと拓矢の心に生い茂り、彼の不安定で脆弱な心を絡めとる。

 はず、だった。


『  拓矢  』


 その時、拓矢の暗い熱に塗られていく心の中に、声と共に青い光の輪郭がくっきりと閃いた。鮮烈に蘇ったその光は胸を埋める闇を切り裂き、見失うことのない大切な想いを照らし出す。


『 たすけて 』


 渦巻く混沌を潜り抜けて、瑠水の心の声が、一筋の光となって確かに聞こえた。

 その瞬間、闇に呑まれかけていた拓矢の心が、清浄な光に洗われるように照らされた。

(違う……)

 瑠水を救けなければならない。

 奈美の元へ、大切な人達が、僕らの帰りを待っている。

 想うべきそれは憎しみではない。今は、守らなければならないものがある。

 愛する人の光が彼の心を照らした時、迷いは払われた。

(僕が信じるべきは……そんな言葉じゃない!)

 目が覚めた時、魔女の放った悪意の棘のような言葉を、拓矢は意志の一刀の下に切り捨てた。

 その瞳には、真実の想いを取り戻した心に宿った青い光が煌々と宿っていた。

 黒の魔女は拓矢の強さを見くびっていた。魔女に瑠水の存在を否定されたことで、拓矢の瑠水への想いに逆に強い光が点った。拓矢を混乱と絶望に陥れようとしていた魔女の目論見は外れ、拓矢の心には今や、どんな暗闇さえも吹き飛ばすほどの強い想いが燃え上がっていた。

 息も心も、全てを封殺される中にありながら、拓矢は自らの想いを見つめ直し、確信に至る。

 僕は、瑠水が好きだ。何があっても、一緒にいるって、守るって決めたんだ。

 瑠水がどんな存在だとしても、瑠水を選び、守り、戦うと決めたのは僕自身だ。

 彼女が自分の目的のために僕を利用しようとしている――それが何だ。

 それでも、僕は彼女と一緒に生きることを選んだ。

 彼女は、僕を信じてくれた。僕は、彼女を信じて、選ぶと決めた。

 誰にも彼女を、彼女のくれた愛を穢させはしない。

 彼女への想いを、彼女との絆を、踏み躙るものを、

 彼女と共に在ることを否定するものを、

 彼女と僕の想いを穢すものを、

 何より、愛する彼女を傷つけるものを、

 僕は、絶対に……、

「『許さないッ‼』」

 瑠水を想うがゆえに高まった激情に乗せて、拓矢は心の底から叫んでいた。全身に纏わりつく荊の蔓の束縛を引きちぎらんばかりに四肢に限界を超えた力が込もり、口を塞ぐ蔦を噛み千切らんほどの力で歯を食い縛った。胸の内に黒々と渦巻き密度を濃くしている悪意の重圧も、もはや今の拓矢の心を塗り潰すことはできなかった。自らを内から埋め尽くそうとする黒い感情と必死に抵抗しながら、彼の心の真ん中にある瑠水への想いというたった一つの光は失われることなく輝いていた。魂が白熱するその身に、青く燃える煌気が纏われ始める。

 逆境の中に覚醒した拓矢のその気迫に、黒の魔女が白んだような顔を見せる。

「ふん、粋がっちゃって。生意気ね、あなた。その真っ直ぐな目、気に入らないわ。もっと遊んでようと思ってたけど、もういいわ。その願い、叶わないまま千切れなさい」

 そう重い声で呟き、魔女は両手を拓矢に向けた。その表面に黒い法陣が浮かび上がり、さらにその中心に黒い眼が現れる。その黒い眼が拓矢を見つめると同時に、拓矢を締め上げる荊の蔦が、彼を絞め殺さんとその力を強くした。全身が圧迫され、棘が肌に食い込む。息を詰められ、痛みに意識を奪われそうになりながらも、

『……る……ル、ミ、ナ…………』

 拓矢は決して諦めなかった。瑠水を想うことを、信じることを、彼女を救い出すことを、死の淵にあってもなお、絶対に諦めなかった。

 そして、その褒章は、意外な、そして最良の形で与えられる。

 中空にいた黒の魔女に向かい、紅い灼光の奔流が迫った。拓矢を締め上げることに力を割いていたせいか、魔女は今度は掌の法陣を灼光に向け、闇を発生させて奔流を飲み込む。そして、魔女の力が拓矢から逸れたその一瞬の隙に、

「はッ‼」

 ティムが拓矢に近付き、荊を掴み、彼の騎士たる心の力を流し込んだ。悪意を苗床にして育つ荊は彼の純粋な「善」の心の力に打ち消され、呆気なく爆散する。血管が破れ血液が溢れ出すように、毒々しい荊が飛沫を上げて飛び散った。

「少々、見直してやる。やはり、あの方が選んだだけはあったか」

「やっぱり、強い子だったわね。あたしのルミナが相手を見る目がないわけがないでしょう?」

 赤の彩姫と命士が、刹那の間に言葉を交わす。そして、

「行け! もう何も迷うな!」

「ルミナを、助けてあげて!」

 解放された拓矢に、最後の発破をかけた。

「――――――‼」

 その言葉が耳に入った時、拓矢の中から今度こそ全ての余計な思考が消え、純粋な意志の輝きだけが残った。

(瑠水を、救ける!)

 拓矢はただ一つの動因に衝き動かされ、荊の十字架に向かって全力で駆けだした。

「ちっ……‼」

 魔女が再び拓矢を捕えようと蔦を伸ばす。だが、蔦は先程までのように拓矢を捕えようとしない。拓矢の心が再び確かになったことで、彼の神威の力が取り戻されたのだ。青い煌気は群がる荊を脅かし、魔女の操る蔦はティムと灼蘭が片っ端から炎剣と灼光で消し去っていく。

「まったく……本当に邪魔な子達ね。愛なんて結局ただの化かし合いに過ぎないのに、まだ取り繕うつもりなの?」

「悪いけど、あなたの傷をあたし達にまで当て嵌めないで。ひとつ教えてあげるわ、イェル。本気で人を愛してる人っていうのは、怖いものなんて何もなくなるのよ。あなたのその、悪意で愛を引き裂こうとする卑劣な想いの力とかなんてね!」

ルクスの傀儡に過ぎない身が、知ったような口を利いてるんじゃないわよ!」

 赤と黒、双方の力が、互いの感情の昂りに呼応するように激しくぶつかり合う。

 拓矢は足を止めずにただひたすらに駆け、十字架の根元まで辿り着いた。棘だらけの蔦の柱にためらいなく手をかけ、想像以上の高さと威容を意に関せず登っていく。棘が手に食い込み、胸を刺すような痛みが走るが、掴む手は放さず、心はもう萎れさせない。

(瑠水……瑠水……!)

 少しでも気が逸れれば湧き出ようとする恐怖や疑念を振り切り、ただ一心にその姿を思い浮かべて、拓矢は瑠水に近づいていく。登っていくうちに、胸の鼓動が強くなっていくのを拓矢は感じる。心の奥にいる、闇に包まれた瑠水の心、その黒い殻の中で彼の救いを求めるように強く鳴っている鼓動を。全てをなげうっても彼女を求めようとしている、己の心の高鳴りを。

 そして――、

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