Cp.1-3 Passionate/Scarlet Knight(2)
「エルシア様に愛と忠誠を誓う騎士、ティム・クランローズと申します。どうぞお見知りおきを、エルシア様の朋友、ルミナ様」
白金の青年――紅蓮の命士ティムはそう名乗って慇懃に一礼すると、顔を上げて射殺すかのような鋭さを込めた眼光を秘めた目で拓矢の目を見た。混じりけのない「敵意」を初めて強烈に浴びせられた拓矢は、その全身に慄きを覚えた。
その様子を見た幸紀が異様な空気を察してティムの肩を掴み、声をかける。
「おい、あんた。拓矢に何か用――ッ⁉」
しかし、幸紀が最後まで言い切ることはできなかった。
刹那、ティムが猛烈な勢いで幸紀の腕を振り払ったのだ。その力は勢い余って幸紀の体をも投げ飛ばした。もんどりうって倒れる幸紀。突然の暴挙に教室内がざわめきで埋め尽くされる。
「ふん……下衆が。私に触れるな」
ティムはゴミを払うかのように不愉快そうな顔をして、吐き捨てるように言った。
その言い様に、拓矢の中の何かに火が点いた。
「お前っ……‼」
椅子から勢いよく立ち上がろうとする。
瞬間、ティムが神速の勢いで腰の洋剣を抜き放ち、拓矢の首目がけて振るった。
「‼」
反応する間もなかった。金属の走る音と共に、洋剣は拓矢の首を――、
「拓くん‼」
奈美が絶叫にも似た叫び声を上げた。
拓矢はあまりの速さに状況の理解に頭が追いつかなかった。だが、痛みも違和感も何もない。恐る恐る下を見ると、ティムは洋剣を拓矢の首元で寸止めしていた。
剣を止めたティムは、今度はつまらないものを見るような目で拓矢を見た。
「無能だな、初撃とはいえ全く反応できないとは。これでは相手になりそうもありませんね、エルシア様」
そして、拓矢を見下すように言う。拓矢は今更のように間近に迫っていた死の感覚にぞくりとした。完全にティムに主導権を握られていた。
瑠水が拓矢を庇うように、ティムとその中にいる灼蘭に問いかける。
『エルシア。ここに来た目的は何ですか』
『目的? 今更あたしから言う必要あるかしら? まぁでも、知りたいのなら教えてあげるわ。あたし達の目的、それはね』
灼蘭が含みを持たせるように言葉を溜め、そして、堂々と告げた。
『あたし達の存在を賭けて、あなたに決闘を申込みに来たのよ。ルミナ』
「……!」
拓矢は、あまりに急な運命の車輪の回転に巻き込まれていた。
戦い。
今まで現実感のなかったことがついに現実のものとなり、拓矢は戸惑いを隠せなかった。
この状況に対し、彼は咄嗟に何の行動も起こせなかった。そしてそれが、致命的だった。
ティムは拓矢に剣を向けながら、心を見透かすように拓矢を一瞥し、
「ふん……どうやらまだ戦士の実感が薄いものと見える。どれ」
視線をその右に向け、剣の切っ先を鋭く向け変えた。その先にいたのは、
(‼)
拓矢は戦慄した。その剣先には、奈美がいた。
「ひっ……」
刃を向けられた奈美は文字通りティムの視線に心を射抜かれ、その身を完全に射竦められていた。強い威圧を浴びせられているのか、体が小刻みに震えている。
ティムは冷然とその様を眺め、拓矢に告げた。
「貴様が挑戦に応じないようなら、この女を斬る」
「何、だって……ッ」
その言葉を聞いた拓矢の心が、轟と湧き上がった怒りの炎に包まれた。奈美に凶刃が向けられたと知った途端、弱音も恐怖も瞬時に吹き飛び、強烈な激情が拓矢の心を埋め尽くした。
「やめろ。奈美を脅かすな」
拓矢は煮え滾る感情を込めてティムを睨みつけた。その怒気を受けたティムは涼しい顔で、煽るように拓矢のその激情を嗤った。
「ふっ、少しは戦える心になったか。だが、私とエルシア様の前では、まだまだ敵ですらない」
「お前……」
怒りに塗られていく拓矢の目に、周りの状況が映る。
奈美が恐怖に震えながら涙を流してくずおれていた。由果那が彼女を支えている。
後ろでは、幸紀がティムに投げ飛ばされた肩を押さえて、壁にもたれかかっていた。
「お前……よくも、みんなを‼」
拓矢は、吠えた。使命も何も関係なく、目の前のこの男を許せなくなっていた。
拓矢は心に燃え上がる憤怒のままに立ち上がり、ティムに飛びかかろうとした。しかし、あっさりと身をかわされ、勢い余って拓矢は机に突っ込んだ。鈍い痛みが体に走る中、体勢を立て直して再び跳びかかろうとした所を、瑠水に止められた。
『拓矢、待って。落ち着いてください』
「瑠水、何を……⁉」
『今ここで戦うのは危険です。幸紀や奈美達を巻き込みかねません。場所を移しましょう』
「っ……!」
瑠水の言うことは確かに真実だった。激情に支配される頭をどうにか鎮め、拓矢はティムに言った。
「戦いなら受ける。だから奈美達には手を出すな」
「手を出すな、と? 貴様に私に命令する権利などあると思って――」
「手を出すな!」
拓矢は鬼気迫る表情でティムを睨みつけた。心がかつてない激情に震えていた。
「拓、くん……」
奈美が、幸紀が、由果那が、あまりのことに言葉を失っていた。
ティムはその表情を見て、興を得たように小さく笑んだ。
「ふ、いいだろう。その意気やよし。認めてやる。では、戦場に来るがいい」
そして、くるりと踵を返し、教室を出ていった。拓矢は荒ぶる感情を鎮めながら瑠水に訊く。
「瑠水……あいつら、どこに行くかわかる?」
『上方、人気のない広い場所……屋上です』
「わかった。行こう」
相手の彩姫の気配を捉えた瑠水にティム達の居場所を聞き、出向かおうとする、そこに、
「拓矢!」
後ろから、声がかかった。幸紀だった。
「お前……何隠してる。何か知ってるんだろ」
幸紀は真実を見極めるような眼をして、拓矢に問い質した。
どうやらもうこれ以上、隠し通すわけにはいかないようだった。だが、今は。
「ごめん、隠してて。戻ってきたら、話すよ」
拓矢はそう断り、教室を出て行こうとした。
その時、一陣の人影が走った。
「拓矢アッ‼」
由果那だった。
由果那は拓矢の肩を掴み振り向かせると、渾身の力を込めて拓矢の頬を張った。
派手な音と共に拓矢は転び、呆気にとられた顔で由果那の事を見上げた。
由果那は、肩で荒く息をしながら、拓矢以上の激情を顔に表していた。
「戻ってきたら、じゃないわよ……あんた、奈美をほったらかしにしていく気? あんたに何かあったら、奈美が! ユキが! あたし達がどれだけ心配すると思ってんの‼」
「!」
由果那が湧き上がる感情に任せて拓矢を怒鳴りつける。抑えを失った剥き出しの想いをぶつけられるその言葉に、拓矢は胸を衝かれた。
「勝手に一人で変なこと抱え込んでんじゃないわよ‼ あたし達に話せって、話すって約束したじゃない‼ あんた一人で、っ……抱え込むな、って……」
最後の方は声がかすれた上に嗚咽が混じってうまく言えなかった。拓矢はその様を見て、激情で昂ぶっていた頭が見る見るうちに冷静になっていくのを感じた。
「どうしちゃったのよ、あんた…………」
そう言って、力尽きたかのように由果那もくずおれそうになった。慌てて抱きとめようとしたところを、逆に肩を掴まれる。
「話しなさい。あんたが隠してること、全部」
由果那はこれ以上ないくらい真剣な目で拓矢の瞳を見つめた。
拓矢はその有無を言わせぬ瞳の力に観念した。自分が一人で抱え込んでいたことが、こんな事態をもたらすことになるとは思わなかったとはいえ、結果的に余計彼らを心配させることになってしまったことは、反省すべきことだった。やはり、大事なことほど隠し事はするべきではなかった。
『瑠水……』
『仕方ありません。話しましょう。どうやら潮時のようです』
心の中で瑠水に問いかけると、瑠水は悲しげな眼をして、頷いた。
それから、わずかな時間で、拓矢は瑠水に関わることについてかいつまんで話した。状況が状況だけに、三人とも口を挟むこともせず、拓矢の話を聴いていた。
そして、三人にも乙姫にしたのと同じやり方で瑠水を紹介した。突如として現れた瑠水の姿に奈美と由果那は驚きを隠せていなかったが、意外なことに、幸紀はそれほど動じた様子がなかった。それどころか、
「やっぱりか」
まるで、瑠水の存在に気付いていたかのような物言いをした。これには拓矢の方が驚いた。
「ユキ、あんた……まさか、気づいてたの?」
「うーん……まあ、姿はよく見えなかったから何とも言えなかったんだがな。拓矢の様子がいつも通りじゃなかった時にちゃんと聞いておくべきだった」
由果那の問いかけに、すまん、と幸紀は頭を下げた。
「心を交わす前から私の存在に気付くなんて……あなたはいったい?」
「ユキの家は神社なんだよ。そのせいか昔からユキは霊感が強かったんだ。だから瑠水に気付けたんじゃないかな」
「神社……神の
一連の話に得心した瑠水に、由果那が詰め寄る。
「今度のことは、あんたのせい?」
「ユカ、そんな言い方は」
「黙ってて。この子に訊いてんの」
反駁する拓矢を黙らせ、由果那は糾弾するように瑠水の目を見つめる。
瑠水は、その視線から目を外さなかった。非難から逃げなかった。
「私の存在が彼らを招いてしまったことは事実です。申し訳ありません」
「…………」
由果那は何も追及せず、そのまま拓矢の前に仁王立ちした。
「あたし達もついて行くわ。拓矢が心配だから」
「危険です。あなた方を巻き込むわけには」
「危険に巻き込まれるよりも、拓矢一人が危ない目に遭うことの方が怖いって気持ちわかる?」
瑠水の警告を、由果那は一言で説き伏せた。
瑠水が、拓矢に心で窺ってくる。拓矢は、逡巡した上で、頷いた。
彼らに真実を隠し、危険な目に遭わせてしまったのは自分の責任だ。その彼らが自分のためにと言ってくれることを断るわけにはいかなかった。
だからこそ、もしティムとの決闘で彼らが危険に晒されるようなことがあれば、この命に代えても守らなければならない。拓矢はそう、自分の心に決意を刻んだ。
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