第29話 侵略者

「俺様の名前はそうだな……〈傀儡使いパペット・マスター〉、とでも名乗っておこうか」

 

 死体と思われるその武装兵から、まさかの肉声が聞こえたため3人は動揺する。

「ふたり共ッ、あの兵士の左手をご覧ください!」

 よく見ると、白いバンダナの兵士はスマホのような携帯機を左手に持っていた。


「……通話しているのか? ならば、ここから近い場所に本人がいるのかッ!?」

 自慢の妖刀を鞘から取り出し、中段の構えで牽制けんせいするトラヴィス。


「あーあー……、ちなみにコレは録音した音声をタレ流してるだけだぜ。いわゆる宣戦布告ってヤツだ、オッケー? 肩透かしじゃ悪いと思ってよ、楽しいイベントも用意しといたから遊んでってくれや!」 


 すると森の奥の方から、人間の悲鳴と共に木々を押し倒す、車両の重音が響く。

 

―――分厚い装甲、長大な砲塔、いかついキャタピラをもつ『戦車』が現れた。

 全長は約7メートルで、重量は約35トン。これは機動力を優先させたやや小型のタイプである。さらにその砲身には人間が3人、縄でくくり付けてあった。


「あッ……、あれはラーメン屋の店主じゃないか!?」

 なんと灰賀と同じく、日本人プレイヤーの周防銀太すほうぎんたも人質にされていた。


「助けるのも、見捨てるのも自由だぜぇ……? そこの“保安官”が薄情な野郎か、どうかってだけの話だからなー! ヘッヘッヘッ……じゃあなバカ共ッ!」

 ヘルメットをかぶった武装兵は顔だちを確認できないまま森に去っていった。


「テメェ……ふざけやがってェエエエエ!!」

 フレッドは相手の挑発にまんまと乗り、即決で民間人の救出に向かう。

「フレッドさん!? これはどうみても罠ですわッ!」


「クッ……バリア外にオレ達を引きずり出す魂胆こんたんか、卑怯者め…………!」

 仕方なくトラヴィス達も、特攻したフレッドの援護のために参戦する。


 300メートル先で対面する軽戦車の主砲は、自動で勝手にゼロイン調整されて、フレッドに照準を合わせた。この戦車は3人まで搭乗可能で、パペット・マスターの能力によって使い捨ての死体で操作されている。


「〈ヴァリアント〉、届いてくれッ、シュバルツ・ハルパー!!」

 フレッドの真横を並走し、とっさに左手からアンカーを射出するトラヴィス。

「〈ヴァリアント〉、スティッキー・ウィップ!! …………間に合って下さい!」


 アンカーの先には湾曲わんきょくした形状の黒い刃がついていた。そのトラヴィスの必殺技は砲弾が発射される前に、鎌で刈り取る様にヒモを引き裂く。

 さらにダフネの出した薄紅色のムチが、落下する人質を上手いこと回収した。


 その瞬間に砲門が反動で揺れ、フレッドにロックオンされた砲撃が放たれる。


「〈ヴァリアント〉、バーニング・ソード・ディフェンス!!」

 暴走したダフネを止める際に使用した、燃え盛る炎の盾が砲弾を遮断した。


 3人が息の合ったコンビネーションを発揮し、この危機を何とか脱す―――。 

 けれども、狡猾こうかつなパペット・マスターの仕組んだ第2波がそこまで迫っていた。


――――それは突然、全長15メートルほどの大型のアンデッドが戦車の上に乗り出した。……のも束の間、その強固であるはずの車体は動物タイプの化け物の脚部から、凄まじい衝撃波が発生して圧し潰されてしまう。


「あのデカい化け物は……『サイ』のアンデッドなのかッ!?」

 その鼻に巨大な角を生やしたアンデッドは〈ライノストーカー〉と呼ばれるさいの姿をした暴虐な変異体である。その大きさはフレッドも目を疑うほどだ。


「ヤツが戦車を壊しているうちに、この場所から早く逃げてください!」

 勇敢にもダフネが先導し、捕らわれていた人達はギリギリで平静さを保つ。


 このゲームの敵は一定内のフィールドを縄張りにし、ただひたすら逃げにてっするプレイヤーに対して、極度に追いかける行為をひかえる生態が多い。しかしながら、このアンデッドは 執念深く人間にまとわり付き相手を苦しめるタイプなのだ。

 つまりは今回の敵の作戦に、その気性を利用されたのである。


「こんな化け物を相手にする必要はないッ、防壁までさがるぞフレッド!!」

 トラヴィスの忠告を聞き入れ、フレッドは一目散にバリアの幕をめがけて走る。


「いってぇッ!?」

 化け物に背を向けた瞬間、フレッドの左足に6センチ程の銃弾が当たっていた。

「!? ……狙撃されているんだ! オレ達の足止めのつもりか……!?」

 その様子を見ていたダフネが、人質とフレッドの身を両天秤にかけてしまう。


「ダフネちゃんはその人達を、安全な場所まで連れて行ってくれ!!」

〈寄宿者〉であるフレッドには、通常のスナイパーライフルでの肉体を貫通させることは、まず無いとみていいだろう。ダフネはすぐに反転し、状況を理解する。

 

「要するに、オレ達とコイツを決闘させたいってことか……悪趣味な奴だ!」

 トラヴィスは腰の真横に右手の日本刀を持っていき、脇で構え右足を一歩退く。


「あのまま逃げてたら、人質にされてた人達がコイツにかれるかもしれない……と考えると、コレがベストなのかもな……!」

 フレッドはシャベルを両手で前方に向け、がに股で長槍みたいな構えをとる。


 ライノストーカーはじりじりと間合いを詰めて、フレッドに狙いを定める。


「こっち来いやァアー! その自慢のツノ破壊してやるぜッ!!」

 突進してくるライノストーカーを、まるで闘牛士のようにヒラリとかわす。


「ぅおりゃア!!」 「せぇいヤーッ!」

 回避行動からの攻勢をしかけるフレッドと、力をめていたトラヴィスの合体技で2連撃を叩き込む。だが、その攻撃は出血するまでのダメージにはいたらない。


 ライノストーカーは自身の皮膚を硬化して、防御力に特化したアンデッドだ。その不死物危険度はB。このBランクというのは、地上戦における装甲戦闘車両、及びに航空戦における最強戦闘機『F-15』に匹敵する脅威度という設定である。


「皆様、わたくしのそばから離れないで下さいッ!」

 フレッド達が苦戦する中、ダフネも複数のゾンビに囲まれ危機にひんしていた。 

 

 防壁までの距離は約50メートル。しかし、そこまでの平坦な道のりが遠く険しく思える。そしてゾンビに注意しながらも、ダフネはレイピアの持つ右手を目の前で立ちふさがるアンデッドに封じられてしまう。

 

「ひぃィイイ! かッ、蛙の化け物だぁー!?」

「レイニーフロッグ!? 出現率が低いのに、こういう時に限って……!」


 自慢のレイピアはカエルの舌で巻きつけられ動かせずにいた。今までダフネにとっては生命線の働きをみせていた能力の持ち主だが、こうなってはありがたみもあったモノではない。


 ダフネが手詰りになるのを察して、囮にされた一人が防壁まで逃げようとする。

「ぎゃあああァア、イタイッ痛いぃよぉ!」

 しかし残念なことにゾンビに右腕を掴まれ、そのまま腕を噛まれてしまう。


 その時――――、1発の弾丸が、その捕食中のゾンビの頭部を撃ち抜いた。


「別の角度からの狙撃!? まだスナイパーがいるのですかッ?」

 ダフネがロゼットドリアードの葉で、カエルの舌を切り落とす。……そして彼女は、聞き覚えのある女性の声を耳にする。その再会は正に偶然の産物だった――。


「やっぱ、ダフネッチじゃんか! ニーハロー!! ……ボクの顔覚えてるー?」

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