第28話 アップルの離脱

 気軽にコーヒーが楽しめるそのカフェは、レトロなガラス張りが素敵な老舗店だ。

ダイエット中の女性に人気な理由はシュガーフリーのメニューが豊富な事である。

 

 アットホームな雰囲気に包まれた店内で、優雅にたたずむダフネ・ヘイズ。

「お待ちしておりましたわ。フレッドさん、アップルさん、トラヴィスさん」


 4人分のテーブル席に座り、それぞれが好みのスイーツを注文する。

「俺はクリームメロンソーダくださいー」

「ワシはイチゴパフェにするのじゃ!」

「……オレは抹茶アイスティーを」


 ダフネの頭にはウサ耳の装飾があり、トラヴィスはそれを珍しそうに見ている。

「……本題から入るが、昨日の襲撃はおそらく何者かが仕組んだ侵略行為じゃと……ワシはにらんでおる」

 早速アップルが談合をするために口火を切る。


「わたくしが倒した〈パラサイダー〉は機械により、その身体を操作された可能性があります。しかも、その〈寄宿者〉は死体でありながら自律し戦っていました」

 トラヴィスの目の色が変わり、その話について熱心に耳をかたむける。


「さらに解せんのは、ネクロ・キメラにはライフゲージが表示されておった点じゃ。もう一方の、ダフネと戦った死体の〈パラサイダー〉達は3人ともライフが戦う前から0になっておったのに……」

 フレッドはアイスをちょっと食べた後、ソーダと混ぜる作業に没頭している。


「バンダナの大男は死人ではないから制御できていなかった……という事か?」


「そもそも、バグによって突発的に生まれた異端児という線もあるのじゃ……」


 乳房をテーブルの上に突き出し、ダフネが悩ましそうなポーズをとった。

「わたくしを見張っていた機械は回収されていました。たぶん戦闘範囲の約100メートル以内でなければ、死体を精密に動かす効果を及ぼさないと思われます」


(うほぉ……、ダフネちゃんのおっぱいは今日もデカ盛りだなぁ……)

「ちゃんと聞いておるのかフレッドッ!? ダフネの巨乳ばかり見おって!」


「聞いてるよ! つまるとこアレだろ? どこかに悪いチーターがいるんだろ?」

 アップルはイチゴパフェの最後に残したストロベリーをいっきに口に含む。


「もしくは…… 、とうの昔にこのエリュトロスに潜入をされておるか……じゃ」


 〈寄宿者〉の3人はその推測に驚愕きょうがくし、とっさに付近を警戒しだす。

「安心するのじゃ……、〈オートマチック・ミュート〉のチートを使っておるからな。ワシ達の会話は外部の者には聞こえておらぬぞい」

 人差し指を口元で立てて、彼女は自信満々で説明をする。


「敵の間者の居場所はお前のチートで分からないのか?」

「無理じゃな、〈寄宿者〉なら戦闘履歴などから過去ログを探れるのじゃがな」

 エリュトロスにはこの3人以外に、寄生虫を宿した戦士は滞在していない。


「敵の目的が分からないな……このゲーム、町を潰す事でメリットはあるのか?」

 しかめっつらをしながら、追加で注文したナポリタンを食べるトラヴィス。

「やっぱり死体を操るチートを使って荒らしたいってことになるのかなぁ……」

 

「もし相手の能力がNPCの死体だけでなく、プレイヤーすらも手駒に出来るとしたらどうじゃ? 町を拠点にするプレイヤーの死体が丸ごと手に入る寸法じゃ」


 考えれば考える程その仮定は説得力を持っていき、一つの答えに結びつく。

「もしかしたら、俺の仲間達がこの町でリスポーンしていない理由って……!」


 フレッド達も思い当たってみて、その確度の高い仮説に合点をした。

「4人とも俺みたいに実家に飛ばされるって事、いくらバグでも無いよな?」


「となると……死体を操る能力という以前に、リスポーン設定そのものにシステムの介入をしている事になりませんか?」


「もしかすると……いや、あり得ない事ではないのじゃ…………!」

 アップルはガタッと音を立てて、その席から起立し3人にその意思を告げる。


「ワシはこれより半日ほど…………、運営側に確認をとるためにゲームワールドの外に出るのじゃ!」


 思いがけないアップルの台詞に、フレッドは興奮して平常心を失う。

「オイオイ、その間にまた敵が町を攻めてきたらどう対処するんだ?」


「わかりましたわ。それまで、わたくし達がこの町を死守いたしますッ!」

 ダフネとトラヴィスは己が武器に手をかけ、恭順きょうじゅんの意を示す。アップルを見送るフレッドも心配かけまいと、彼女のお尻を叩いて後押しをする。


「ひゃんッ……、オヌシがエリュトロスのリーダーなのじゃぞ! フレッド!」

「わーってるよッ! 早く戻ってくるんだぞ、相棒!!」

 そして、シャベルで不格好なポーズをとって他のふたりに合わせる。


 大きな溜め息をついたアップルは、目立たないようにトイレの個室に入り、数分をかけて……うっすら光を放ってこの世界から消えていった。


(このままだと……、ハイガさんも正常にリスポーンできないかも……)

 フレッドの脳裏に一抹いちまつの不安がよぎる……――――。


「……こちらからは下手に仕掛けないほうが懸命のようですわね……」


「敵はオレ達の情報をある程度、把握してるとみていいだろうな……」

 決心のついたフレッドも座席から離れ、おおっぴらに店内でシャベルをかつぐ。


「どちらに行かれるのですか……フレッドさん?」

「レベル上げ! 俺はふたりよりもレベルが低いからねッ!」

 すると、食事を終えたトラヴィスもフレッドの後に続いて席を立つ。


「マスターの命令で、キミの護衛をするように命じられているんでね」

 フレッドが少年と話をしている間に、アップルとの契約が交わされていた。

「それならば……、わたくしもご一緒するしかありませんわね?」

 

 フレッド達はエリュトロスの西方面を警護しつつ防壁の円周を回る事にした。


「そういやさ、朝起きた時にステータス確認したらアビリティが一気に3つも増えてたんだけど、理由がさっぱり分からないんだよね……」

 フレッドはあれこれ考えながら、トラヴィスに話題を持ち掛ける。


「それは、おそらくバンダナの大男から『スティール』に成功したのだろう」

「スティール……アビリティを盗んだってこと?」


 このゲームにおいてPKプレイヤーキルを行った際の利点の一つである『スティール』。PKされた側の習得したアビリティを、一定の確率で自らがゲットするというシステムである。奪われたアビリティは消えないが、同時に捕られた〈ジェネP〉は残念ながら半分以上も失ってしまう。


 上級者を狩るリスクを考慮すると、バランスの良いシステムとも言えなくもない。


「普通なら盗めても1つが限度だが、あれだけ多くのアンデッド能力を吸収していたんだ…………。3つパクっても不思議ではないのかもな」

「それはいいんだけど、今のレベルだとスロット10が限界なんだよなぁ……」

 

 ふたりが相談している間に、ダフネが微妙な森の異変に注意を払う。


「〈寄宿者〉である限り、臨戦態勢に入ればレーダーに必ず映るはずですが……」

 ダフネは急にレイピアを引き抜き、その先端を森の中のゾンビの群れに向ける。


「操るのが死体ならば、ゾンビの集団にまぎれてアンデッドに襲われることもなく、ここまで潜伏できる訳ですねッ……!」


 レイピアが指し示す方向には、白いバンダナを腕に巻いた武装兵がいた。

「木を隠すには森という事か! 仕掛けてくるつもりだぞ、フレッド!!」

「そうかッ、3兄弟の時はアップルの高性能レーダーだから感知できてたのか!」


 その森からフレッド達のバリアの幕までは、およそ100メートルといった距離だろうか。当然ながら、防壁の内側にいれば戦闘行為は禁止されるはずなのだが……――――。


「ハローハロー! 聞こえてっか、フレッド……バーンズだっけ? オマエラの町は俺らがぶっ潰すことに決定したからよ……首洗って待っとけやッ!」


 それは……耳障りなダミ声で、いかにも芝居がかった口調のボイスサウンド。

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