第27話 エリュトロス

 結局、落とし穴作戦は徒労に終わり、そのままレベリングの作業に移す。


「はて、トラヴィスの反応がこの町から消えておるようじゃが……。どこぞ行ったか分かるかの小僧?」

「あぁ……、ネクロ・キメラに壊された自分の町に、一度戻るってっさ……」

 

 セーフティエリア内に限っては、全プレイヤーはマッピング機能を使用することが出来る。これはステータスの確認をする際に、目をつぶるやり方と同じで、知り合い同士なら互いの居場所を探ることが可能だ。

 ただし、残念ながらボイスチャットの機能は付属していない。

 

「今、この町で戦える者はオヌシとダフネだけじゃからなぁ…………。トラヴィスにはなんとしてでもワシ達の仲間になってもらわねばならぬのじゃ……!」

 フレッドは少し深刻な表情をしてアップルに、このゲームの事で尋ねる。


「トラヴィスが言ってたんだけど、俺たちプレイヤーは囚人なんじゃないかって」

 その突拍子もないセリフに対し、アップルはあんぐり口を開けた。


「罪の記憶だけ消して、それをつぐなわせるために罰ゲームをさせてるんじゃないかってさ。その読みが本当なら、俺達がゲーム内で3回死んだあとに辿り着く先は、監獄の中で収容されてるかもしれないんだよな……?」


 彼女は呆れ返って、中腰になっているフレッドの頭を軽く叩く。

「じゃがな……その憶測だとダフネや灰賀も犯罪者という事になるのじゃぞ?」

「うぅ……たしかに」

「それにな……罪の意識というのはぬぐい去るものではない、背負い込むものなのじゃ。そもそも司法がそのような事を許すとは思えぬじゃろう?」


 完全に論破されたフレッドは、手頃なアンデッドを狩りレベルを21にあげる。

「なんじゃオヌシ、プロウライト3兄弟が使っておった武器で戦っておるのか?」


 現在フレッドが装備をしているのは、ダフネの戦利品で得た『スペード』。

 長男の武器は破壊され、次男はそのまま逃走を図ったため、3男の強化シャベルを再利用している。先ほどまで穴を掘るのにもコレを使用していた。


「普通の拳銃だと弱いアンデッドにしか効かないからさ、主用武器の代わりにコレを使ってみようかなと思って……。案外、シャベルも戦うのにも適しててイケるぞッ!」

「う~む……、希少価値クラスはコモンじゃが……欲しいものがあったら何でもワシに頼んでいいのじゃぞ?」


 フレッドの性格上、既に〈ヴァーミリオンバード〉というA+のアンデッド能力を貰っているため、それ以上は多くを望まない方針らしい。

 ダフネやトラヴィスのように、自力で敢闘けんとうするプレイヤーに遠慮しているのだ。


「そういやさ、ヴァーミリオンバードってやっぱ火の鳥のアンデッドなのか?」

〈ブレイジング・エンド〉の変型をした時に、その片鱗へきりんを覗かせていた。


「中国の伝承にある四聖獣『朱雀すざく』をモデルにしたアンデッドじゃな。ここだけの話、ゲーム内では未実装だったため、プログラムを変換してオヌシにインストールしたというわけじゃ」

「ていうことは、このゲームで俺だけが持っている能力か……」


 直情径行のフレッドには、馬鹿力を持つこのアンデッドとの相性は抜群だった。

 それは、フレッドを選んだアップルの目に間違いがなかった事に直結する。先日の戦闘を思い返すと、その素養が十分に理解してもらえると思う。


(バグの影響とはいえ、四聖獣の他の3匹の行方がわからぬのが痛手じゃな……)


 そこに、オーティスの町から戻ってきたトラヴィス・レイカーが姿を現す。

 濃霧とゾンビが混在する30キロメートルコースを往復し、わずか3時間たらずで帰還というマラソン選手顔負けの記録をあっさり叩き出した。

 しかしながら、彼の顔がとてもくもっているのが見受けられる。


「……オーティスの町はセーフティエリアの復元もしておらんかったのか?」

「バリアも……、プレイヤーも……人っ子ひとり居なかった…………」

 フレッドはかける言葉が見つからず、居たたまれなさに下をうつむく。


 ひとまず3人はダフネと合流するために、待ち合わせの場所へと向かう。


「……ゾンビ共め、好き勝手に荒らして行きおったなぁ……」

 町はNPC達が中心となって、破壊された建物や公共物を直していた。


「トラヴィスよ……オヌシにはこの町を守る戦士になってほしいのじゃ」


「……疫病神を住まわす事になるかもしれないがいいのか? それに……」

 そこで言い終わる前に、すかさずアップルは釘を刺す。


「現実世界では、オヌシは何もやましい事をしておらぬのじゃ……。そして、この『仮想世界』での在り様ありようは決して無駄な事ではないと断言しておくぞい」

 トラヴィスは心を見透かされた様な表情をし、その後フレッドの方に目をやる。

「そういう事らしいから……まぁ、いいんじゃないの?」


「死んだ仲間の居場所を特定するまでなら……、用心棒としてオレを雇ってくれ」


「うなされて寝言で名前を出しておったが、全員残機はあったのじゃな……?」

「ハーパーとマルコは初死、ジョンとデイヴィッドは1死だったはずなのだが」

 

 オーティスの町は地形に恵まれ、難易度もここに比べると低い方だったらしい。


 そこにひとりの民間人が街角でフレッドに話しかけてくる。

「あんた、コーディさんところの息子さんだろ? 君のお父さん、めでたく今日からここの町長に就任しゅうにんしたからな! 親子共々に期待してるよっ!」


「なにィー!? 大酒飲みの駄目オヤジが町長~!?」

「元々、親父殿が慣れ親しんだ町じゃしな、妥当なところじゃろうて」

 フレッドが活躍する中、裏方として地味に働いていたのだが割愛かつあいさせて頂く。


「おおまかな住民票も作成して、しっかりと町を管理していくみたいだから。昨日みたいな騒ぎの後で……、君の力に頼ってばかりで悪いんだけどさ……」

「は、はぁ…………」

  町の住人たちが一致団結している事には要領を得たが――、彼の場合は父親の件で、一口では言えない気持ちになっているのだろう。


「あっ……マップを確認すればわかる事じゃが、今日からこの町は『エリュトロス』という名前に変更しておいたのじゃ」

「何勝手なことしてくれてんだぁー! ここは俺の生まれた町なんだぞ!?」


「ギリシャ語で『赤』を意味する言葉じゃぞ! オシャレとは思わぬか?」


「エリュトロス……中々かっこいい響きじゃねーか、よしっ採用だッ!」

 熱い掌返しをみせ、両者ともが赤色をこよなく愛することを証明する。


「クッ……ハハハハッ…………!」

 うつ気味であったトラヴィスが二人のやり取りを見て、途端に笑い出す。


「キミ達の口げんかを見てると不思議と元気が出てくるよ……!」

 トラヴィスを気にかけていたフレッドとアップルは、互いに顔を合わせて苦笑いをする。彼の言う通り、この二人のやり取りは実に頬笑ほほえましい。



 仲良く話しながら3人がダフネの待つ喫茶店に入ろうとすると、今度は少年に話しかけられたフレッド。しかもこの子は、以前森の中を彷徨っていた所をフレッドに助けられた少年だ。

 

「保安官のお兄ちゃん! 僕らの町を守ってくれてありがとうッ!」


「おぉう、君か……昨日は大丈夫だったか?」

「うん……ちょっとゾンビに引っ掻かれたけど、……キズは浅かったから……」

 よく見ると、その少年は右手に包帯を巻いている。


「……コレ護身用に持ってきな。使う時はちゃんと母さんに許可を取るんだぞ?」

 フレッドはバックサイドホルスターから、グロック17を取り出し少年に渡す。

「僕も……お兄ちゃんみたいに……強くなれるかな?」

 

 フレッドが笑顔でうなずくと、少年は銃をズボンにしまい礼をして走り去った。

「一応言っておくが、あの子はNPCじゃぞ……?」

(それでもあの子の目は……英雄に憧れてた、子供の頃の俺と同じだったんだよ)


「俺もいつか……本当のヒーローになれるかなぁ?」

「ふふんっ……オヌシはもう立派なヒーローになっておるぞ、少々アホでドスケベなのが玉にきずじゃがなッ!」

 

 店先ではダフネが紅茶を飲んで、こちらにそっと手を振っていた――。


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