第26話 それぞれの思惑

 サンフランシスコ州の西海岸沿い――――。

 工事跡が残る空洞を抜け、周辺を警戒しながら移動する4人組の姿があった。


「ユキノ……? さっきアイツと何を話していたの?」

 フレッドの恋人のモニカが巨乳とツインテールを揺らしながらしゃべっている。


「シアンさんはきっと、私たちの仲間になってくれる方ですから……」


 生物化学研究所でフレッドと共に滞在していた、日本人の雪乃もモニカに同行しているようだ。その綺麗で黒く、ツヤツヤのミディアムヘアがそよ風になびく。


「ヤツはかなり強いし頼りになるぜ? 流石は元PMCのソルジャーって感じだ」

 黒人でフレッドの親友であるサミュエル。肩にはリュックと一緒に、レミントン社の散弾銃を背負っている。

 

 そして、その話題の渦中になっているシアンと呼ばれる美青年が、彼女たちから30メートル以上離れた背後からついていく。パッと見だと性別の区別がつかない程、中性的な顔立ちが特徴的の銀髪イギリス人だ。


 彼の名前はシアン・アシュレイ。腰にはロングナイフを携えており、耳には十字架のピアスも付けている。なによりも、そのツリ目はとても鋭い。

 実は〈寄宿者〉なのだが、雪乃以外にはその能力を秘密にしている立場だ。

 

 アンデッドのように変身するという事は、それだけで他人に誤解を招きかねない――。彼は人間をまるで信用せずに、この過酷な下界で40日間戦ってきたのだ。


 結論を言うと、彼らはこの世界がゲームで構成されている事に、まだ考えが及ばずに生存し続けている。セーフティエリアを見つけられずにゲームをプレイする事が、いかに大変かはこれまでの話で実感できるだろう。


 後方を不審に歩いているシアンに対し、たどたどしく歩み寄る雪乃は彼に話す。


「私たちとはぐれないように…………もう少し前を歩いてもらえませんか?」

「……勘違いするな、たまたま同じ方角に向かっているに過ぎない……」


 いかにもクールな台詞だが、すでに何度か雪乃たちを守るために戦っている。


 シアンのレベルはすでに45もあり、その戦闘力は不死物危険度B+のアンデッドすらも圧倒できるほどだ。しかしながらゲームと認識していないため、アビリティの装着をおこたっている不合理な状態なのだという。


「きゃあッ! ゾ、ゾンビの群れが……うじゃうじゃ公道でひしめき合ってるわ」

 モニカが抑え切れずに悲鳴を上げると、シアンはすぐさまナイフを取り出す。

「…………ったく、弱いくせに面倒な依頼を引き受けるな、日本人!」


 雪乃に小声で皮肉を言って、シアンは最前線まで足早に駆けつける。


 頼みごとというのは、研究所の博士から託されたUSBメモリを、別の研究所まで運ぶといった任務である。この研究データ……何を隠そうゲームをクリアするためには、必需品といっても差しつかえのない重要アイテムなのだ。


「私にとっては……研究データ以上にあなた自身がとても大切なのですよ。…………〈寄宿者〉…………シアン・アシュレイさん……」

 意味深な事を彼らに聞こえないように口走り、右手に持っている拳銃を構えた。

 

 そこに雪乃の後ろから、2体のゾンビが腕を無造作に振りながら襲ってくる。

「……銃声でまたゾンビが寄ってくるのも面倒ですからね……」

 

 彼女はその拳銃で対処する訳でもなく、突然に赤紫色の目から妖しく光を放つ。


「あギャアーッ!?」

 すると、双方のゾンビ達が取っ組み合いの争いを始め、互いに体の肉を噛み合うという珍現象が起こった。雪乃はその状景を目にしつつ、何かを思案している。


「可能ならばあと二人……、戦闘能力の高い〈寄宿者〉の仲間が欲しいところですね。…………このまま『青龍』と『白虎』だけでの攻略は難しそうですし……」


 謎の力を持つ美少女は、ただ2体のゾンビの死骸をさげすむ……――――。


*************************************



 ――――ネクロ・キメラの襲撃によりでた被害はこのようになる。


 死亡者37名(内NPC29名)、負傷者101名の事件となった今回の大騒動は、フレッド達の活躍で辛うじて切り抜けることが出来た。

 

――朝方、アップルは布団から飛び起きると冷蔵庫に一直線で漁りに行く。


「ぬっ? 親父殿ではないかっ、昨晩はちゃんと寝れたのかのぉ?」

 フレッドの父親コーディ・バーンズとアップルの異色な組み合わせである。

「あぁ……、嬢ちゃんは毎日そのカッコウで風邪ひかねぇのかい?」

 

 もっともらしい質問である。なにせ彼女は常におへそを出している衣服に加えて、ハイレグにニーソックスを着用している姿なのだから。

「この世界でバッドステータスは毒、スタン、火傷、恐慌、攻防速ダウンのみじゃ! ……いや空腹も大敵じゃったな…………ふぉっふぉっふぉっ!」


「…………そうか、よくわかんねーけど息子のことよろしく頼むぜ」

「うむっ!」

 コーディは町内会に呼ばれたため、寄合い場所まで出かけて行った。


「灰賀が死んだことは言っておいた方がいいかのぉ……? でもどうせ、今日復活するはずじゃし、まぁ問題なかろうッ!」

 たまに面倒くさがりになる事があるのがアップルの悪い癖である。


「さて、フレッドはどこで何をしておるかの…………?」

 リンゴジュースのボトルをラッパ飲みし、テレポート先を模索するアップル。

「いつもの南西の防壁付近じゃのうて、今朝は北に行っておるのか」


 そこはダフネとプロウライト3兄弟が死闘を繰り広げた場所であった。


 フレッドは赤銅色のシャベルで、地面に3メートル以上の穴を掘り広げている。

 それはまるで、バリアの幕の外側を『塹壕ざんごう』のような道沿いに開通していく。

「フーッ……独りでやる作業じゃねぇなコレ……」


「……オヌシ……何をやっておるのじゃ?」

 アップルが見下おろす様に穴の中にいるフレッドに質問をした。


「昨日みたいな事がまた起こらないとも限らないだろ? そのためだよ」


「じゃが……防壁の内側に作らんと、いざという時に役に立たぬのではないか?」


「アーッ……!」

 言っている傍からゾンビ達が塹壕に挟まり、真上にいたゾンビが穴の中のゾンビを踏んでごった返す。心なしか、フレッドと目が合ったゾンビは彼を嘲笑あざわらっている様に見える。

「ウオーッ…………りゃあ!!」

 勢いよくシャベルでゾンビ達に八つ当たりをし、そのまま土葬となった。


「死体って1週間くらいで消えるんだろ? 一応意味あるよねコレ……」

「毎日ここのゾンビの処理をすればの話じゃがな……」

 フレッドの3時間余りの作業は、あまり意味をなさなかったみたいだ。


 フレッドに哀れみを感じたアップルは、穴の中にそっと手を差し伸ばす。

「モニカにも……昔、俺が泥沼にはまった時にこうしてもらったっけ……」

 彼女に塹壕から引き上げてもらい、過去の思い出に浸るフレッド。


「オヌシの恋人……もしや、すでに寝取られとるやもしれぬぞ?」

「…………はぁ~?!? いやいや、無いってそんな事ッ!!」


「わからぬぞ……銀髪でツリ目のイケメンホスターにでも出会ってみよ。……骨抜きにされて、あんな事やこんな事を……いやーんッ!」

 いとおしさをオーバーリアクションで表現し、胸の鼓動が高まるアップルは小刻こきざみに腰をくねらせた。


 するとフレッドの顔が真っ青になり、その適当かつ的確な絵空事にうろたえる。

「俺まだモニカとヤッてないんだけどーッ!? ド畜生ォオオオオ!!!」


「大声でそのようなこと叫ぶでないッ! みっともないのぉ……」


 保安官フレッド・赤江あかご・バーンズ、彼はまだ童貞であった…………――――。



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