第25話 輝く夜空

 灰賀が殺された怒りとレッド・アセンションの相乗効果で、その拳の威力は何倍にも膨れ上がり、それが決め手の一撃となった。


「くたばりやがれ、ごった煮クソ野郎ォオオオオオーッ!!」

 全身の体重をのせたマッハパンチが5,6発クリーンヒットし相手は吹っ飛ぶ。


「むむッ、ヤツのライフゲージは残り1割を切ったのじゃ!!」


 フレッドはネクロ・キメラが追いやられた30メートル先まで、じっくりと時間をかけて歩く。頭が火照りながらも、その実しっかりとエネルギー残量をチェックしているからに他ならない。


 防壁があった町のすみの方では、ゾンビ達が横目で様子をうかがっている。

「ナゼ……!? オマエハ俺ヨリ……弱イハズッ……」


 フルパワーで殴打した影響か、白い怪物の上半身が人間らしさを取り戻す。

「……オマエガ……勝ツノハ……絶対ニオカシイ……!」

 ネクロ・キメラは背面から、触手のような10本の黒い手を解き放った。

 

 対するフレッドの右腕が甲殻でおおわれ、右手からは朱い炎が噴出される。

「俺がなんでお前に勝てるかって…………!?」

 スクワームハンズの能力による握撃あくげきが、フレッドの肉体に食い込んでいく。


「……テメェが俺を怒らせたからだろうがァアアアアアーッ!!!」


 ついにネクロ・キメラはその炎の剣で、容赦なく肩からバッサリ切断された。

「ウギャヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

 

「ヘッ……、ざまぁみろってんだ…………!」

「フレッド……見事じゃったぞ、ワシの期待に添えてくれて感謝するのじゃ」


 ネクロ・キメラの死骸は、ゲームのグラフィックにノイズが入ったように、ブレが生じて……しだいに泡のように消えていった。

「結局こいつの正体は何だったんだ……?」


「わからぬ……じゃがまだ、何か引っかかる事があるのは確かじゃの」

 死力を尽くしたフレッドはアップルにもたれ掛かって、そのまま彼女にひざ枕をしてもらう。


「俺の町は……今どうなってるんだ?」

「…………ゾンビ共がこっちに大量に向かってきておる」

 漁夫の利を得ようという、小賢しい考えがアンデッドにもあるのだろう。


 もうすぐ夜7時になろうかという時刻、あたりも暗くなってきている――――。


「フギュルルルルゥーッ!」

 長い舌をもち黄緑の肌色をした、人型のアンデッドがフレッド達に近づく。


「ゴートサッカーか……、ネクロ・キメラが能力のひとつとして使っておったアンデッドじゃな。ちなみに、この怪物のモチーフは『チュパカブラ』なのじゃ……」


「ナビゲーター……、お前は巻き込まれないうちに早く瞬間移動しろ……!」


 フレッドにはもはや奮起する気力さえも残っていなかった――。それを察してか、アップルは嘆息たんそくして自らの使命をまっとうした事を悟る。


「ワシはオヌシの相棒じゃぞ? 生きるも死ぬも一蓮托生いちれんたくしょうじゃわい。小僧を置いてきぼりにして……ケツをまくって逃げるわけにはいかぬのじゃ!」

 アップルは強がりを言い、フレッドの頭を触り優しい顔を浮かべる。


「アップル……、うグッ……!?」


「ワシは所詮データ生命体……。とばっちりで死んだとしても、別のナビーゲーターがオヌシをサポートしてくれようぞ…………だから悔いはないのじゃ!」


(クソォ……俺は……オマエじゃなきゃ、嫌なんだよぉ…………!)


 血に飢えたゴートサッカーはその腕に仕込んである銀の刃を振りかざす。

「ド畜生---------ッ……!!」

 あわやアップルの体に凶刃が刺さる寸前で、何者かが妨害し九死に一生を得る。


「おぉ、トラヴィスではないかッ……!」

 なんと、助っ人で来たのは休息をとっていた剣術の達人、トラヴィスであった。

 

 青いジャケットに濃紺色の髪が素敵なナイスガイは、日本刀でかすみの構えをとる。

「ここをオーティスの二の舞にはさせないぞ、化け物共めッ!!」

 病み上がりで本調子では無いとはいえ、これほど頼もしい味方はいないだろう。

 

「ハァー……セイヤッ!」

 上段構えから中段に切り替えて、素早い斬撃で敵の眼球を潰す。

「ボグェえああああぁーッ!?」

 彼は不死物危険度B-の怪物を相手にしても、全く引けを取らない強さである。 


 しかし、続々と湧いて攻めてくるゾンビに対応するには限界があった。


「〈ヴァリアント〉、ヘリックス・ロッド!!」

 ツルの鞭は十数体のゾンビ達を払いのけ、強引に突破口を切り拓く。

「おぉ、ダフネも助けに来てくれたのじゃ!」


「遅れて申し訳ございませんッ……フレッドさん! アップルさん!」


 ここまで4キロメートルを急いで走り、駆け付けてくれたダフネ。

 トラヴィスもゴートサッカーをなんとか切り伏せるが、まだ精神的疲労が癒えていない。またダフネも、プロウライト兄弟戦でのダメージが抜けていないはずだ。


 そこにヘルバウンサーとヘルハウンド10匹が獲物を狙うかのように、フレッド達の背後に回り込んでいた。つまりは前門のゾンビ、後門の狂犬である。

「ゾンビ共……俺たちの町から……、出ていけェエエエーッ!!」


 左右にいるダフネとトラヴィスの中央でフレッドがよろめきながら立ち上がる。



――――突如とつじょ、天から長雲を穿うがち……町のちょうど真ん中に光の御柱が出現した。


「この既視感は……アップルと初めて会った時と同じ……?」

 目が洗われる思いとともに、フレッドは彼女と巡り合った時を連想する。

「上空を見てください、ガラスみたいに輝いていますわ!」

「こッ、これは…………まさしく奇跡だ……!!」


 それまで忽然こつぜんと無くなっていたバリアの幕が、新たに町を円状に囲い始めた。

「セーフティエリアが復元されたのじゃ……」


 すると辺り一面で暴れていた、ゾンビたちを含むアンデッド・クリーチャー全てが粒子のように分散されていく。 透明な防壁が再展開されたことにより、不死者達が強制的に排除させられたととらえるべきだろう。


「ハッ………ハハハッ、この町を守り切ったぜッ…………!」

 思わず力が抜け、もう一度地面にへたばって尻モチをつくフレッド。

「……大丈夫ですか、フレッドさん!?」

 心配して声をかけてくれるダフネ、その物柔らかな仕草は天使のように温かい。


「倒したんだな? あのバンダナの大男を……」

 オーティスの町を失ったトラヴィスにとって感慨深いこの現象を場景に、負傷したフレッドに問いだす。それに応えるようにフレッドは握りコブシを自分の胸元に突きだし、口幅を大きく広げて笑う。


「出来ればオレがこの手で倒したかったんだがな……。でも一応お礼は言っておくよ、ありがとうッ……保安官」

 ふたりは互いに拳をぶつけ合って健闘を称え合う。

「今はもう遅い……、復興作業は夜が明けてからじゃなぁ……」


「オレは念のため……バリアの境界線を見張りに行ってこよう」

「わたくしは負傷者を看護してまいりますわ!」

 ダフネとトラヴィスはそれぞれ戦後処理のため、息つくひまもなく行動に移す。


 ポツンと残されたフレッドとアップルは死臭の漂う戦地跡せんちあとで並んで座っていた。 


「ハイガさんは……リスポーンして生き返ってこれるのか?」

「たしか今回の死亡で2回目だからの、次がラストコンテニューになるのじゃ」


「……そっかー、ヘタを打った俺を庇ったせいであんな事になったからな……」

 勝利の余韻よいんと被害者への気の毒な思いが、彼の心に戸惑とまどいを感じさせる。


「灰賀の大和魂も見事だったのじゃ、オヌシもさらに精進せよッ」


「俺がいつかこんなクソゲ―……、クリアしてやっからよォ!!」



 未だこのゲームの全容を語ったわけではない……――――そう、言うならばこれはまだチュートリアルの終了に過ぎないのだ。それでも尚、プレイの続投を臨むとあらば致し方のないこと。


 本作〈FOG BLAZEーフォッグブレイズー〉は体感型のVRMMOゲーム。いずれ必ず、このゲームの『真の目的』についてを明かす時が来るでしょう。

 それまでは、あなたもプレイヤーの1人として参加して頂きたく存じます。

 

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