第22話 ネクロ・キメラ討伐戦Ⅰ

 戦場となってしまったフレッドの町はアンデッドと人間の死体が散らばり、生か死すら分からない謎の巨躯によって、肉片と残骸が無情にも棄てられていた。


「見よ……あれがワシ達の標的の姿じゃ……」

 フレッドはアップルから渡された双眼鏡で、約500メートル先でアンデッドとの戦闘を行っているバンダナの大男を覗き見する。


「動物の顔が……ゴリラやトカゲ…………鳥の翼まで生えて……、身体と一体になってクリーチャーそのものになってやがる……!?」


 白いバンダナからは獅子のようなたてがみを生やし、上半身は白い剛毛と猛禽類もうきんるいの羽が逆立ち、トカゲの尻尾がズボンから出ていた。それはまるで合成されたかの様に、複数のアンデッド達が入り混じり、おぞましい怪物へと変貌を遂げていた。


「法則として〈ヴァリアント〉という能力はじゃな……、手足や背中から1部分だけを変身させる様にできておる。逆に言うと、人の原型をほとんど保ったまま戦うのが〈寄宿者〉という類いなのじゃ」


「あいつがもう反則まがいのデタラメ野郎ってのは理解できるぜ……」

 

 アップルはリーディング能力で敵のステータスを解読し始める。

「ヤツと直に戦ったトラヴィスが言っておった……、ヤツの保有する寄生虫の能力は4匹までは見定めた……と」

「どうしたんだアップルッ!?」


「少なくとも、今のあの怪物が宿している虫の数は12匹以上じゃ……!」

 まさに、逸脱いつだつした敵を相手にしなくてはならない状況に追い込まれていた。


「今よりヤツを〈死の合成獣ネクロ・キメラ〉と呼称するのじゃ! 準備はよいなッ!?」

「オッケー……! もうこっちから出向くしかなさそうだもんな」


「インビジブル・カーテンは移動中に使えぬからな、運を天に任せるのじゃ!」

 フレッドとアップルは覚悟を決める。この作戦の失敗は即、そのまま自らの墓穴を掘る危険をはらむ……――。


「行くぞォ! アップルーーーーーッ!!」 


 アップルに背を向け腰を下げて両手を差し出す。彼女をおぶって走る算段だ。

「現在、ネクロ・キメラのレベルは39! オヌシとのレベル差は19……これ以上ヤツが強くなれば手に負えなくなるのじゃ!!」

 

 敵との間合いを詰めるために、一気にあぜ道を駆け抜ける。


 寄生虫を体内に宿すと、〈寄宿者〉のパラメーターが10倍にアップする効果は、2匹目以降では重複しない。だがネクロ・キメラは『アクテュブ・スキル』を寄生虫の数だけ、それも同時に2種類を発動できる能力を有している。

 

 つまり、フレッドの初手でほとんど勝負を決すると言っても過言ではないのだ。


 敵を目視できる領域まで近づき、移動中のフレッドに緊迫感が漂う。

「これは好都合じゃ! ネクロ・キメラはアンデッドの相手で手一杯で、こちらにはまだ気づいておらぬ!!」

「この〈ヴァリアント〉の射程はたしか最大30メートルだったな……」


 新必殺技の〈ブレイジング・エンド〉はエネルギーゲージを全て消費する、ほとんど博打に近い必殺技だ。ただし、その破壊力はレベル差をものともしないほど、絶大なダメージを与えることが出来る。


「ワシの合図とともに放つのじゃぞ! チャンスは一回こっきりじゃ!!」

「わかってるよッ! タイミングはお前に任せるぜアップル!!」

(ぶっつけ本番だが……やるしかねェ!!)


 残り100メートル付近……ゾンビが数体フレッドの進行を妨げようとする。

「どけェ!!」 「邪魔なのじゃ!」

 ゾンビに片足を掴まれ前のめりにコケそうになるが、何とか体勢を元に戻す。


 あと80メートルに差し掛かった所で、アップルがネクロ・キメラのレベルがまたもや1つ上がったことを確認した。

「これでちょうど……ダブルスコアというわけじゃな……」

 レベル40のネクロ・キメラに対し……、レベル20の“朱炎の保安官”フレッドは強い意思を以って、凶敵に挑む。


――――相手との距離がついに50メートルにまで縮まる。


「何ダ……アイツハ…………?」

「……見つかったぞ!? クッソ!!」


 ネクロ・キメラは右手を赤い狂犬の顔に〈ヴァリアント〉し、対処する構えだ。

「あれは……!? しめたッ、不死物危険度Cの〈ヘルバウンサー〉か!!」


 フレッドがようやく必殺技の射程に着いた、その瞬間に――――、ネクロ・キメラは勢いよくファイヤー・ボールを打ち出した。

「勝機じゃ!! そこからでかまわぬッ、ブチかませフレッドッ!!」


 フレッドは右手をネクロ・キメラに向け、左手は右腕をガッチリと抑えた。


 すると、彼の右腕から朱い羽根が生え、金色の甲手と共に硬化していく。


「〈ヴァリアント〉、ブレイジング・エンドォオオオオオオオオーッ!!!」


 彼が放った業火は……、地獄の番犬が吐いた火球をいともたやすく飲み込む。

「ナッ、何……!? ギャァァァァァアアアアアアーッ?!?」

 

 効果範囲10メートルのちょうど中央で、明らかに油断していたネクロ・キメラにすさまじく直撃したのだ。

「やったのじゃ! さしもの化け物もひとたまりもないじゃろうて!!」

  

 高威力の焔の衝撃で爆煙が大きく立ち昇る……――――。



 一方、ダフネはプロウライト3兄弟の猛攻を防ぐので精一杯であった。


「ハァ……ハァ……このまま体力を、削りすぎては……ッ!」

 フレッドのもとへ急援に向かいたいという本能にうながされ、ダフネは焦燥しょうそうする。


〈寄宿者〉は負傷した箇所を、人間の数千倍にも高めた回復速度で治すが、体力までは無尽蔵というわけにはいかない。しかもダフネは長丁場で戦い抜くことに関しては慣れていなかった。


 3兄弟の長兄メイナードはダフネが深手を負った脇腹を執拗しつように狙う。

「なるほど……確かに変ですわね。たかが寄生虫が蝕むだけの死体であるはずが……このように頭を使って連携れんけいし、弱点をいてくるなんて……」

 

 プロウライト3兄弟は一言もしゃべらない……、何があっても話さない。ただただ無機質にシャベルを振り回すだけの殺人マシーンと変わりはしないのだ。

「土を掘る能力を持ってるのに付け加えて、シャベルを武器にするなんて……いかにも『ゲームキャラクター』って感じがしますわね……?」


 それでもダフネは語りかける。しかし、その言葉は目の前の敵に対してではなく、プレイヤー側に近い立場の人間に向けたメッセージの様に聞こえた。


 なおいっそうメイナードの動きが機敏になり、今度は背後で出番を待ち構えていた、三男のメレディスが地中に潜り出す。

「やはり……そういう事でしたか」


 敵の策略を見抜いたダフネは、誰もいなくなったはずの後ろを振り返る。

「ひとりが地面を掘れば、残りのふたりは前方から攻撃を仕掛けてくるはず……」


―――突然にヒューズが飛び、電化製品の故障音がダフネの近辺に響く。


「にもかかわらず、なぜ背後からずっと視線を感じていたのか……それが答えですわ」

 ダフネは以前見せた〈ファンフロンド・ダート〉を密かに投げつけていた。


 その的になったターゲットは、なんと先程まで透明化して隠れていたドローン。

 

 さらに地中からのメレディスの攻撃をカウンターで、その眉間にレイピアで刺突をする。あとの二人はダフネの発する威圧感に逆らえず、後方に下がっていた。


「監視カメラが壊されてタイミングがズレたみたいですね、黒幕さん」


 ここにきて起死回生の一手を打てたのは、天性とも言うべきダフネの勘が冴えわたったからなのだろう。

「ヒントをくれたアップルさんに感謝をしますわ……。ですが、フレッドさんは私が略奪愛でいただく予定なので、彼女には恩を仇で返すことになりそうですね!」

 

 恋は盲目とまではいかないが……、どうやらアップルをフレッドの彼女と勘違いしているようである――――。

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