第17話 オーティスの惨劇・前編

――――霧の中の夜明け、快適とはいえないが悪くはない早朝だ。


 雨が減ると森の呼吸のおかげで、湿度は抑えられるせいもあるのだろう。


 「よっしゃー! 新しい『アクティブ・スキル』覚えたぞォ!!」

 辺り一面に様々なアンデッドが死屍累々ししるいるいと横たわっている……。


 このゲームの仕様上、倒された敵の死骸はすぐには消滅しない。7日以上は現場で、オブジェクトとしてリアルに残留してしまうのだ。

 もしかするとプレイヤーの中には、この世界が未だゲームの中だとは気づかずに、存命している者もいるのかもしれない。


 「レベルも上がったし、服は返り血だらけだし、家に帰るべぇー!」


 フレッドは意気揚々いきようようとナチュラルハイのまま自分の家に凱帰がいきする。

「よぉアップル! 今朝もケツでけぇな、オイッ!」


 アップルはフレッドの部屋にあった健康器具で懸垂をしていた。

「なんじゃオヌシ、リンゴのようにTシャツが真っ赤じゃな」

 彼の身なりはアンデッドとの戦闘の末、ぼろ雑巾のようにズタボロだった。


 すると机の上に新品の保安官の制服が置かれていることに気づく。

「おっ……ちゃんと新調してくれたのか!」

思わず激戦で汚れた服を脱ぎすて、その制服に着替えるフレッド。

「まずは風呂に入らぬか、ばっちぃのぉ……」


 フレッドはポーズを適当に決め、アップルの用意してくれた服に満足する。

「一応、その服は公式のアバターを変換したものじゃぞ。能力付加で防御力+55に耐火付きのエピッククラスにしておいたぞい」

「マジで!? じゃあこれからは自動修復してくれるのか、いいねぇー」


 武器やアイテムにはフリー、コモン、レア、エピック、レジェンドの5段階で希少価値クラスが設定されている。ほとんどの普段着はフリーに分類され、これらは使い捨て扱いで能力付加は一切ない。


「先に灰賀のグレイズ・ハルベルトをレジェンドクラスに生成して力を使ったからのぉ……。オヌシのは少し格が落ちるが、我慢するのじゃぞ?」

「俺は基本的に年上は敬うからな、ハイガさんのためなら仕方ないなぁ」

「父親には今でも反抗期、真っ只中のくせしてよく言うわい……!」

「ぐぬぬ……、反論できねぇ」


 上手く言いくるめたアップルは、フレッドへの質問の内容を変える。

「ダフネの様子はどうだったのじゃ? どこか悪い所はなかったかのぉ」

「えアッ!? ああ……ダフネちゃんね、うん。元気だったと……思うよ?」


 明らかにギクシャクした態度を取り、アップルに不審がられてしまう。


「そ、そういえばさっきレベル20の大台にいったぜ! あと新必殺技も習得したぞッ、スキル名は〈ブレイジング・エンド〉だってさ……絶対強いやつだぞコレ」

 結局は、邪推じゃすいされる前にゲーム関係の話題でお茶をにごす。


「ふむっ、このゲーム中トップクラスの破壊力を持つスキルなのは……間違いないじゃろうなぁ……」

「へっへっへ……頑張ったかいがあった……ぜ」

 するとフレッドはベッドに倒れ込み、そのまま大きな寝息をたてる。


「……どうやら力尽きて熟睡しておるようじゃな……」

「ぐぅーーーーーかーーーーースピーーーー…………」

 アップルはベッドの毛布を、そっと睡眠中のフレッドに掛け直す。


「そろそろ灰賀にも強力な寄生虫を探してやらぬといかんな……。出来ればタンク役をこなせる防御系の〈ヴァリアント〉持ちがいいかのぉ……」


 時機をうかがう美少女ナビゲーター……、ただ堅実に作戦を練っていた。  


*************************************


 時は少しさかのぼり、フレッドとダフネが共闘していた前日の昼ごろ――。



 そこはフレッドの町から30Kmほど離れた場所のオーティスという町。


 西洋風の古い民家や平屋が並び、ハンバーガーショップや雑貨店が住宅街に混ざる平穏な町――――、のはずだった……。


「嘘だろ……なんで防壁が無くなってるんだッ!?」

 ついさっきまでオーティスを覆っていたバリアの球体が消えていく……。


「どうするんだッ、トラヴィス!?」

 そこには日本刀を持ち青いジャケットを着た青年がその場を仕切り、4人の仲間を引き連れていた。どうやらトラヴィスと呼ばれた人物が、この町のリーダー格のようである。 


「住人には家から出ないように警告しておくんだ! ゾンビ共は知能が総じて低い、戸締りをしておけば、そう簡単には侵入されないはずだ!」

 4人が輪になってトラヴィスの意見に耳をかたむける。


「ジョンとハーパーは東の入口付近を封鎖、マルコとデイヴィッドは西を頼む!」

 この町はフレッドの滞在する町と違い、念のために見張り台の設置やバリケード等の武装化が施されていた。


「オレは正面から向かってくる敵を迎撃するッ! キミたちは状況確認をしてから、もう一度この中央広場に集まってくれ!」

 トラヴィスはこの緊急事態に対処できるように、それぞれ的確に指示を出す。


「万が一ゾンビ共が大群で押し寄せてきたときは、丘のふもとにある教会を第2避難所とする!!」

 トラヴィス達の後方は険しい崖でおおわれており、その崖下のすぐそばには、荘厳そうごんな石造りの教会が建っていた。

「よしッ、あのダンプカーで道を塞いじまおう!」

「私たちも急ぐわよ!!」


 素早く4人は散開し、トラヴィスは鞘から刀を抜き臨戦態勢に入る。


 霧にうっすら隠れている大量の影像に、ほんの少しだけ日光が射す。

――――ウォーキング・デッド…………ゾンビたちの襲来だ。


 町を守護するバリアが消えれば、ゾンビ達が一気になだれ込んでくるのは必定。

「クソォ……こんなゲームの中に放り込まれて、しかもバグだらけときたもんだ」

 対ゾンビに日本刀を使うには切れ味よりもまず、頑丈でなければならない。


 そして、何よりも使い手の技量がモノを言うのだという――。


「フッ……、セェイァーッ!!」

 上段の構えから頭部に1撃、切り返しにもう1撃入れ、スムーズに半歩退く。

 日本刀の極意……、それは切り口を『引く』ことが寛容なのだ。

 さらに斬るという動作は肩を中心とした弧を描き、反りが入ることで完成する。


 トラヴィスの日本刀は、アンデッドを斬り伏せるために作られたレア装備。

 その名も妖刀〈鬼霍嵐‐キカクラン‐〉。攻撃力+36、エネルギー+12の業物である。 


 鬼霍嵐は妖しい光を放ち、襲い来るゾンビを次々に切り刻んでいく。

「でやァアアアッ!!!」

 トラヴィスは肉を裂き、骨を割り、ゆうに84体のゾンビがその屍を晒す。

「ぐぎゃアーッ!」 「ぶッシャあぁ!!」


 そこにジョンとハーパーが肩で息をしながら駆け付けた。

「こっちは素手でぶちのめしたぜ、雑魚ゾンビに拳銃を使う必要ないしなッ!」

 ゾンビは音に集まってくる習性もあるので、下手に発砲するのは危険である。


「トラヴィス……? デイヴィッド達なら心配いらないわよっ」

 しかし西の方角から、尋常ならざる気配を察知するトラヴィス。


「マズいなッ…………、こいつは敵意をむき出しにしているみたいだ。しかもオレ達より格上かもしれん…………!」

「…………!?」 「アンデッドなの?」


 ちなみに彼ら5人は〈寄宿者〉で、平均レベルは30以上に達している――。

「こっちに来るぞ……! 二人とも油断をするなよッ!!」 


 トラヴィス達に迫る謎の敵、不穏な空気がオーティス全体を包み込む……。

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