第16話 ダフネの告白・後編

 深夜0時をちょうど過ぎた頃、ダフネの屋敷で客室をひと部屋借りることになったフレッドは、2階のラウンジで独りワインを飲んでいた――。


「なんで俺の場合だけ値引きしないんだよ、この腐れ商人は……」

 フレッドの正面には3人掛けソファでゆったりと熟睡するNPCの商人が居る。

「でも執事やメイドも〈ジェネP〉で買えるなんてなぁ、やばいよなぁコレ」


 彼が口に含んでいるは赤ワインの女王様とも呼ばれているボルトー。それは言葉で表現するなら、凝縮された濃厚な味わい。

「まぁ、目当てのモノは買えたから良しとするかな……」

 少しだけ見え隠れする月に、手に持っている3センチほどの物体を照らした。


「まだご就寝されてなかったのですね、フレッドさん…………」

 そこに洋風のセクシーな寝間着姿で登場するダフネ。


「いやー、寝付けなくってさ……1杯やってから眠ろうと思って」

 チャームポイントであるウサ耳は今は外しているようだ。


「わたくしのシェフの料理はお口に合いましたかしら?」

「牛肉のソテーであれだけ旨いのは、今まで食ったことなかったよ! ゴチになりましたッ」

 相も変わらずフレッドの焦点は彼女の魅惑的な胸元に集中していた。


「アップルさんにも今度改めて、お礼を差し上げたいのですが……。何せわたくしの命の恩人ですから、あとハルベルトを持ってらした東洋人の…………」

「アキト・ハイガさんだね、ちなみに日本人だよ」


 ダフネはフレッドの真横までゆっくりと来て、そして彼にお伺いを立てる。

「お隣に座ってもよろしいでしょうか?」

「えっ……!? どうぞ、どうぞ」


 おしとやかなダフネの身体からは、バラやスミレの花のアロマをほのかに漂わせていた。それはまさしく、イギリス王室御用達ブランドの高級香水の匂い。

(やばい……こんな美人に接近されたら、俺のナニが限界突破してしまう……!〉


「わたくしはフェンシング一筋で生きてきました……。大学に入学しても、ほとんど知人を作らずに、ただ無我夢中に打ち込みましたわ」

「大変だったんだね……」

「競技大会で勝ち抜くためには仕方がありません……」

 儚げな表情を浮かべ、ダフネは両手を自分のヒザの上あたりに重ねる。


「好意をもって接してくる異性の方も沢山いましたが、丁重にお断りしましたわ」

「やっぱモテてたのかぁー……、高嶺たかねの花ってヤツだなぁ」

「わたくしに言い寄ってくるのは、見た見だけを着飾った軟派な男の人ばかりでしたからね……」


 高ぶる気持ちを抑えて、ひと呼吸したダフネはフレッドを一心に見つめた。

「…………あなたを除いては……」


(ん…………?)


「正気に戻れと言って頂いた、あの台詞はわたくしの耳にはっきりと届きました」


(あれっ、この流れはまさか……? いやいや無いってこんなゲームみたいな展開)


「……あなたのことを……おしたい申しております。フレッド・バーンズ」


(ていうかゲームの中だったコレーッ!!!)


 あまりに唐突な出来事に思考が停止し、体が動かなくなってしまったフレッド。

「フレッド……さん?」

 そしてレスポンスを拒絶するフレッドのせいで、3分間も膠着こうちゃく状態が続く――。


 そこは死人のうめき声も絶えた沈黙の中で、空想的な二人っきりの夜のしじま。


 ダフネの吐息が静止するフレッドにかかり、徐々に密着してくる、彼女の大らかな乳房も彼に当たり始めた。さしものフレッドも我に返り、一所懸命にアプローチしてくるダフネと間隔をおく。


「そう言ってもらえて凄く嬉しいけど……ごめん……俺、彼女がいるんだ」

 フレッドは止む無く本音を切り出し、彼女の恋心を謝絶する。


「そうでしたか……わたくしこそ急に告白してしまいスイマセン……」

 ダフネは寂しそうに唇を噛みしめ、ふいにフレッドから目をそらす。


「オッ、俺今日はもう帰るわ! またメシ御馳走になりに来るからさ。じゃあ!」

「おやすみなさいませ……」

 そう言うと彼は広い廊下を全力ダッシュで走り去っていった。

「……真正直なお方ですね、…………ますます惚れてしまいましたわ!」


 ダフネは泣いてしまいそうな自分の気持ちを奮い立たせて彼を見送る。


「見事に振られましたな! ……う~ひっく……」

 いつの間にか起きていたNPCの商人は、空気を読まずに語りかけた。

「あんなヘタレ男より、おっとっと……オイラと付き合わないハニー?」


  無慈悲にも傷心中のダフネにとっては泣きっ面にハチのようだ。

「フッ……フフフ、あなたも早く出ていきなさ――――――一いッ!」

「ほげぇぇぇぇぇェエーッ!!」


 商人は2階のラウンジから裏庭まで彼女に投げ飛ばされてしまった。



 フレッドは脇目も振らずに暗がりの町中を走り続けている……――――。

「モニカァアアアアアアアアアアーッ!!」


 フレッドの彼女のフルネームはモニカ・マッキンタイア、生粋のアメリカ人で17歳のハイスクールガールだ。褐色肌に淡黄色のツインテールでグラマーな女の子。

 ふたりが出会ったのはフレッドが保安官になる前のことであった。


 「俺とサミュエルで悪漢達をやっつけたんだよな……。モニカはあいつ等のせいで男性恐怖症になって、口説くのもひと苦労だったなぁ」

 最終的には日本式ジャンピング土下座で何とか付き合ってもらえたらしい。


 フレッドがまっしぐらに行き着く先は、バリアの幕が張ってある境界線だった。

「ゾンビの姿が見えないと思ったら……テメェがいやがったか!」


 透明の防壁越しにフレッドと向かい合っているのは天敵のマンイーター。

 この化け物の習性は人間もゾンビも見境なく食べてしまうということ。つまりは、マンイーターの周辺には本質的にアンデッドが寄り付かない特徴がある。


「今の俺はな……ふがいない自分に対して、腹立たしくて仕方ないんだ!!」


 バリアをすり抜け先制攻撃を仕掛ける、すこぶる熱血漢のフレッド。

「ゴッフ! グォーーオッ!!」

「うるぁあああああアーッ!!」


 互いの拳が交錯し、力負けしたマンイーターの巨体が後方にぶっ飛ぶ。

 さらに起き上がろうとするマンイーターにマウントポジションを取り、鉄拳による連打攻撃を浴びせる。それは激しく――、とても大雑把で、どこか子供の喧嘩を彷彿ほうふつとさせる……。遠巻きにして眺めるとそんな印象が残った。


「チィッ!! 暴れるんじゃねぇーよ、コイツ!」

 フレッドはマンイーターの〈カウンター・ナックル〉で反撃を喰らい、2,3歩のけぞるが右足で踏ん張りを利かす。

「やっぱ必殺技を使わないと、なかなか死なねーよなぁお前らはよォ!」


 化け物のもつ長い金髪をわしづかみし、手刀でその土手っ腹に風穴をあけた。

「ふぅ、やっとくたばりやがったか。スキル温存しながら戦う術も学ばないとな」


 周囲の警戒をおこたわらわず、フレッドは精神を研ぎすます。すると、ひとつの物体が茂みの中で一瞬動いたように思えた。それは周辺の大きな雑草に完璧に溶け込んでおり、そう容易たやすくは識別できない。


「この感覚……初めて戦った〈寄宿者〉と対峙した時と同じだな……」

 とすると、まだ視認をできていないアンデッドの正体は〈レパードカメレオン〉という事になる。初見の相手ではあるが防壁の間近という事もあり、ヒット&アウェイをできる有利な状況であるフレッド。


「今日はレベル20に上がるまで家に帰らないって決めてるんでねッ!」

 ただ無策で前に出るフレッドの右腕には真っ赤な炎が宿る……、まどろっこしい事が大の苦手なのが彼の欠点であり長所でもあるのだ。

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