第15話 ダフネの告白・前編

 外食からの帰り途中、林で連なったトンネルのような並木道を通る。フレッド、アップル、灰賀の3人は帰宅間際で、ちょっとしたハプニングに出くわす。


「これは……ひどいな……」

 食料店の周辺に残飯らしきものが、散々な有様で吐き捨てられていた。

「モノが溢れかえっているせいじゃ……、人間の浅ましさを物語っておる」


 そこに2,3人の人間が集まって掃除を始める。NPCには思考回路に刷り込みがされており、一般人AIの行動理念はプレイヤーのフォロワーとなることを重点的に設定されているらしい。

 つまり喧嘩に発展する場合、ほぼプレイヤー側同士のいざこざというわけになる。


「自分も……手伝ってくる……」

 灰賀は傍観していられず、ゴミ袋を手に持って、後片付あとかたづけに混ざる。

「仕方ないな……俺もやるかっ」


 しかし決心したフレッドの腕を掴み、アップルがある訴えをする。

「フレッドよ……、腰が限界でもう動けん……!」

「何ィ!? チートの反動まだ引きずってるのかよ!」


 ふたりは灰賀に一言断ってから、フレッドがアップルをおんぶする事になった。


「ほれっ、我が家に着いたぞ……さっさと降りろ」

「うごごッ、2階まで連れて行くのじゃ……」

 かったるそうにフレッドは弱っている彼女を自室まで運ぶ。


「本当におばあちゃんと大差ないぞ、今のお前」

 布団の上で腰をさすり、うなだれるアップルをまじまじと見下ろす。

「ちょっとマッサージをしてくれぬか……頼むのじゃ、小僧」


「へいへい……じゃあ、お客様失礼しますよ」


 うつ伏せ状態のアップルにまたがり、両手を腰あたりにおいて体重をかけてマッサージ。 ちょうどよい塩梅あんばいに力を入れて筋肉の緊張をほぐす。

「あぁ……気持ちいいのじゃあ、はふんっ、たまらんのぉ……」


 今度は首の付け根を円を描くようにほぐし、次に両肩を手のひらでグイグイと押し付ける。念入りにフレッドはアップルに指圧マッサージをほどこし、肩こりを解消させていく。

「ぬふぅ……おぉそこじゃ、これは効くのぉ……あぁん」


〈ここはやはり……アソコもほぐしてあげた方がいいよな……?)


 フレッドは露骨に卑猥ひわいな手つきになり、その狙いを彼女のプリケツに定めた。

「いやぁ~お客様、なかなかのモチ肌ですねー……」

 そして、可愛らしい丸みとボリュームのあるアップルのお尻をそっとつっつく。


「んっ……ど、どこを触っておる……?」

 さらには彼女におかまいなしに、手の平でいやらしく舐め回すように撫でる。

「あんっ……あァンッ! やめるのじゃっ……んあっ!!」

 常軌を逸した目をして、このままでは納まりがつかない…………――。


「この変態保安官がーーーーーーーッ!!」

 アップルのトーキックがフレッドの急所めがけて強烈にヒットした。

「うぐぉおおお!? お、俺は一体何を……?」

 自分を取り戻したフレッドは、股間を押さえながら身もだえする。


「……ワシにエッチな事を強行するつもりじゃったな?」

「いや違うんですよアップルさん……、手が勝手に……」

 弁解の余地は皆無と言っていいだろう。


 1分間往復ビンタを繰り返しお見舞いされ、フレッドの顔は腫れあがっていた。

「けっこう前から不思議に思ってたんだけど……ゲームなのに痛みが普通に感じられるのはいかがなものだろうか?」

「痛覚は大分緩和されとるようじゃぞ、夢でも寝違えたりしたら苦しいじゃろ? まぁそんなのと同じ体感じゃな」


 本作においてはバーチャルな感覚に制限を付けて、〈ペインカット・システム〉なる神経に痛みを感じなくさせる技術が施されている。これによりゲーム内のダメージで、本体の死亡が起こり得る事はないのである。


 疲れ果てたアップルは掛布団にくるまり、就寝前にフレッドに入れ知恵をする。

「通貨に関してじゃがな、一応ゲーム内専用で使う金は存在するのじゃ」

「えッ……! マジでか!?」


「セーフティエリアがある町には公式によるNPCの商人が必ず一人はおる。そやつを探せばこのゲームの攻略に役立つ、武具やアイテムが手に入る寸法じゃ」


 フレッドは町で買い出しするために、急いで身支度をし着替えを済ませる。

「じゃあ、ちょっと買い物に行ってくるわー」

「無駄遣いはひかえるのじゃぞ、フレッド!」


 このゲームにおける通貨の単位はジェネティックポイント、略称を〈ジェネP〉となっている。アンデッドを倒すことによってポイントが加算され、イベント等の強いアンデッドを討伐することで、より一層高価な物品と取引する事が可能だ。


「ポイント制だからサイフ持たなくて済むのは便利だなぁ……」

 アップルからもらった地図を確認しながら、目印の場所へ向かう。

「この辺りなんだけどな~、怪しいおっさんいないかなー?」


 集合住宅の狭い裏路地を少し抜けたところで、場違いなお城が目に映った。

「おいおい……こんな建物、俺が現実世界にいた時は無かったぞ!?」


 それは英国のゴシック様式を思わせる建造物で、全体は東京ドームとほぼ同じ広さの約5万平方メートルの敷地面積を有していた。

「おやっ……貴方は先ほどお嬢様とご一緒にいた……」

「あっ……さっきの執事さん!」


 豪華な城門の前でダフネを送り迎えした“バトラー”と再会するフレッド。

「もしかして、お嬢様のお見舞いにお越しいただいたのでしょうか?」

「えっ!? ダフネちゃんはやばい怪我でもしてたんですか?」

「いえ……気分が優れないらしく寝室で安静にしております」


 どうやら寄生虫に心身を汚染された事が、精神的なダメージになったようだ。

「俺、彼女に会いたいんですが……いいッスかね?」


 フレッドはダフネの居る屋敷まで通してもらい、彼女に面接する許可を得た。 

「かぁ~、すごい建物だなぁ……イギリスの女王様とか住んでそう」

 部屋を彩る優雅なアンティーク家具、飾りのついた大きな窓を眺めると外には豊かな庭園もあり、フレッドはそれらをじっくり堪能した。


「ゾンビが共存している世界とは思えん場所だ……、どうやってこんな建物造ったんだろう?」

「すべて〈ジェネP〉で事足りましたわ」

 フレッドが感心していると、ダフネが部屋から廊下に顔を出して鉢合わせる。


「えぇーッ!? これ全部ゲーム内通貨で買い占めたのぉー!?」

 さすがのフレッドも驚嘆し、声を大にしてダフネに聞き返す。

「といっても……、あそこにいる商人が激安でお売りしてくれたので……たぶんバグの現象で相場をはき違えた可能性が高いですね」


 ダフネが指す方向には、黒いローブを着たいかにも怪しげな中年が2階のラウンジに座っていた。見た所ブランデーを飲んですっかり酔いが回っているようだ。

「このNPCの商人め……指定の場所じゃなくて、大胆にプレイヤーの家でくつろいでるじゃねーか!」


 ダフネは近くにあった椅子に腰かけフレッドをじっと見つめる。

「あらっ……わたくしを心配して来てくださったのではなく、本当はあの商人さんが目当てでしたか?」

 少しトゲのある言い方をし、フレッドの反応をうかがうダフネ。


「モッもちろん、ダフネちゃんに会うために決まってんじゃん!! ハッハッハッ」〈バレないようにしなきゃ……〉

 嘘をつくのは滅法下手なのが、彼のイケていない最大の理由である。 


「ウフフッ……なら今晩のご夕食はどうぞコチラでお召し上がって下さい。シェフも優秀なNPCを雇っておりますので安心ですわよ」

「はいッ喜んで!! たのしみだなぁー」


 その夜――、成り行きでフレッドはダフネの豪邸に一晩泊まる事となった……。

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