第18話 オーティスの惨劇・後編

 まだ見ぬ不気味な敵の影に、3人おのおのが手に持っている武器で身構える。


 リーダーのトラヴィスは妖刀〈鬼霍嵐きかくらん〉、マッシブ体型の黒人のジョンは金属製のハンマー、小柄な女性のハーパーは2本で一対の双剣を装備している状態だ。


「そんな……嘘でしょ……?」

 ハーパーは予想だにしていなかった出来事に、さっと顔色が変わっていく。

「マルコ……デイヴィッド……」

 声を震わせながら、ほんの少しだけ涙を浮かべているジョン。


 彼らの前に姿を現せたのは3メートル以上ある大男、大きめのバンダナで目が隠れ、上半身は裸で腕に銀のブレスレットを何種類か巻いている。そして、両手には片方ずつで人間の頭部を掴み、2つの死体を引きずっている……――。


「テメェ……よくもやりやがったなァ!!」

 その死体はついさっきまで行動を共にしていたマルコとデイヴィッドだった。


 頭に血を上らせたジョンは、両腕の筋肉を白く退色させ膨張させる。

「〈ヴァリアント〉、パワード・マウンテン!!」


 ゴリラのような腕部に変型させ、ハンマーをその敵めがけて打ち下ろす。


「馬鹿なッ……!? 俺と同じ能力だと!?」

 バンダナの大男は両手の死体を放り投げ、右腕をジョンと全く同様に変形をさせハンマーを片手で受け止めた。その衝撃は凄まじく、地面に相手の両足がめり込むほどだがバンダナの大男は平然としている。


「援護するわッ! ブローニング・ゲイル!!」 

 スキルで加速するハーパーの脚部周辺を、吹きすさぶ風が波紋のように広がっていく。


「駄目だッ、戻れハーパー! そいつは普通の〈寄宿者〉じゃない!!」

 あわててトラヴィスは味方をとめに入るが間に合わない。


 急襲したハーパーの双剣は、バンダナの大男の左腕でガードされている。

「なんで……!? 同時に〈ヴァリアント〉は2つ以上使えないはずなのに……!!」

 なんと目を凝らすと、敵の左腕の尺骨から50cm位の刃が突き出ていた。


 このゲームは3つまで寄生虫を保持できる事を記述したのだが、設定上は1つの〈ヴァリアント〉を使用中は他の『アクティブ・スキル』を併用しては使えない。ただし、スキル使用後ならばコンボとしてつなぐ事は可能である。


「雑魚……ドモガ、イキガルナヨ……」

 バンダナの大男が第一声を発し、攻撃を仕掛けた二人は後方に飛ばされる。

「ぐふぅッ!?」 「きゃあアッ!!」


 バンダナの大男は変形した両腕を元に戻すと、今度は右手をトラヴィス達に向けてきた。その右手はタテガミを生やし、まるでライオン様な強面の顔形を見る見るうちに構成してゆく。


「コイツデ……全テ消シトベ……!」

 そのライオンの口内からは灼熱の火炎が、今まさに咆哮ほうこうと同時に放たれようとする寸前……――。


「みんなーッ避けるんだァアアアアアアアアア!!」

 トラヴィスは叫びながら左腕で頭を守り、側面に思いっきりジャンプした。


 巨大な蒼い火の渦がオーティスの町の中心部を焼き焦がす。


 バンダナの大男は避難していた民間人も、立ち並んでいた家屋も、無情にも破壊し尽くした。ドス黒い焔によって燃え盛る景色は、地獄絵としか例えようのない凄惨極まる場面となっている。


「ハーパー……」

 命からがら生き延びたトラヴィスの目の前で、それは残酷なほど、まるで冷たい炎の中でしおれた花のごとく…………。ただ焼きただれる仲間であった女性。


「トラヴィス……お前だけでも逃げてくれ……!」

「ジョンッ! ……無事だったのか!?」


 ハンマーで負傷した身体を支えて、かろうじて起き上がっているジョンの背後に、凶悪な顔をして鼻で笑うバンダナの大男が待ち構えていた。

「もうヤメテくれェーーーーーーー!!」


 ジョンの上半身はバンダナの大男の水平蹴りで消し飛んでしまう。


「うぉおおおおおおおおおォーッ!!」

 トラヴィスは怒りに任せ突進し、高速の居合切りにより敵に傷を負わせる。


「〈ヴァリアント〉、アングイス・バイター!!」

 さらに彼は側面に回りこみ、左手を毒蛇に変えて噛み付こうとする。

「クックック……オマエ他ノヤツ……ヨリハ強イナ?」


 しかしバンダナの大男の背中から、10本ほどの黒い手が無造作に生えて、毒手を止められる。それらはムカデのような節足動物が体内をうごめき、おぞましい造形をしていた。


「そんな……こいつは何種類の寄生虫を体内に入れているんだ……!?」


 極めつけに左手を〈ブラッキードッグ〉の鋼のかぎ爪に変えてゆく。

「モット……遊ンデヤル……カカッテ来イ」

 剣術の達人であるトラヴィスは、この未知なる敵に恐怖していた。

〈まさか……防壁が無くなったのはコイツのせいなのかッ!?〉


 オーティスの町に突如出現した悪魔の化身――。はたして、プレイヤーなのか……それともアンデッドなのだろうか。


*************************************


 それとは反対に、レベリングを終えたフレッドは朝から夕方まで爆睡していた。


「アップル君……、言われた通り連れてきたが……ほとんど虫の息だぞ?」

 フレッドの部屋にノックして入ってきたのはアラフォージャパニーズの灰賀。

「おぉ……、〈寄宿者〉のわりにエネルギー反応が弱いと思っておったが……灰賀よ、早く水を飲ませてやるのじゃ」


 灰賀に背負われているのは……、昨日起こったオーティスの惨劇から逃げおおせた、妖刀の使い手トラヴィスであった。

「こやつ意識を失っておるのか、外傷はないみたいじゃが。精神的にかなり衰弱しておるなコレは……」


「オイオイちょっと、何知らない人を俺の部屋に入れてるのォ?」

 眠りこけていたフレッドが午後4時にようやく目を覚ます。


「先刻この町に来たばかりの〈寄宿者〉じゃ。どうやら何者かと戦って、こっぴどくヤラレたらしいのぉ……」

「本当にセーフティエリアの中に居れば……死にはしないのだろうか……?」

 コップに水を汲んできた灰賀は、不安げな様子でトラヴィスを注視する。


「うぅ……ジョン……ハーパー……マルコ……デイヴィッド、皆すまない……」

 ピントが合わずうつろな目をして、あらぬ方向に手を伸ばしているトラヴィス。

「おっ気が付いたみたいだぜ?」


 数分間、 悲哀感にさいなまれる彼を3人はただ見守るしかなかった。


「助けてもらって……感謝する。オレの名前はトラヴィス・レイカーと言う」

「どのような経緯いきさつがあったか、話してもらえるかの……?」

 なんとか落ち着きを取り戻したトラヴィスにアップルが事情を聴く。


「白いバンダナをした大男だ……。どんな能力を使ったかは分からないが、そいつがオレ達の町に来た瞬間、町を覆っていたバリアが消えてしまった」


「なんだってッ? まさか……防壁が……!?」

 寝ぼけていたフレッドは激しく驚嘆きょうたんする。

「このゲームのプレイヤーには、そのような能力も権限も持たされぬはずじゃ」


「もしや……、その……チート? ってやつを使ったのでは?」

 灰賀の推測を聞いて、胸が詰まる思いのトラヴィスが即座に反応する。


「チートだとッ!? ……そんな事をできる人間がこのゲームにいるのか!?」

「まぁ、ここにひとり…………」

 フレッドと灰賀は人差し指をアップルの方にそっと向けた。それを見てアップルは目が点になリ、自分がチートを持つ正当性を説く。


「なんじゃ……? 可愛い子にはチートをさせよっと言うではないか!」

「言わねーよッ! ていうか意味合い的には真逆になるわ!!」


「ムキーッ、どう見てもワシはプリティでキュートじゃろうが!」

「外見が良ければ許されるって話じゃねえッつーの、このロリビッチ!」


 フレッドとアップルのコントを見て、呆気に取られるトラヴィス――。

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