第13話 狂える森の美女

「どうやら、かなり切羽詰せっぱつまった状況のようじゃな……」

 フレッドは不安にさいなまれながらも、アップルの元にたどり着く。


「アップル! ダフネちゃんが寄生虫を吸収した途端とたん、暴走してあんなアンデッドみたいになっちまった!!」

 アップルはダフネを凝視し、すぐさまに探りを入れ考察する。


「主役であるゲームプレイヤーの〈寄宿者〉の設定にはこう詳細が書かれておる」

「……お、おう」


「その強靭な精神力を以って、体内に3匹までの寄生虫を宿し敵と戦う……とな」

「…………何だって!?」


 フレッドと〈パラサイダー〉との初戦闘の際に『パラメーター』と記述したが、このゲームは6つの基本性能にカテゴライズされる。攻撃力、俊敏、耐久、技量、エネルギー、そして精神力である。この精神力というスペックは主にレーダー範囲の広大化、またデバフの耐性など補助的な要因を含む。


「〈寄宿者〉が無条件で3つのアンデッド能力を扱う事が不具合で出来なくなっておるのじゃ…………!」

「またバグのせいっていうのかよッ!!」

 興奮気味のフレッドは息巻いて地面に拳をぶつけた。


「ワシもこの目で見るまでは確証がなかったのじゃ…………」

「精神力の数値がそのままボーダラインになってるってことか?」


「おそらくな……あらかじめオヌシにはチートで寄生虫が絶対にドロップせぬように仕組んでおいたのじゃ」

「テメェ……マジで先に言えってそういうこと」

 二人が険悪なムードになっているところに灰賀が合流する。


「あのウサギのモンスターは……アップル君が操っているのか……?」

「うむっ、〈ボディ・スナッチャー〉といってな。不死物危険度C以下のアンデッド1匹までならワシの意思で自由に行動してくれるぞ」

「お前もう何でもアリだな、オイッ!」


 3人が話し合いしてる間にも、ダフネの足止めをしていたアルミラージは苦戦を強いられていた。


「シィイイイヤァー!!」

 結果、奮闘むなしく彼女のレイピアでメッタ刺しにされ返り討ちにあう。


「あぁ、ワシのぴょん太がやられてしもうた……!」

(もうツッコミ入れねーぞ)

 アップルはフレッドに視線を移し、有益なアドバイスを与える。


「ワシの計算じゃと……、1匹の寄生虫を許容するための必要精神力は250とみておる。2匹目となると単純に500ということじゃな」

「確か今の俺の精神力は400ちょいだぞ? 2匹目はまだ無理って事か……」


「ワシが測ったところダフネの精神力は480前後といったところじゃ……」

 そろばんで弾き出すように、きちんと整理し計画を立てるアップル。


 ダフネは標的を切り替え、フレッド達に狙いを定めようとしていた――。


「策定は3つある。上の策はダフネをここで殺し、リスポーンさせ正常に戻す事。中の策は皆でダフネの動きを封じ、ワシのチートで精神力を改ざんする事。下の策はセーフティエリアまで退き、ダフネをこのまま見捨てる事じゃ」


「中だな!」 「……中で」

 即答でフレッドと灰賀の意見は合致する。


「オヌシ達はそろいもそろって劉備じゃのぉ……」

「リュウビ……? 何だっけそれ、ガ〇ダムにいたような」

「自分は……関羽が一番好き……だな」


 酒乱のような荒れ方をしたダフネが、フレッド達の正面まで突き進む。

 アップルはその紅い眼光を効かせ、また別のアンデッドの主導権を得る。

「ゆけッ、アージェントクロウよ!」

 それによって白いカラスのアンデッドが急降下し、オトリ役を買って出た。


「言っておくが、ワシがチートを使う瞬間は完全に無防備じゃ。しかもダフネを押さえ付けておく時間は10秒以上かかるぞッ!」

「まぁ、リスクがあるのは承知の上だぜ」

 ダフネはアージェントクロウを難無く撃破し接近してくる。


「ハイガさん! 俺が彼女を引きつけるから背後から挟み撃ちしてくれ!!」

「よしッ……合図をして二人がかりで飛び込もう……!」

(灰賀はまだ普通の人間……、下手するとダフネの一撃であの世行きじゃ)


 ダフネは肩から木のツタを生み出し、らせんを描いてグルグルに捲く。そして、そのゴムのように反動をつけたムチがフレッドにクリーンヒットする。

「〈ヴァリアント〉、ヘリックス・ロッド!!」

 


「いってぇ!! せめてレッド・アセンションが使えれば……!」


 このゲームには〈ヴァリアント〉を含む必殺技の使用後にクールタイム、またはリキャストタイムと呼ばれる発動までにかかる待機時間が存在する。強力なスキルほど長時間かかる仕様なのは言うまでもない。

 付け加えて、必殺技や〈ヴァリアント〉の事を総称して、正式なゲーム内用語では『アクティブ・スキル』と電子ルールブックに記載されている。


「ダフネが吸収したのは不死物危険度B-、〈ロゼットドリアード〉!! 中・遠距離が主体で威力は低めじゃが、その分隙が少ないぞッ!」

 アップルは指示を出しつつ、ダフネとの距離をじりじり詰めていた。


「そういやダフネちゃんにはまだ、化けガエルのアンデッド能力もあったんだったな……そうだッ!!」

 激しい戦いの最中、フレッドが何か良い案をひらめいたみたいだ。


「あのレイピアの……餌食にされるかもしれんが、近づかなければ……!」

 灰賀はグレイズ・ハルベルトで応戦しようとダフネに立ち向かう。

「フゥー……、フゥー……!」

 ダフネは自分の敵が増えたことで判断力が鈍っているように思えた。


(もしかしてダフネちゃんには……まだ意識が残ってるんじゃないか?)


 しかし灰賀のハルベルトがいとも容易たやすく弾かれ、彼は武器を手放してしまう。

「なんと!? ……しまったッ!」


「俺はこっちだぜッ!!」

 後援する灰賀のカバーに、すかさずフレッドが正面に出て彼女に仕掛かる。


 フレッドはカメレオンの〈寄宿者〉と戦った時のことを思い起こす。

「丁度あの技の間合いに飛び込めば……挑発に乗ってくれるはず……!」


「ヴァ……〈ヴァリアント〉、スティッキー・ウィップ!!」

 ダフネは右手のレイピアで牽制しながら、左手から伸縮する鞭を出した。


「これを待っていたぜ……!!」


 化けガエルの舌がグルグルに体に巻き付き、彼女はフレッドを至近距離まで引き寄せた。この技は彼が一度食らった事があるため、その性質を見極めていたのだ。

「今だッ!! ハイガさん! アップル!」

 そのフレッドの号令で、残りのふたりは急いでダフネにしがみつく。


 さらにフレッドはそのピンク色の鞭を左手で抑制して彼女のヘイトを稼ぐ。


「適正プログラム確認……! スキャン開始と同時に体内プロトコルにハッキングを仕掛けるぞッ!!」

 アップルが狂乱しているダフネの背中に触れると、光学的なサイバー空間特有の6角形のエフェクトが複数現れた。


「むぅ……!? なんてパワーだ……!!」

 うつ伏せ状態の灰賀はダフネの右足を両腕でがっしり掴んでいる。

「……ダフネちゃん! 正気に戻ってくれェーッ!!」


 それでもダフネは気にも留めず、フレッドに渾身の突きを見舞う。

「危ないフレッド君……!!」

 ところがレイピアの切っ先はフレッドの右手の間近で火花を散らせていた。


「バーニング・ソード…………ディフェンス!!」

 なんとフレッドは炎の剣をバリアの幕のように広げ、ダフネのレイピアを相殺する事に成功したのだ。このように、バーニング・ソード以外にも同系統のスキルが派生するパターンも数多く存在する。


「まだかよぉ、アップルゥーッ!?」


「これでチェックメイトじゃー!!」

 落ち葉が舞い散るような自然さで、ダフネの変色した髪や肌が元に戻り、木の枝に変異していた肩も修復されていく……――――。


 そして、彼女はその場に倒れて仰向けになったが、そのきらびやかな寝姿の美少女は確かに息をしていたのだった。


  

 



 





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