第8話 飛来する眼

 ふらふらのフレッドは疲労困憊こんぱいの面持ちで、その場にひざをつく。

 一方、アップルの顔からは懸念を抱いている様子がみてとれた。


「その場から動くなフレッド……! アンデッドの気配を感じるのじゃ」

 彼女は小声で注意を促す――。


「ゴファッ! ゴォフーッ!」

 陸に上がったワニのような鳴き声がし、同時にうっすら聞こえていたゾンビの声が一斉にピタリと止んだ。


 少しずつ足音が、先ほどフレッドによって倒されたヘッドギアの男の方へと向かっていく。

「あれは〈マンイーター〉なのじゃ、同族であるゾンビすらも主食にする大食いの変異体……不死物危険度はC+、亜種ならB-以上のやつもおる」


 その外見は3メートル強の巨体に大きな口と頭部にエリマキをし、人間の顔が不自然に額の箇所に張り付いてる異形の怪物だった。口はほとんどワニに近く、肉体には黒と茶色の斑点があり、ロングヘアーの金髪がより一層ゲテモノ感を増長させている。


「まずいッ……気絶しているアイツを喰らう気だぞッ!?」

「やむを得ぬじゃろう、因果応報というヤツじゃ」

 アップルはフレッドの肩を押さえ、無理に動く彼を制止させる。


「こんな殺され方をまざまざと見せつけられたらよォ! 夢見が悪すぎんだろうがァー!!」

「NPCひとりの命でガタガタ言うておったら、この先もたんぞフレッドッ!」

 互いに声を荒げ立てず、あくまで耳打ちで口論をし合う。

「どのみち疲弊したオヌシではヤツに返り討ちにあうだけじゃ!」

「…………ド畜生がッ!」


 マンイーターは男の右足を持ち上げ、頭から丸かじりをし食事を始めた……。

「〈パラサイダー〉の〈寄宿者〉のチームはスリーマンセルで基本的に行動をする……奇襲されたのはワシのミスじゃ」

 アップルはその惨状を目にしながら何かに気づき、フレッドにその身を覆いかぶさる。


「インビジブル・カーテン!」


 その突如……、食事を始めたばかりのマンイーターの上半身が破裂をした。

「まさか……ネロがやられてるなんて……!」

 禍々しい怪物を一撃で倒したのは、いの一番で現場に駆け付けた『ケイティ』とアップルが呼んでいた〈寄宿者〉の女性だ。


「フレッド……今、ワシらは完全に姿かたちを透明にしておる状態じゃ……」

 フレッドは黙って息を殺し、自分の体がどうなっているのかを確かめる。

「音を立てるでないぞ……、ヤツは……ケイティは……索敵のプロじゃからな」


「マンイーターにやられたのかしら……? いいえ、彼ならこのくらいの怪物には簡単に殺されたりしないはず……」

 ケイティは左腕に近未来的なパイルバンカーを装備しており、先ほどはその武器でマンイーターをほふったらしい。彼女のレベルがアップルの言う通り50ならば、客観的に見ても今のフレッドに勝ち目はないだろう。


 姿勢を低くして……、ケイティの表情が段々とこわばっていく。

 その事様を目のあたりにし、彼女と約30メートル付近まで離れているフレッドは固唾をのむ。

(出す気じゃな……!? 〈パノプテース〉の周囲を見通す能力を!〉


 「(ヴァリアント〉、ハンドレッド・オーブス!!」


 中腰のケイティが地面に下げた右腕からは、無数の目の玉が出現した。

(目玉がいっぱい飛んでる!? 気持ち悪ぃ~……)


 パノプテースとはギリシャ神話に出てくる、別名をアルゴスともいわれる百目鬼の怪物。普見者や全能の目とも称えられ、その力は空間的においても死角がないと記されている。


 ドローンのように空中を浮遊する百の眼球が、雲隠れしたフレッド達を探す。


(これ……下手すると見つかるパターンかも……ほらっ映画とかでよくあるヤツ)

 フレッドは心臓が縮み上がる思いで、悪い予感をさせていた。


(……きっと『熱感知センサー』だ、たぶん奴らはサーモグラフィを通して温度で俺たちを嗅ぎ分けるんじゃないのか……!?)

 パニックSF映画の展開を連想するフレッドは気が気でない。


 目の玉のひとつがフレッド達の頭上で回転し、ケイティはこちらに歩んでくる。

(もう駄目だ……お終いだぁ……あんな可愛くてセクシーな女の子が目の前まで来てるのになぁ、トホホ……)


「この周辺にターゲットは居ないみたいね……」


(えっ……? 許されたの? マジで?)

 後ろを振り向いたケイティは部隊と連絡を取り合っているようだった。


 「北に……? 別の町で発見した報告が……? 分かったわ、すぐ戻る」

 そしてケイティはそのまま森を去っていき、何とか危機を脱した二人――。


「ぷはーッ、危なかったのじゃ!!」

 アップルはチート能力を解き、大きく息をはく。

「てっきりもうアウトかと思ったぜ……」

 辛抱していたフレッドも嫌な汗を右手で拭う。


「あの目玉はおそらく生体エネルギーを察知するようプログラムされておるのじゃ」

「……ふーん、つまり?」


「スキルを連発してヘトヘトのオヌシには無反応だったという訳じゃな」

「あーッ! レッド・アセンション使った後、手足の自由が全然利かなかったもんなぁ……」

 合点のいく答えが導かれ、フレッドは納得したようだ。


「エネルギーを0にした場合、ペナルティとしてしばらく〈ヴァリアント〉ができぬ状態になるのじゃ。エネルギーゲージは1つの能力ごとそれぞれ別個であってな。パラサイト枠が3つあるのも、使い分けて戦わせるためのギミックなのじゃろうな」


 アップルの講座を聞いて、なるほどといった表情を浮かべるフレッド。

「ん? じゃあ俺も早く能力3つ使えるようにした方がよくね?」

「それはまたおいおい話すとするのじゃ……」



 パラサイダー部隊が町からいなくなったのを確認して森から抜け出る。


 「ワシが一般兵の脳をハッキングして、ニセの情報を掴ませておいたからのぉ……しばらくここには立ち入りしてこんじゃろうて!」

 ケイティの目玉に包囲されている間にも、彼女は自らの役目をしっかり果たし、フレッドのサポートをしていたのだった。


「じゃが敵も神出鬼没なNPC、いつ何時襲って来るやもしれぬ……」

「あのドーム型のバリアも下手したら消えたりするんじゃないだろうな?」

「むぅ……バグの影響でワシでも予想がつかぬのじゃ」

「しっかりしてくれよなぁ、美痴女ナビゲーターちゃん」


 しばらく歩いていると街角でつなぎ服を着た灰賀と鉢合わせする。

「フレッド君……! 無事だったか…………」


 あまり感情を表面に出さない彼も、心配している様子だった。

「すいません、あの軍隊は俺たちが狙いだったみたいで……ハハハッ」

 半笑いをしながら、フレッドはバツが悪そうに頭を垂れた。


 何はともあれ合流した3人はバーンズ家に帰るようだ。

「この世界の仕組みはよく分からないが……自分に協力できることなら……何でも言ってくれてかまわない……」

 少し困惑している灰賀の申し出に応答するアップル。


「灰賀はTVゲームとかネトゲはどれくらい経験しておるのじゃ?」

「ファミコンの……野球ゲームを子供の時にやってた記憶が……ある」

「ふむ……フレッドが生まれる前のレトロゲームだけというわけじゃな」


 アップルは2メートル近くある灰賀の腕をポンッと叩いた。

「これからもワシのために美味しい料理を作るのじゃぞ! ふぉふぉふぉっ」

「う、うむ……今夜はカレーライスにしようと思う……」


(コイツ、ハイガさんを仲間に引き入れるのを断念しやがった……!)


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