第9話 ドリームス

 夕方になり、バーンズ家ではフレッド、アップル、灰賀、コーディの4人が食卓を囲んでいた。


 テーブルに並んでいるのは、灰賀がスーパーで買ったカレーソースミックスで作った中辛カレーライス。牛肉に玉ねぎとじゃがいもの順に炒め、にんじんはフードプロセッサーで粉々にしてルーと一緒に溶け込ませておく。

 あとは蜂蜜を加えることでコクが出て、りんごを投入することでまろやかになるという寸法だ。


「やはりリンゴは欠かせぬなッ、人類みなリンゴから始まったようなものじゃ」

 好物のカレーライスを目の前にしたアップルのテンションはかなり高い。


「俺はピリっとする食べ物ちょっと苦手なんだよな~、炎使いってどっちかというと辛さには強いイメージあるけどさぁ……」

 フレッドは小言を愚痴りながら席に着いた。コーディもしぶしぶといった感じで椅子に座る。そうして、真っ先に口にカレーを入れたアップルからは絶賛を博す。


「灰賀の作ったカレーは最高じゃな! 隠し味のハチミチが良い味を出しておる」

「余分に作ったから……いっぱい食べてくれ……」

 アップルと灰賀は仲睦なかむつまじく、まるで父と娘のように会話をしている。


「…………」 「……うめっ」

 だが実際の親子であるコーディとフレッドの間には、まともなやり取りは一切なかった――――。


 食事を終えたフレッドは2階の自室へ行き、休養を取るためにベッドに寝転ぶ。

「あれ? このコミックなくしたと思ったのに、こんなところにあったのか……」

 アップルがお腹をさすりながら、いつも通りうんちくをかたむける。


「この部屋にある細かいオブジェクトはな、オヌシの深層心理を形どって具現化したものなのじゃ」

「え……? 意味わからん!」

「この部屋だけではない、この仮想世界の有象無象は見る者によってそれぞれ変化がある。謂わばゲーム本編に係わらぬモノは、本人の意思によって成り立っておるのじゃ」

 アップルは目をつぶって毛布をかぶる。


「一言でこの現象を表すなら、それは『夢』じゃな……。二人以上おれば互いに感じ取った視覚情報を共有し、夢のごとくそれらを受け入れる」

 フレッドの理解力を越えた彼女の解説はどこか宗教めいた印象だった。


「夢か……じゃあこのゲームを作った開発者は何を考えて、こんな風にしちゃったんだろうな?」

「どういう意味じゃ?」

 今度は丸まっているアップルがフレッドに聞き返す。


「VRでこんだけ大規模なゲームならさ、普通は剣と魔法のファンタジーゲームとかにしないか? それを霧でぼやかして、ゾンビとか気色悪いモンスターだらけにしてさ、『夢』がないだろ?」

「…………」

 彼女は沈黙した――――。

「おい、寝るならちゃんと自分の家? までいけよなー!」


(こやつは普段はアホ丸出しの癖に、たまに核心をついてきおる……)


「ん? いや待てよ? お前もしかしてさ……いっつも俺の部屋で寝てないか?」

 寝たふりをしていたアップルはギクリとする。


「さっきの〈インビジブル・カーテン〉ってヤツ使ってさ…………俺ここ最近うなされ続けてるけど、起きるたびに毎朝お前がベッドの前に居たから、薄々おかしいとは思ってたんだよなぁ……」


 毛布にくるまっていたアップルは起き上がり、両手を自分の腰に当てつつ、高慢な姿勢でフレッドに物言いをする。

「ふっふん……! そっちこそワシがそのベッドに入った途端おケツを撫でまわしおって! 寝ながらにしてスケベで卑しいヤツよのぉ!」

「やっぱり! お前のせいで寝苦しくて怖い夢みてたんじゃねーか!!」

 二人の痴話げんかは夜遅くまで繰り返された…………。


「ほらっ……カーチャンの使ってた敷布団、これで寝れ!」

 フレッドは隣の部屋から布団一式を持ち運んできた。現在そこは客室として灰賀が使用しているらしい。

「ワシはベッドの方がいいのじゃ……」

「ふざけんなテメェ! それで我慢しろっ」


 その夜――、復活後6日目にしてフレッドはぐっすりと寝付く。



 そして安眠を果たしたフレッドは朝8時に悠々と朝食をとっていた。

「昨日は邪魔が入ってロクにレベル上げできなかったからなぁ……」

「レベル17か……まぁ20までは比較的上がりやすい仕様じゃからのぉ」

 アップルはスクランブルエッグを美味そうに平らげていた。


「……お前いちいち本人に聞かなくても他人のレベルわかるのかよ!」

「一応念のための確認じゃ、バグのせいでこちらで見てる数値が間違っておるやもしれぬからのぉ。ついでに相手のスペックも洞察できるぞいっ」


 そこに口数の少ない灰賀から珍しく会話に入ってくる。

「……自分もやはり戦いに参加した方がいいのだろうか……? 腕力にはそこそこ自信はあるのだが……」

 腕まくりをし力こぶを披露するアラフォーのおっさんはどことなく汗臭い。


「どれどれ…………レベル4か、今からでは少しきついのじゃ……」

「取り敢えず一緒にレベリングに行きますか?」


 7日目の朝方、自転車で灰賀と一緒にツーリングするフレッド。作業用のつなぎ服を着た中年と、保安官の制服を着た青年の日米コンビが誕生したのである――。


 10分後……防壁のそばに自転車を止め、二人はバリアの内側でゾンビの様子をうかがう。


「今日も今日とてゾンビ退治とは、精が出るのぉ……」

 瞬間移動で二人のいる場所にワープしてきたアップルがさっそく冷やかす。

「あーッ、しまった……!」

 フレッドは自分の頭を軽く叩いた。

「ハイガさんの使う武器忘れてた……どうしよう?」

「……素手だと……やはり無理があるのか……」


 困り果てているフレッドと灰賀に、ドヤ顔のアップルが救いの手を差し伸べる。

「しょうがないのぉ……ワシが灰賀に見合った装備を見繕ってやるかの」

「自分は……ピストルとかより振り回せる鈍器系のがいいかな……」


 アップルは頭上に手をかざし、空間の歪みから柄の部分が長いオノのような武器を取り出す。


「テレレレッテレー! その名もグレイズ・ハルベルトじゃ!」

 ハルベルトとは槍の穂先に斧頭、そしてその反対側にピックがついているポールウェポン。またの名をハルバードともいわれ、その長さは3メートルにも及ぶ。


「灰賀よッ、これをオヌシに授けるのじゃ!」

 灰賀はその武器を渡されたが、重さに耐えきれず地面に落としてしまう。

「うーん……これは扱うのは厳しそうだな……」

「灰賀はまだ〈寄宿者〉じゃないからのぉ、この激レア武器を使いこなせるようにならんとハンデは埋まらんのじゃ」


 腕組みをするアップルにフレッドがある提案を持ちかける。

「なぁアップル……今日は俺、ちょっと奥の方まで踏み込みたいんだけど」


 このゲームの仕様上、プレイヤーのレベルに応じてアンデッドのランクが適応するが、まったく格上の相手と遭遇しないわけではない。

 また、霧が深いほうが強敵とエンカウントする確率は上がっていく。参考までに、フレッドの滞在する町は霧の濃度でいえば中の上くらいなので、難易度的には若干ハードモードの部類に入る。


 フレッドはこれまでのレベリングをほぼバリアの境界から、だいたい100メートル以内の場所で戦闘するように心がけていた。危なくなれば防壁の内側にすぐ逃げ込めば済むという、RPGでも定番のやり方を実践していたからである。


「オヌシはそれでいいかもしれぬが、灰賀はどうするのじゃ?」

「アップルはこのままハイガさんのレベル上げを手伝っててくれ」

 単身でアンデッド狩りを進み出たフレッドの真意は定かではない……――。

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