第7話 赤き昇華
パラサイダーは町の周辺を陣取り、あくまで住人を刺激しないように立ち振る舞っている。
たった今アップルから聞いた話だと、死んでしまったNPCはプレイヤーキャラクターと違い復活はしないらしい。
一抹の不安がよぎる中、フレッドは町から退散する事を余儀なくされた……――。
「フレッド、アビリティの確認をせよ! 今のうちに再セットアップするのじゃ!」
「おッ……おう! 経験値アップは外して別のヤツ付けるんだっけ……?」
走りながら目をつぶっているため、アップルが手をつなぎエスコートをしている。
「スペックの上昇をさせるのを優先して、空きスロットを全て埋めるのじゃ」
アビリティとは自身にステータスの向上や特殊能力の付与などをし、プレイヤーの好みにカスタマイズできる要素である。装着できるスロット数はレベルに応じて増えていき、アビリティによってはスロット数を2以上使うのもある。
基本的には寄生させたアンデッドによって覚えるアビリティの種類が変わっていき、寄生虫をとっかえひっかえして、アビリティの種類を増やすことがゲームのやり込み度に繋がるという訳だ。
「言うてもそんなに種類ないから適当でいいよな?」
当然、〈ヴァーミリオンバード〉しか持ってないフレッドには選択肢が少ない。
「見えてきたッ! セーフティエリアの境目じゃ!」
敵に見つからないように大回りして防壁にたどり着くことが出来た二人。
「この森の木陰でしばらく様子見するのが賢明じゃろうな……」
「相手のレベルは50か……見つかったら俺はジ・エンドってことだよな?」
アップルはその問いに静かにうなずく。
ちょうど昼前の朝11時くらい…稀にこの時間になると雲から少しだけ日光が差す――――。
20分程の長い沈黙が続き、フレッドとアップルの忍耐心も徐々に擦り切れ始めていた。
「チッ……ゾンビ除けのチート効果が切れそうじゃ!」
彼女が口を開いた途端、フレッドの背後から音もせずにゾンビが瞬時に現れる。
「うおッびっくりした・・・!? こいつ……!!」
フレッドは得意の手刀でそのゾンビの首から上を切断する。
「ゾンビの本来の役割はな……こうしたワシ達『キャンパー』に対して襲い掛かり、他の敵プレイヤーに居場所を知らせることなのじゃ」
キャンパーとはネトゲ用語で一定の場所に居座り停滞するプレイヤーの蔑称。芋虫などと言われる場合もある。オンライン対戦ゲームにおいて、あまり好まれない戦法の一つである。
「このゲームってNPCだけじゃなくて、肉入りも全部敵に回る可能性があるってことだよな?」
「そうじゃ、さっき出会ったダフネも敵になるやもしれぬぞ?」
フレッドはすごく嫌そうな顔をし、もう一度自分の背後を確認する。
「よしっ、今は大丈夫そうだな…………」
――だがしかし安堵した直後に、恐れていた事態は起こった。
「キーッヒッヒッ! ターゲット確認! そこより南南西、距離3km付近」
笑い声のする方角から、不穏な姿が段々と明確な形をとっていく。
「とッ、透明人間だと……!?」
フレッドの目の前に現れたのは黒い軍服を着用し、怪しいヘッドギアを被った背丈の低い男だった。
「こやつ……ステルス持ちか!? ぬかったわッ!」
ステルス能力はこの霧が常時立ち込める環境において、異常なほど効果を発揮する強ステータスである。アビリティにおいてはスロット数を7も使用するが、それでも壊れ性能に片足を突っ込んでいる。
(パラサイダー部隊に連絡をしたという事は、おそらく5分も経たずに奴らがここに駆けつけてくるはずじゃ……)
この霧空間においては電波の受信は困難ではあるが、決して不可能という訳ではない。
「フレッド! こやつのレベルは25、今のオヌシなら何とか倒せるはずじゃ!!」
アップルの助言に後押しされて、浮足立っていたフレッドは左手で下手投げのモーションに入る。
「喰らえーッ! ディレイド・フレアーッ!!」
先制攻撃を仕掛けるフレッドであったが……、ヘッドギアの男に側面から素早くハイキックを食らい反撃されてしまう。
(うぐッ……俺がノックバックするとこの必殺技は発動しないのか!?)
不発で終わった爆炎攻撃にあせりを感じた彼は、〈ヴァリアント〉の態勢に移行しようとする。
「エネルギー管理に気を付けよッ! 〈ヴァーミリオンバード〉は強力な威力を発揮する分、消費量も馬鹿にならぬ!!」
彼の戦いを見守るアップルは的確かつ迅速にアドバイスを入れていく。
「そうは言うけど……短期決戦に持ち込まないとマズいだろぉ!」
フレッドが右手を朱色の炎の剣にチェンジするタイミングで、敵も同時に左手を変型させる。
「〈ヴァリアント〉、バーニング・ソードォ!!」
「〈ヴァリアント〉、スティッキー・ウィップ!!」
ヘッドギアの男が使用した必殺技は今朝方ダフネがみせたのと同じモノだった。
「キヒヒッ……標的が〈寄宿者〉とはな、楽しませてくれる」
「クソッ、ネバネバして取れないぞコレ……!」
フレッドは胴体に薄紅色の鞭を巻きつけられ身動きが取れなくなっている。
「フッ……カメレオンの舌は弾力性がやべーのを知らねぇのか?」
炎の剣は効果が切れ、フレッドが自力で振りほどくのはかなり難しい。
「不死物危険度C+〈レパードカメレオン〉か……少々やっかいじゃな」
冷静な彼女の声に黒づくめの敵は反応する。
「キッヒッヒ、えらくファンキーな服を着たチビ女だな……」
カメレオンの能力を使っている左手とは逆の、右腕の手甲の部分に仕込んであったロングダガーを取り出す。
「この男は生け捕りの命令が出ているが、女の方は別に斬り刻んでもかまわねぇよなぁ……」
そう言うと男は舌でベロリとロングダガーを舐めまわしアップルを
「気色悪い奴じゃ、まぁ敵役のキャラクターとしてはテンプレ道理で逆に清々しいがのう」
アップルは両腕を組み、不遜な敵に対して弱味をまったくみせない。
「おまえ……アンデッドには狙われないって言っておきながら、NPCからは標的にされてるじゃねーか!」
フレッドは渾身の力を振り絞って、〈ヴァリアント〉の束縛から脱出を果たす。
「ワシの可愛さゆえの罪ってやつじゃな……ふぉふぉふぉ!」
間髪入れずヘッドギアの男はフレッドとの間合いを詰め、ロングダガーで攻撃してくる。
「……おまえは取り敢えず、片足一本くらい切断しておくか?」
「ヘッ……余裕こきやがってムカつく野郎だ!」
すると
「パラメーターでいえばフレッドより相手の方がスピードは上じゃが……」
アップルはふたりの力量差をちょっとの間に見抜いていた。
「キーヒッヒヒ!! 追い詰めたぜェ!!」
「見せてやるのじゃフレッド! オヌシの奥の手をッ!!」
さらにフレッドを包み込む光が真っ赤に広がっていく……――。
「レッド・アセンション!!!」
雄々しくフレッドが叫んだ瞬間に、ヘッドギアの男の腹に全力のボディブローが深く突き刺さっていた。
「ぐはッ……馬鹿なッ!?」
追撃で敵の頭部にかかと落としをお見舞いするフレッドからは、赤く発光したオーラがすでに消えかかっていた。
レッド・アセンションは使用者の全パラメーターを一時的に2倍に引き上げる強化技である。技を使う際に硬直などが無いため、比較的に扱いやすい部類に入ると思われる。
ヘッドギアは壊され完全に意識を失った敵を見下ろし、勝利を確信したフレッド。
「まっ、ざっとこんなもんだぜ……!」
「よく言うわい、ギリギリであったじゃろ!」
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