おっさんと神の謎
第103話 真実
『真実に立ち会うつもりは無いか?』
叡智のおっさんからそう連絡があった。
真実に立ち会うとは、どういう意味だろう?
そうして連れてこられたは、ここ。
「あれはビッグバンか?」
一点に集中するガスと今にも爆発しそうなそれが目の前にあるだけの場所。周囲にはそれ以外に何も見当たらない。
「征くぞ」
「いや、待て、行くって、あんな所に行っても大丈夫なのか?」
おっさんには俺の制止など気にせずに近寄っていく。
スケスケのこの体なら、まあ問題はないだろうが……。
『来たか、もう時間もないようだな』
「知識としては把握していたが、私も立ち会うのは初でな。共に立ち会うものを連れて参った」
誰と話している? 思念が発生しているのは、ガスが充満している中心部分。
『では、そちらも王なのだな?』
「然り。未だ真実を知らぬ、生まれたての王というところか」
その真実というやつを俺は見に来たんだ。
『初見ですまぬが、私の願いを聞き届けては貰えぬだろうか?』
「どうする?」
「どうするも何も意味が分からねえんだが?」
思念という名の声が聴こえてくる。残滓の集約とは異なり、そこには確固たる意志が感じられた。
『無垢なる王よ。この姿は神の為れの果て、といったところだ。
私はこれから一つの世界を形成することになるだろう。それは人間達が銀河と呼ぶものだ』
「お前が今まで見て来た、神の失われた偽りの世界。失われし神の行きつく先」
何を……。
「神とは世界そのものなのじゃよ。儂の見解ではあるがの」
「遅かったのだな」
俺が思考を巡らしている間に、アーリマンが合流した。おっさんは元から呼ぶつもりのような口振り。
何がどうなっている? いや、認めるしかない。今から宇宙を一つ創り出そうとする力の暴発には、神が深くかかわっているのだと。
「人間の常識が邪魔をしてしまうか、それも致し方なかろう」
そうだ、人間の常識、科学知識が邪魔をする。在り得ないと考えてしまう。
だが、実際には在り得ているのだ。その証拠は目の前にある。
『最早時は残されていない、我が願いは叡智の王に託した。後は任せる』
その意思を最期に、その声は聞こえなくなった。
「儂が説明してやろう。その為に呼ばれたようなものじゃしの。
恒星を中心として惑星はその周囲を廻る。それは何故じゃろうな?」
「説明するんじゃねえのかよ!」
「簡単な問い掛けじゃ。何故じゃと思おう?」
大事なことだから、二度も繰り返したのか?
「俺は天文学は素人だ、そんなものは知らねえよ」
「ふう、つまらんのう」
さっさと説明しろよ。
「今までの統計上、儂もお主も其奴もまず間違いなく恒星と変じるじゃろう。
そうなるとじゃ、従者はどうなるかの?」
「おい、まさか……」
「そのまさか、じゃ」
神が恒星なら、従者は惑星か。
「なら、衛星はなんだ?」
「そこまで詳しくは未だ解っておらぬ。この統計もアラスティールのものじゃしの」
あいつか、あのグレイマンの。
「神とは世界そのものか、俺はいつ頃こうなるんだ?」
「それが判れば苦労はせぬ」
判らねえのかよ。
「だが、従者を残して失踪した神も中には居たはずだ。あれはどう説明する?」
「彼奴らはお主の所の魔女っ娘と同じ扱いじゃの。厳密には従者とは呼べぬ」
なら俺がこうなった時、ソフィーは取り残されることになるのか……。
俺が居なくなった世界で、あいつはずっと生き続けることになるのかよ。
「参ったな」
「儂とていつこうなるかと戦々恐々じゃわい」
本当に参ったな。こんな途方もないことになっているとはな。
「奴の遺言を果たそう。征くぞ」
「今度はどこだよ?」
「あそこだ」
おっさんの示す先にあるのは、朽ちかけた惑星? 殆どデブリだな。
「つーか、なんだよアレ?」
骨の透けた馬? しかもデカイ、電車一両くらいの大きさはある。
「こんな所に居るとはまた珍しいの」
だから、なんなんだよ、あの化物は?
「あれが巻き込まれぬよう、救助せよというのが奴の願い」
「あれはなんだ?」
「高次生命体じゃ。一つの星に一体若しくは二体程しか存在せん、神に最も近い生物じゃよ」
なにそれ?
「しかし、救助とはどうするのじゃ? 他に連れて行く場所などあるまい」
アーリマンの質問におっさんは俺を仰ぎ見た。
「冗談じゃねえぞ、俺に押し付ける気か?」
「私の世界は加速している、受け入れは不可能だろう」
「あれは悪さなどせぬ、日がな一日眠っておるだけじゃ。お主の体と同じじゃの」
寝ているだけだろうと、素性の分からないものを受け入れるつもりは無いよ。
「お前の城の庭にでも置いてやれ」
「それは良い考えじゃ」
「良くねえよ!」
「交渉は私がやろう」
傍へと降り立つとおっさんは思念のやり取りを始めた。
おっさんが交渉している間に観察をする。
「綺麗だな」
透けて見えるのは骨格だけで、臓器の類が見えるということは無い不思議な姿。また肌の表面は滑らかで生え揃う短い毛並みは触れることが叶うなら、さぞ気持ち良いものだろう。
「そうじゃの。儂の知っておる地球の高次生命体と比べても相当美しいの」
交渉中ということで勝手に触れるようなことはしないが、近くで見るその姿はとても美しかった。聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、空耳だよな?
「話はついた。お前の所で世話になると納得してもらえた」
「ふざけんなよ、何勝手に決めてん……」
気の弱そうな思念が飛んできた。これ、あいつのか?
「ああ、もう、わかった。うちで預かるよ」
ソフィーになんて説明したら良いんだよ……。
ただでさえ、頭を抱えたくなるような事実を突き付けられているというのに。
「奴の願いのひとつは叶えた。もうひとつは私が処理しよう」
面倒事はもうたくさんだ。
「触れても平気かの? ……素晴らしい毛並みじゃわい」
「ちょっと止めて、怯えてるからね」
馬は警戒を露わにしている。アーリマン、無表情だから俺でも暗い所で見ると怖いんだよ。
「始まる、ここは危険だろう」
朽ちかけのデブリの上で、おっさんが呟いた。
「儂らは平気じゃが、其奴は危険じゃの。連れて行くしかないの」
「俺も見ておきたかったんだがな。仕方ない、帰るわ。じゃあな」
次の機会がもしかしたら自分かもしれない。そう思えばこそ、見ておきたかった。
『俺の
同意を示す思念が返ってきる。
前庭を目指して転移した。
『到着だ。俺はあの建物の中で家族と暮らしている。
お前は、そうだな。庭もこの辺りか、奥の林の中なら自由にして構わないよ。
ただ木は出来るだけ、そのままにしてもらいたい。空気を作ってもらっている大切なものなんだ』
こいつの生態がどのようなものか、全く知らないのだけど大丈夫だろうか?
主食は何なんだろう。
こちらの意思を伝える段階で樹木のイメージも送った。そこに生えているものだと理解は出来ているっぽい。
骨の透けた珍しくも美しい馬は、その場で脚を折ると寝そべったのだった。
『ここで良いのか? そうか、ならここがお前の定位置だな。
俺は城へ帰るから、何か用事があれば思念を飛ばすんだぞ? 遠慮しなくて良いからな』
こいつ、こんなデカい図体している癖に、気が小さいなんてもんじぇねえな。
「おう、ウサオ! お前の後輩だ、仲良くやれ。間違っても潰されるなよ」
馬がデカすぎて生物だと理解できていないウサオが寄って来た。一応、紹介しておこう。食われることも無いと思いたい。
『こいつはな、俺の古い相棒だ。仲良くしてやってくれ』
うん、問題無さそうだな。首を傾げる馬というのも初めて見たよ。
あっ、しまった。ウサオはソフィーの間者だったんだ!
気が滅入るなぁ、なんて説明しよう。
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